来日生産者や生産者団体代表が異口同音に言うには、「うちのワインは和食に合います」。誰でもそう言うなら結論はひとつ、なんでも和食に合う、です。和食といってもいろいろありますから、細かく見れば、どのワインでも和食のうちのなにかには合うと言えるのかも知れませんが、それでは何も言っていないのと同じです。
彼らがそう言う事情は分かります。もし和食に合わないなら、日本でワインを売る意味はなんでしょう。ウィーンのワインがどれだけウィーンの料理に合うとしても、日本人は一年いや一生のあいだ日本で何回ウィーン料理(例として言っているだけで、アンジェでもナポリでもかまいませんが)を食べるのでしょう。それではワインはいつまで経っても「舶来」。売れるわけがありません。彼らも困るでしょうが、我々はもっと困ります。目の前のテーブルに載る和食(この場合、京都の懐石料理的なものではなく、もっと広い意味です)に合わないワインがいくら世の中に溢れていても、いま、ここで、我々は何を飲めばいいのでしょう。
だから誰でも「和食とワイン」について考えます。考えないではこの先ワインの話を進めることができません。ワインメディアを志すなら、それも日本における日本人のためのワインメディアたらんとするなら、なおさらこのテーマは火急にして肝要。『ワイン・コミュニケイト』としての視点、論点をまずは提出させていただくしかありません。
まず、和食とワインの相性についてどんなことが言われているかを思い出してみると、
- 和食には白ワインが合う。両者は繊細さを取り柄とするからである。また赤ワインのタンニンを必要とするような脂肪分が少ないからである。
- 和食にはさっぱりしたワインが合う。和食は味がさっぱりしているからである。
- 和食には酸が強いワインが合う。和食は酸が少ない料理であり、ワインの酸を足すことで五味が完成するからである。
- 和食には旨味の強いワインが合う。和食の重要な要素は旨味だからである。
- 和食には日本ワインが合う。どちらも日本のテロワールの体現であり、日本人が作っているからである。
こういった言説を耳にしたことがあるでしょう。それはそれで、正しいように聞こえます。しかし本当に正しいのでしょうか。そこをしっかりと考え、これから実例を通して検証していかねばなりません。
何故、おでんなのか?
今回のテーマは「おでん」。冬の定番だから思いついた、というのも理由ですが、実際のところ、おでんはとても日本的だからです。とはいえ日本的とは曖昧・多義的な言葉。「日本的って何よ」と突っ込まれてしまいます。ここで「おでんが日本的である」という命題の内容を与えるなら、以下のようになります。
- 出汁、醤油、日本酒、みりん、塩という、和食の味を構成する主要な調味料を総合して、「おでんだし」が作られている。
- おでんという料理の中では圧倒的に「おでんだし」が重きをなす。具そのものではなく、具に浸透した「おでんだし」を味わう。その「おでんだし」が1で見るように和食の基本味ならば、おでんについての考察は和食の味一般に敷衍させることができる。
- 上記2を別の角度から考えるに、おでんは水の料理である。日本語では料理すると煮炊きするは同義である。煮炊きは水の料理のことである。我々は焼き揚げするとは言わない。世界の中でも冠たる水の国、雨も多ければ川も多くそもそも海に囲まれ湿度の高い日本では、ありとあらゆるものに「水」性が付与される。
- ワインを合わせる対象は基本的に蛋白質である。おでんの具材は基本的に魚である。伝統的に日本の動物性蛋白質は魚である。
- おでんはいろいろな具材が混然一体となっている味である。鍋とはそのようなものであり、鍋は日本ならではの料理、多種の要素がそれぞれでありながら一体化している状態=「和」の料理である。和食の和とはなにか。聖徳太子十七条憲法の「以和為貴」の和とは、成員・要素間に争いや断絶のない状態ではないのか。その言葉のあとにある、「然上和下睦、諧於論事、則事理自通。何事不成」(みんな仲良く、ちゃんと話し合えば、ものごとの道理は自然と通って、うまくいくものだよ。・・・俗っぽい言い換えですまん、厩戸)の料理における具現化にして、要素間相互浸透性の結果生まれるおいしさが鍋であり、おでんである。
おでんとはこのような意味をもつがゆえに、我々が「和食とワイン」を考えるときには欠かせない料理なのです。
以上はおでんの本質論ですが、ワインとの相性を考える上では状況論的な分析も重要です。それは、
- おでんはカジュアルで日常的である。
