Column 2016.06.14

ワインを巡る旅~コルシカ編~

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コルシカ 057
フランス

パリの地下鉄のホームでよくコルシカ観光の宣伝を目にする。手軽なヴァカンスの行先としてコルシカはポピュラーな存在だ。天気がいいし、自然が豊かだし、ナポレオンの生家と美術館もあるし、一度は行くべきところだろうとは思うが、日本からあえてコルシカに行く人は少ないだろう。

行けば必ずワインを飲む。日本にいては得体が知れないとして手が出ないコルシカワインのおいしさを知る。そうすれば以降コルシカワインを飲むたびにコルシカの自然・文化とワインの味が重なり合い、ワインがますますおいしくなる。もちろんそれはコルシカワインに限ったことではない。オーストリアやスイスといった比較的マイナーな産地のワインを単に味だけで消費者に選択させようとするのは無理がある。フランス産地で言うなら、ジュラ・サヴォワもそうではないか。以前サヴォワのワイナリーに行った時に「スキーシーズンになると大勢の日本人が買いに来る。宿泊したホテルで飲んでおいしかった、と」。誰がサヴォワワインを飲むのだろうという疑問がその瞬間に溶けた。ワインの立場からすれば、フランスはコルシカワイン観光キャンペーンを日本でも精力的に行ってほしいと願うばかりだ。

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何年か前にフランス農務省関連の仕事の手伝いをした時のことを思い出す。それはフランス全産地のワインのキャンペーンだった。もちろん全産地なのだからコルシカも必ず含まねばならない。しかしコルシカワインの輸入元は極端に限定され、あっても品切れや入荷待ちが多く、また毎回違うワインを出そうとしてもアイテム数が限られ、苦労した。いろいろな産地を巡るツアーの企画もあり、行程にコルシカを組み込むべくコルシカワイン委員会側に打診すると、「コルシカにとって日本は重要な市場ではなく、売られていないワインのプロモーションは無意味」との答えが返ってきた。

そのような状況ではコルシカワインは永遠に好事家向けだと思っていたが、つい最近になって多彩なコルシカワインが輸入されるようになってきた。他産地のワインは既に氾濫しているから売る側にとってみればもはやそこで目新しさという価値を提供することはできない。だから今まで手つかずだったコルシカに可能性を見出すというのは理にかなっている。コルシカ最高レベルのワインが輸入されていなかったのだからワインの選択肢は潤沢だし、他者との競争も少ないし、値段も手頃だ。これからますます多くの輸入元がコルシカに着目することを望みたい。

コルシカワインの選び方

上級キュヴェつまり高いワインのほうが必ずしもおいしいわけではないというのもいい。ブルゴーニュやボルドーのような細かい格付けが確立している産地では、残念ながら相当程度値段と質は比例する。つまりグラン・クリュは村名よりもおいしい。しかし同一AOP内であればコルシカのワイナリーでは高いワインも安いワインも同一ないし類似したテロワールの畑で造られる。値段の差は樽の有無であったり古木と若木の差であったりと、質に関しては本質的とは言えない部分での差から生じることが多い。コルシカの自然はまだまだ手つかずで、無理やり畑を拡張した様子などなく、AOPの畑になっているところは基本的に畑にするにふさわしい場所だけだ。

アペラシオンはコルシカでは有効に機能している。アペラシオンは4段階として把握すればよく、下位からIGPイル・ド・ボーテ、コルスAOP、村名(地区名を含む)付きAOP、アジャクシオAOP&パトリモニオAOPとなる。そして甘口を除いての経験上の総論としては、この格付けの上下と質の上下は比例しているが値段に大差はなく、常識的な用途における価格対満足比と打率を考えて自分が買うなら、必ず村名付き以上にする。コルスとIGPの畑の多くは島の東海岸にあるが、行ってみればなぜそれらが格下なのか理解できるはずだ。ちなみに、東海岸の平地は伝統的なブドウ畑ではなく、独立したアルジェリアからの大勢の帰還者のために国が用意した土地だと聞いた。現代コルシカ史的には入植者問題に端を発するコルシカ民族運動は興味深い話なのだが、それはここで扱うテーマではない。そういえば日本ではこの島をフランス語のコルスではなく、コルシカ語でコルシカと呼ぶ。フランス本土とは明らかに異なる歴史と文化をもつこの島の独自性を尊重するのは正しい姿勢だろう。

