※フィガリの町はずれにあるドメーヌ・ド・ラ・ムルタ。ムルタとは
コルシカ島最南端ボニファシオから西に回り込んだところにある、コルシカでも最も南に位置するAOP、コルス・フィガリを代表するワイナリーが、ドメーヌ・ド・ラ・ムルタだ。以前にコルスを訪問した時には最も興味があったワイナリーのひとつだったにもかかわらず、当主セバスチャン・カンターラさんが不在で訪問ならず、うらめしげにドメーヌの建物の窓から中を覗いただけだったが、今回はついに訪問がかなった。
※セバスチャン・カンターラさん。写真からも彼のシリアスさが伝わ
7・98ヘクタールを所有する(それにしても小数点以下二位まで厳格に答えるとは!)彼らは、ヴェルメンティーノの白、シャッカレルのロゼ(ロゼのニエルチオは好きではないという。同感)、そして赤と3種類のワインを造る。この赤は大変に興味深く、カルカジョーロ・ネーロ(コルシカ語ではカルカージョリュ・ネリュか)、シャッカレル、ヴェルメンティーノ、ニエルチオの混醸。前三者は混植でもある。
自らは饒舌になることなく聞かれたことに言葉を選びながら丁寧に答えるセバスチャンさんはこう言う。「世の中、ボルドー的な造りばかり。A品種60%、B品種40%といったワインでは誰もが同じ味になってしまう。自分は他の人たちとは違うことをしたい。全体論的な考え方のもと、ワインはできるだけシンプルに造りたい」。
26歳の彼はサルテーヌにある農業学校を出ただけで、醸造学を修めたわけではない。レシピに従うのではなく、自ら考え抜き自らの内側から湧き出た思想と技術に即してワインを造るのが彼だ。「島には学校がないし、学校に行っている時間もない」。というのも彼の父が病気になり、すべての責任が彼の両肩に突然のしかかることになってしまったからだ。彼が多くを語らなくとも、大変な事態だったと想像するのは難しくない。ドメーヌ・ド・ラ・ムルタは2002年にエコセール認証を取った、コルシカを代表するオーガニック・ワイナリーのひとつで、2012年までは認証があったのだが、父ジャン・ポールの病気によって「1年間何もできない状態」が続き、認証も失ってしまった。もちろんそれは望んでいたわけではなく、セバスチャンも「農薬を使わないというのは自然な考え方であり、当然」と考えるため、認証プログラムを再び開始し、2018年に取得する計画だという。
※訪問時にはセバスチャンさんはまだ帰宅しておらず、しばらく彼の
カルカジョーロ・ネーロとはどのような品種なのかと聞くと、「房が大きい。コルス・フィガリは丘の上と下のふたつに畑があり、カルカジョーロは下の平地に植えるとよい」。平地の畑は花崗岩土壌に沖積土壌が混じる。水はけは斜面より劣るのは当然で、カビ害に耐性のあるこの品種が向くのだろう。かの高名なドメーヌ・コンテ・アバトゥッチが何年か前からこの品種単一のワインを造るようになり、コルシカワインファンのあいだでは注目度が高まっているのは知っているが、私はまだ飲んだことがない。どうも酸が低くフルーティで穏やかな味わいのようだ。
白もロゼも売り切れで、新しいヴィンテージのワインはタンクの中にあり、そのタンクは協同組合のものを借りているため試飲できなかったが、赤は瓶詰めされた2014年を試飲することができた。想像通りに、そして前評判通りに、さすがゲミシュター・サッツのワインは傑出した複雑さと立体感があり、これが平地の畑とは信じがたいほど垂直的な形をしている。ワインの内側に秘めたディティールの豊富さや、凝縮度と軽やかさを両立させるバランスのよさには感服するほかない。2014年ヴィンテージは先に述べた理由で認証がないとはいえ、これはまさしくオーガニックの味だ。
※コルス・フィガリ・ルージュ2014。この年はステンレス発酵、2013年と15年はコンクリート・タ
暑くて乾燥しているフィガリのワインはふつう、ジャミーといってもいいぐらいの果実味を中心としたシンプルながらもいかにも南国らしい味という印象だろうが、このワインは違う。コルシカワインを「地中海料理に合うカジュアルで楽しい地酒」と考えている人にとっては、飲む側に相応の集中力と感性を要求するドメーヌ・ド・ラ・ムルタのワインは分かりにくいと思う。しかし偏見なくワインに向き合うことができる人にとっては、彼らのワインの特別な意味あいは自明のことだろう。コルシカワインはこれから、ムルタのように、地場品種のゲミシュター・サッツに回帰すべきなのだ。<田中克幸>