- おでんは人をなごませ寛ぎを与えるものである。
- おでんは(多くの場合)誰かと一緒に食べるものである。
- おでんは夜に食べるものである。
上記4項目の「おでん」を「ワイン」に差し替えると、
- ワインはカジュアルで日常的である。
- ワインは人をなごませ寛ぎを与えるものである。
- ワインは(多くの場合)誰かと一緒に飲むものである。
- ワインは夜に飲むものである。
このような状況のワインが、最も基本的なワインのありかたでしょう。だから、「おでんとワイン」なのです。
それではおでんとワインを実際に合わせてみましょう。当日用意したおでん種は、ちくわ、昆布、大根、イカ巻き、モチ巾着、いわしのつみれ。佃權で買ってきたものです。佃權は化学調味料が使わない貴重なお店です。化学調味料入りでは、相性もなにもあったものではありません。
合うワインを選ぶにあたって、まずは経験則からの仮設を立てました。それは、1、 複数品種のワインであること。つまりは「和」です。
2、 水の味、しっとり味がすること。つまり、雨が多く川や海に囲まれている産地のワイン。その典型はボルドーです。
3、 重心が低いこと。魚は青魚以外重心が低く、昆布出汁もまた重心が低いからです。重心が低いアペラシオンは、ボルドーの場合、ポイヤックとポムロールが典型です。
4、 拡散型分布のヴィンテージ(たとえば2012年)であること。水の料理はすべて拡散型だからです。
5、 酸が低いこと。通年とは逆に、酸の低い料理には酸が低いワインが合うからです。つまり、酸の低いヴィンテージ(たとえば2012年)で、柔らかい酸味をもつMLFをしたワインが合います。ボルドーの白はMLFをしないので酸が強くて合いません。赤はすべてMLFをします。だから赤です。
6、 柔らかい質感であること。おでんは(そして多くの和食は)柔らかいからです。
7、 水平的な形であること。おでんの味は水平的な形をしているからです。ボルドーワインは概して高級(格付け上位)になると垂直的になるので、むしろ安価なほうが水平的で合います。
オレンジワインとの相性について:タンジェリンドリーム2015/スモールフライ(ペドロ・ヒメネス、セミヨン、リースリング)
※いわゆる白葡萄をスキンコンタクトさせたオレンジワイン。白にはない果皮の持つビターさがワインに独特のキャラクターを持たせているところが特徴です。
田中:オレンジワイン=旨味と考えると合いそうな気がするというのは分かりますが、最初から言ってたとおり、やっぱり合わない。オレンジワインのストラクチャー、硬質でミネラリーな構造とおでんの柔らかい質感は違和感があります。相性を考えるうえで質感は重要です。
宮地:タンジェリンドリームは堅牢な外郭と柔らかさが特徴だと思ったのですが、以外に酸が目立ってしまいますね。酸という点でも不整合です。
田中:出汁は軽いと思うかも知れないが、重心を見るなら下。味の軽やかさと重心の高さを混同してはいけない。ワインと料理の重心も合っていません。
宮地:確かに舌に味わいが残りますね。逆にオレンジワインは鼻腔に抜けるような軽やかさがある。
田中:そもそもバロッサは水のワインではありません。内陸のワインは概して垂直的で硬質で酸が強いものです。どうしてもオーストラリアというなら、マクラーレン・ヴェールやマーガレット・リヴァーあたりを狙うべきです。
宮地:私はあえて白ワインではなく、様々な味わいのあるおでんと合わせやすそうなクリーンなオレンジワイン(白ワインよりも一般的に味わいの要素が多い)を選びましたが、意外に出汁と調和しないという結果です。昆布の味わいは舌に感じるという点が強調されました。
ペサックレオニャンとの相性について:BBRセレクションCh Haut Baill2012(カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロー)※格付けシャトーながらBBRラベルでリリースされているボトル。おそらく若樹を中心に造られている。
田中:ペサック・レオニャンやグラーヴはボルドーの中でも南にあって暖かいから酸がまるく、概して和食には合わせやすい産地です。
宮地:樽のニュアンスも感じて一見固いのですが、複数品種のブレンドであるボルドーワインは柔らかい質感、ストラクチャーを持っていますね。
田中:ゴボウ天にはぴったりです。ワインの第一印象の固さと内面の柔らかさが、ゴボウの固さとおでんそのものがもつ柔らかさの両面備えるこの種にはぴったりです。多くのボルドーは基本的にはストラクチャー型のワインではないというのが僕の主張です。むしろ水辺のワインらしいしっとり感や心地よいルーズさがいいのです。