では村名付きAOP以上のアペラシオンの中から何を選ぶか。ひとつは地質学的アプローチである。地質は三つに大別される。コルス・カルヴィ、アジャクシオ、コルス・サルテーヌ、コルス・フィガリ、コルス・ポルト・ヴェッキオは花崗岩、北端コト―・デュ・カップ・コルスはシスト、パトリモニオは石灰岩(赤)とシスト(白)である。ふくよかな花崗岩、目鼻立ちがくっきりとした石灰岩、内向的なシストといった違いがある。

※コルシカ南部の畑は花崗岩が風化した砂質土壌だ。

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もうひとつは品種的アプローチである。辛口白はどこでもヴェルメンティーノなので分かりやすいし、この品種の個性は南仏やトスカーナやサルディニアのワインで既に理解されている通り、オイリーな質感とメロンのような重厚なフルーティさのある味だ。赤はシャッカレルとニエルチオである。シャッカレルは色が薄くフローラルで赤系ベリーの風味がありチャーミングで、ニエルチオは色が濃くスパイシーで紫系果実の風味がありビシッとしている。マンモーロとサンジョベーゼといえばそれまでだが、ピノとシラー、サンソーとカベルネ・ソーヴィニヨンといった違いだ。アジャクシオはシャッカレル単一に近く、パトリモニオはニエルチオ単一に近く、コルス・サルテーヌとコルス・フィガリはシャッカレル優勢、コルス・カルヴィ、コルス・ポルト・ヴェッキオ、コトー・デュ・カップ・コルスはニエルチオ優勢と見ておけばいいだろう。

気候は本土で言うならナルボンヌやニースと同じぐらいだ。フランスで最も暑く乾燥しているわけではない。またコルシカの気温に関しては南に行くほど暑いわけではなく、バスティアやカルヴィよりアジャクシオのほうが低い(しかしカルヴィの畑は高山のふもとで標高が高いところにあるためワインは厳しい味がする)。降水量はアジャクシオで650ミリ弱とそこそこあり、たぶん多くの人が想像するより味わいはしっとりとしている。

以上を念頭にして方程式を立てれば、どの産地がどういった味なのかは相当程度予想がつくだろう。コルシカワイン選びは比較的簡単である。

今回の記事はアジャクシオ、コルス・サルテーヌ、コルス・フィガリ、コルス・ポルト・ヴェッキオという南側エリアのみを取り上げる。日程的制約ということもあるが、コルシカでは花崗岩土壌の味が個人的には好きだからだ。石灰岩とシストは、ようするに、ほんわかしていない。ヴァカンス気分の味、陽光降り注ぐ地中海な味を求めたいときにコルシカワインを飲みたいので、緊張感のある、どちらかというジャケット的であってポロシャツ的ではないパトリモニオは(客観的な品質は素晴らしいが)方向性がずれる。とはいえ焼いた肉にパトリモニオ&ニエルチオ系、煮た肉にアジャクシオ&シャッカレル系というように、料理と合わせて楽しむためには両方の方向性をセラーに入れておくのがよい。

コルシカワインと料理

意外かも知れないが、多くのコルシカ料理とコルシカワインは合わない。

コルシカといえば豚肉加工品と羊のチーズが有名で、忘れられないほどおいしい。またイカや貝やロブスターも採れる。だからそれらとついコルシカワインを合わせたくなるのは分かる。そして安直な「地の料理と地のワイン」という、いかにも正しそうな流行りの旗印のもとでは、なおさらそうだ。しかし事態はそんなに単純ではない。なぜなら豚肉も羊のチーズも甲殻類も重心が下なのに対して、多くのワインは重心が上だからだ。火山岩である花崗岩土壌ならそれは当然のことだ。そしてニエルチオは品種として重心が高めになるものだ。重心を下におろすためにはグルナッシュが重要で、そういった素材のコルシカ料理とワインを合わせたいなら、標高が低い畑(つまり海に近い畑)の、グルナッシュをブレンドしてあるワインを選ぶとよい。ふつうのワインなら、より打率が上がる料理素材はラムとチキンである。

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料理とワインの関係を考えるなら、コルシカワインのアルコールの高さへの対処が必要になってくる。夏のヴァカンス向きのさっぱり味の料理にヴェルメンティーノやロゼを合わせると、ワインのアルコールが目立ち、後味が苦くなることが多い。コルシカワインにはしっかりこってりした味の料理のほうが合わせやすい。<田中克幸>

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最上のアジャクシオ ドメーヌ・ア・ペラッチア

サルテーヌの洗練性 サンタルテミュ

コルシカの赤ワイン品種を考える カステリュ・ディ・バリッチ

東海岸ポルト・ヴェッキオという個性 グラナイオーロ

フィガリのゲミシュターサッツ ドメーヌ・ド・ラ・ムルタ

南コルシカのビオディナミ代表ペロ・ロンゴ

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