Column 2016.06.13

ようやく日本上陸!最上のアジャクシオ ドメーヌ・ア・ペラッチア

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 2008年に退役軍人のローラン・コスタさんが設立したオーガニックのワイナリー、ドメーヌ・ア・ペラッチア。昨年コルシカに来たとき最も印象に残った生産者だった。当時は日本では誰も知らない存在で、次に飲めるのはいつになることかと思ったが、今では日本にも輸入されてふつうに買って飲むことができる。ありがたい。

 10ヘクタールというこの小さなワイナリーでは作業は何もかもコスタさんが行う。彼は忙しい。今回の訪問時もトラクターを運転中。舗装されていない道をのぼってくる私の車に気付いて畑から醸造所兼売店に戻ってきた。

※訪問時にはコスタさんはこのように畑作業中。撮影したのは1月末なのだが、まるで春みたいに見える。コルシカはやはり本土より暖かい。

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 ワインには組織味のものもあれば個人味のものもある。どちらがいいというわけではないが、当然ながら世の中には前者のほうが多い。ドメーヌ・ア・ペラッチアは個人味の代表と言っていい。そのワインはローラン・コスタさんのイメージそのものの骨太の迫力とまっすぐな情熱を感じさせる。無難な味とは程遠い。出来不出来もあるだろう。しかしすべてが、飲み手の気分を含めてはまった時には、並のワインからは得られない直接的なエネルギーが血管の中に入ってくる。前回もそうだった。一度経験すると、その感覚は忘れがたい。だから今回も、アジャクシオ空港に降り立ったあとまっすぐにこのドメーヌへと向かったのだ。

 キャラの強い生産者のオーガニックワインというと、クセが強い味かと想像されそうだ。多くの「自然派」ワインファンは、そのクセを楽しむのかもしれない。しかし私はクセっぽいワインは好きではない。クセとは自然から生じるものではない。何かが軌道を外れている時、何かが過剰だったり欠落している時、人為が自然に即さず何か本質的なものを隠している時、我々はその逸脱性をクセとして認識するのではないか。だから私は無色透明なワインが好きだ。ドメーヌ・ア・ペラッチアのワインは、クセのない普通さ(それこそが難しい)の中に、並外れたエネルギーがある。そこが好きだ。

 しかしその美点はコスタさんの力量だけに由来するのではないだろう。忘れてはいけない、ここはコルシカのクリュ、アジャクシオなのだ。「村名」アペラシオンと「村名付き」アペラシオンのあいだにはテロワールのポテンシャルの差がある、といえばそれまでだろうが、長い歴史すなわち人間の知恵の集積を背景としたフランスのアペラシオン制度は決してでたらめではない。アジャクシオのワインがもつ、ある種の距離感をもった抽象性、プラスにもマイナスにも偏らない零度の味、音波の山と谷が重なった時の無音の味、すなわちエネルギーが存在しているにもかかわらずそれが表層に浮上しないかのような味は、上位のアペラシオンならではの特性だと言える。とりわけドメーヌ・ア・ペラッチアの畑は内陸にあって山をすぐ背後にし、比較的閉ざされた地形であり、内向性のある静けさがワインに乗り移っているように思える。

※ステンレスとグラスファイバーのタンクが並んでいるだけのシンプルな醸造所の内観。

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 アジャクシオは花崗岩土壌だ。花崗岩がもたらすふくよかさや開放性という特徴は彼のワインにおいても顕著だ。花崗岩という点ではフィガリやサルテーヌやポルト・ヴェッキオと変わる点はないが、コスタさんが言うには、「アジャクシオは山と海の中間地点にあり、早朝は山から冷風が、朝10時からは海から涼風が吹く。コルシカでは6月から8月は暑いが、アジャクシオは風のおかげで涼しく、2015年の夏は例外的に35度になったが、通常昼は28度から30度、夜は16度から20度」。それがワインに酸の清涼感や香りの伸びやかさをもたらす。一言で言えば、バランスのよいワインなのだ。

 今回テイスティングしたワインの中で白眉と言えるのは2014年ヴィンテージの赤ワイン、アジャクシオ・プレスティージュである。通常シャッカレル単一品種のワインだが、この年はグルナッシュを20%含む。「表土が薄い畑に植えるグルナッシュが、うちの畑では表土が厚い場所に植えてある。だから毎年必ずしもよい出来とはならず、いつもならテーブルワインのほうにブレンドする。しかし2014年はグルナッシュの出来が大変によかったから、プレスティージュに20%ブレンドした」。シャッカレルのくっきりとした赤系果実の風味や軽やかさに、グルナッシュの豊満で重心の低い味わいが加わり、よりコンプリートな、複雑な味わいになっている。熟成は30%が樽、70%がタンクで、構造の堅牢さと果実味の華やかさやピュアさを両立している。

※ドメーヌの入り口を入るとすぐにテイスティング・カウンター兼売店。素直な味だからついたくさん飲んでしまうことになるだろう。

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 いままでシャッカレルにこだわってきたドメーヌ・ア・ペラッチアは、今までとは異なった品種を植えて、これから新たな一歩を踏み出そうとしている。最終的にどのような形でワインになるかは分からないが、カルカリオーロは今年、そしてニエルチオとアレアティコは来年、初めて収穫される。コルシカは、日本のコルシカワインファンが長年研究課題として取り組んでいるように、ブランディカ、バルビロッサ、コルディヴァルタ、モレスコーネ、モンタナッチア、ロッソール、リミネーゼ、ルグニョーナといった地場品種の宝庫である。コルシカの本質にまっすぐに向き合おうとすれば当然、シャッカレル(アジャクシオにおける不動の地位は揺らがないにせよ)以外にも関心が出てくるものだろう。 そして二年後にはミュスカ・ブラン・ア・プティ・グランが収穫される。「ミュスカは辛口でも甘口でもよく、ランシオにしても素晴らしいから、いろいろ試してみる価値がある」と言うと、彼の答えは、「まさに自分もちょうどそう思っているところで、辛口、甘口、フロールをつけたジュラのような甘口の3つを造る予定」。それはとてつもなく興味を惹かれる話ではないか。<田中克幸>

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