宮地:ボルドーのグランヴァンはストラクチャー型ですよ。緻密で美しい。そのイメージは今も根強いですよ。
田中:確かにラフィット、ラトゥール、マルゴーといったワインはストラクチャーが堅牢でしょう。それらが最上格付けだからといって、それがボルドーの代表なのですか。それらの味は例外ではないのですか。そういう発想に立っているから現実が見えなくなる。消費者の誤解に基づいて本来ストラクチャー型の産地ではないところで無理すれば、不自然なまずいワインが出来る。ワインのお勉強の弊害ですよ。ラフィットはおいしいかも知れないが、そもそもどれだけの人が1本20万円のラフィットを日常的におでんと一緒に飲むのです?ボルドー=ラフィット=ストラクチャーのワインという見方をしていては役に立ちません。
宮地:なるほどね。僕も個人的に成城石井のボルドーを家飲み用に買いますよ。ボルドーというと高級ワインのイメージがありますが、リーズナブルラインからあるし、逆に消費者に一番近いワインなのかもしれませんね。ボルドーが日本に浸透しているというのは、食事と共に長く親しまれてきて違和感がなかった結果なのかもしれません。その頂点に1級シャトーがあるという階層があるだけで。
サンジュリアンとの相性について
BBRサンジュリアン2012
※サンジュリアンは砂礫質土壌のカベルネ・ソーヴィニヨン主体のワイン
田中:あれ、なんでサンジュリアンなのかな。ポイヤックを頼んだはずだが。
宮地:ポイヤックは2011年しかなくて、指定された2012年はサンジュリアンしかなかったんです。
田中:2011年は酸が強いし重心が上になりがちだし、確かにそれでは困る。しかしサンジュリアンは出汁の味わいとは合いません。実際に飲むまでもなく合いません。軽やかな砂地で造られたワインはいわゆる君の言うところの鼻腔で味わいを感じる立ちのぼり方があって、重心が下には行きませんから。典型的な不一致の例として大根と試してみましょう。根菜は重心下、サンジュリアンは上です。口のなかで別々のものになってしまいます。しかしイワシのつみれと合わせてみてください。これはおでん種の中でも例外的に重心が上です。イワシは上ですから。
宮地:確かにエレガントな相性です。それにしてもイワシはなぜ重心が上なのですかね。海面泳いでるから?
田中:不思議なんだけどそうとしか考えられない。
宮地:鍋と赤ワインは合わせやすいというイメージを提案したかったのですが、確かにサンジュリアンではだめですね。味わいの重心のところで合わせづらい。
田中:鍋と赤ワインとか鍋とボルドーといった過度の単純化はできません。鍋のどの部分がどうしてどんなボルドーに合うのか、というロジックを理解して欲しい。概して皆さん、何々の料理には何々のワイン、という固有名詞の連関を覚えようとするのですが、そのような記憶では実際には役に立ちません。サンジュリアンがすべて鍋に合わないわけでもありません。料理の重心が上でさらっとしていて酸が強めならいいわけで、たとえば鶏ささみのしゃぶしゃぶには合います。昆布出汁の重心が下だとしても、その場合ワインと合わせるのは出汁部分ではなく、鶏ですから。
宮地:あはは。田中さんの話は面白いんですが、荒唐無稽に聞こえますよ。
けどね、僕は川の上流、下流の魚の味わいを利き分けるとか、ワインの産地が分かるとか、こういったところは本来人間が持っている能力だと思っているんですよ。
田中:何故かはわからないけど、斜面の位置や葡萄品種等によって口の中で味わいを感じる位置が違う。食材に関してもそう。理由を聞かれても、そうだからとしか答えられない。鶏肉は上で昆布は下だというのは食べてみれば分かることです。
ポムロールとの相性
BBRポムロール2012
※ポムロールは粘土質土壌のメルロー主体のワイン
田中:おでんと合うワインを私が考えた時に、まっさきに浮かんだのがポムロールです。それはメルローという品種が酸が低く、そして重心が低くて柔らかいからです。メルロー主体の産地といえばポムロールです。そしてポムロールは粘土質土壌だというの理由です。粘土質土壌のワインは重心が低いものです。もちろんポムロールの南西側は砂質土壌ですから、北東部分のポムロールという条件がつきますが。
宮地:確かに粘土質土壌のポムロールは多くのおでん種と相性が良い。こういう味わいを同じように感じる自然なマリアージュってありますよね。おでんにおける出汁の水分性と、保水性が高い土壌ということの関連性があるのでしょうね。
