※当主のジル・スロワンさん。
玄関を入って挨拶するやいなや、「どうしてここに来たのか。うちは本とかに登場するようなワイナリーではないのに、どこで知ったのか」と、二代目となるジル・スロワンさん。彼自身が思っているより有名なのに、日本から人が来るのがまだ珍しいのだろうか。「ネットで見かけておいしそうだったから」と答えたが、そもそもチョイスは限られている。5つある村名付きコルスのひとつ、180ヘクタールのコルス・サルテーヌには10軒のワイナリーしかない(と聞くが私は7軒しか知らない)。高名なフィウミチコリとペロ・ロンゴは日本でも大いに語られているようだから、私のようなコルシカ初心者が付け加えることもない。誰も行かないところ、情報がないところに行くのは、既に語り尽くされているところに行って人の言っていることを確認するような作業より楽しい。
コルス・サルテーヌを飲むたびにおだやかでふくよかな楽天性を感じるが、スロワンさんはこのアペラシオンの個性をどう思っているのか尋ねると、「山と海の影響を受け、特に海からここまで4キロと近く、風が吹いていて乾燥しているからブドウが病気にならない」。古代ギリシャ時代から続く港町であり観光拠点としても名高いプロプリアーノにも近いサルテーヌのワインは、明らかに開かれた水辺の味であって、閉ざされた山の味ではない。「比較するなら、アジャクシオはシャッカレル主体の赤ワイン産地で、リッチな味がするように思う。品種に関してサルテーヌはシャッカレロばかりということはなく、ニエルッチオ、グルナッシュ、ヴェルメンティーノを含む4つの品種がそれぞれ重要。より南のフィガリはとても暑くてとても乾燥している。サルテーヌの土壌も花崗岩だが、風化した砂で、酸化して黄色くなっている。この土はテンションとミネラリティをワインにもたらす」。確かに黄色い。遠目では花崗岩ではなく砂岩かなと思ったぐらいだ。フィガリでは灰色、アジャクシオではピンク色を見かけるし、同じ花崗岩でもいろいろあるものだ。
※テイスティングしたワインのほとんどは、
ラインナップは豊富で、IGPリル・ド・ボーテがミノ、オンダール、そしてキュリオシテ(SO2無添加とか)の3ライン、そしてコルス・サルテーヌがノーマルとキュヴェの2ライン。IGPが多いのは、彼らの28ヘクタールの畑の一部は小川を挟んでAOPエリアの外にあるからだ。IGPとAOPのワインをロゼと赤で比較してみると(変数が多いから正当な比較ではないものの)、前者のほうはアルコール感が目立ち、えぐみがある。コルス・サルテーヌは期待どおりの厚みとゆったりしたなめらかさがある。
※ワイナリーへと続く道。周囲には何もない。左側がAOPコルス・
サルテーヌらしさを前提としつつもその中でサンタルメテュらしさは何かと問えば、静かで都会的な雰囲気や、キメの細かさや、白いテーブルクロス的なクリーンさではないかと思う。コルシカワインに野性的な地ワインらしさを求める人ならスカした味と表現するかも知れないが、いかにもフランスワインらしいおしゃれ感だとも言える。ロゼワインの出来が特に優れている様子から、フランスワイン産地区分ではプロヴァンスとコルシカがひと括りになっていることを思い出す。プロヴァンスとは程遠い町や人の雰囲気から想像するより、コルシカのワインはずっと洗練されている。ワインからはコルシカの違う側面が見えてくる。それがワインのおもしろいところだ。<田中克幸>