田中:平地の粘土質で造られるワインの特徴がよく出ています。昆布との相性は素晴らしいですねえ。読者の方々には意外かも知れませんが、むしろ理論通りだと思っています。
宮地:もち巾着もいいですね。
田中:ポムロールはねっとりしているから質感が合っています。そしてもちにはストラクチャーがありません。そこがポイントです。樽熟成しているからこのワインも外殻に固さはありますが、テロワールと品種がもたらす本質的な個性のほうが勝っています。
宮地:もちの話でストラクチャーって言い出したのは田中さんが初かもしれませんよ(笑)。しかしポムロールで最も有名なペトリュースは重心が低いですか。緻密で堅牢なストラクチャーのワインではありませんか。
田中:そういう例外的超高級品を持ち出してはいけません。そういう話ばかり横行するからワインが一般消費者にとって鼻持ちならないものになるのです。
宮地:なんでペトリュースがあんなに有名になったのだろう。
田中:個別のワインの話をここでしても意味がありません。話を戻して、2012年ヴィンテージにひとつ僕が言いたいのは、評価誌などでは悪いヴィンテージとされているけれども、それは何をもって悪いと言うのかということ。私は和食にとって非常に好ましいヴィンテージだと思っています。2011年と比較すれば特に顕著に分かるある意味での過熟感が柔らかで曖昧なストラクチャーや低い酸に表れていて、緊張感がないというのが特徴です。和食は当然としても、この特徴はどのような料理との相性においてもプラスに働くことのほうが多いでしょう。緊張感のあるワインは、そもそも食事の動機そのものと合わないと思います。海外の味覚から考えられたヴィンテージの優劣を鵜呑みにしてはいけません。そこに日本人としての視点、提案があるべきでしょう。いくら「和食とワイン」と言っても、プロ・消費者ともに価値判断基準が舶来信仰では、なかなか真実にたどり着けません。
シャトーヌフ・デュ・パプとの相性について
シャトーヌフ・デュ・パプ2012/ボワ・ド・ブルサン
※グルナッシュを中心に複数品種の混植混醸
宮地:シャトーヌフも良いですね。複数品種のミックスという点で鍋物的ワインではないですか。ちくわも合いますね。つみれと同じ練り物ですが何が違うんだろう。
田中:ちくわは中が空洞です。
宮地:本気で言ってます?
田中:ゴボウはストラクチャーがあります。だから相応のストラクチャーをもつペサック・レオニャンが合っていた。しかしちくわは中身がないでしょう?そしてこの年のシャトーヌフは中心部の密度が低く、拡散型分布の極みのような味です。料理のイメージとの相関性はあります。
宮地:それは飛躍かもしれませんが、内省的なワインと外交的なワイン、凝縮的な味わいと拡がりのある味わいという違いは存在しますね。ボルドーもよいですけれど、経験上、ローヌとおでんの相性はさらによいと思います。
田中:おでんにとっては水に近い産地であることが重要です。
宮地:南ローヌはそういった点で正解です。河も近いし、海も近い。複数品種ですし、さらにシャトーヌフは土壌も複数。私はおでんにはこれがいいと思います。
田中:このワインはワイン単体で飲めば圧倒的に素晴らしい。しかしおでんとの相性を見ると、気になる点が3つあります。第一に、シャトーヌフはグランヴァンですから、どこかツンとした高貴なところがあります。それがおでんの性格と合いません。第二に、ほとんどすべてのシャトーヌフにはシラーが相当量入っています。シラーの重心は明らかに高いところにあります。香りもすくっと立ち上がる。しかしおでんはそういった爽快に駆け上がるような香りを持っていません。第三に、この生産者のシャトーヌフは砂利質の畑のブドウだけではなく石灰質の畑のブドウも含みます。ですから石灰質独特の引き締まった高めの酸があります。おでんにはそのような酸の要素がありません。
宮地:では南ローヌならばどこがいいと思いますか。
田中:ラストーです。石灰がなく、粘土で、平地で、グルナッシュの比率が高い複数品種のブレンドだからです。ケバさがなく、しっとりねっとりして酸が低い。
宮地:総括すると、我々が最初に立てた仮説どおりの結果でしたね。ボルドーは和食のためのワインとして大変に有用性が高いということが分かりました。格付けや値段からではなく、日本の食という視点から、そしてマリアージュという文脈で、ボルドーをとらえ直す必要があるようです。