Column 2017.01.05

Chateau Brane-Cantenac

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※シャトーの目の前にある畑。ご覧のとおりの小山だ。だから周囲の風景が見えない。そして表土には大きな礫がたくさん。この畑を見ると、なぜワインがかくも淀みなく、空間だけではなく時間軸上の姿かたちが整っているのか、そしてなぜ軽快さと優美さがあるのかも理解できる。ちなみに除草剤を使用していないが、雑草はこの程度しか生えない。表土は砂利が厚く積り、根が浅い雑草が生えやすい肥沃な土がないからだろう。
 勉強好きの日本のワインファンはボルドー左岸の格付けシャトーの名前を相当程度記憶している。それほど頻繁にボルドー格付けワインを飲む機会はないと思うので、
5級まですべて暗記せよとは言わないまでも、2級シャトーぐらいまでなら覚えるのはたやすいはずだし覚えておいても損はない。ローザン・セグラ、レオヴィル・バルトン、コス・デストゥールネルとかの名はすぐに出てくるだろう。しかし、ブラーヌ・カントナックはどうか。そういえばそんなシャトーもあったな、といった反応を何度も聞いた。

 ブラーヌ・カントナックは楚々とした品のよい味だ。声高な自己主張をしないので、派手な装いの軍勢の中に置かれると埋没しやすい。だからいろいろなテイスティングの場での評価が低くなりがちだというのは分かる。評価が高いワインは価格が高く、評価が低いワインは価格が低い。消費者からすれば、価格が高いワインはおいしく、価格が低いワインはそれほどおいしくない、と思うものだ。おいしいと思って飲むワインはおいしく、逆もまたしかり。この循環から脱することが、健全なワイン鑑賞にとって重要なのは言うまでもない。ブラーヌ・カントナックはそのためのよい試金石となる。より直截な表現をするなら、ブラーヌ・カントナックは古典的なボルドーの美しい味わいを求めるワイン通にとって最高のお買い得品だ。

畑を見ればたちどころに理解できるが、ここはいいテロワールだ。白い砂利が分厚く堆積しているし、明らかに盛り上がった形をしている。それはラフィットでもムートンでもオー・ブリオンでも同じだ。格付け下位のシャトーのように平地ではない。だから格付け上位のワイン独特の抜けのよさとキメの細かさと香りの軽やかな華やかさがある。飲んでいて、これぞボルドーという説得力と安心感がある。いったんこのフィネスに慣れたら、格付け下位の味は、どう転んでも格付け下位だということを認めざるを得ない。

とはいえ以前のブラーヌ・カントナックは、よく言えば優雅、悪く言えば脆弱だった。好きかと問われれば答えに躊躇した。しばらく関心事の外にあったのは事実だが、ある時フランス大使公邸でのイベントで2008年を口にし、その美しさに初めて気づかされた。そのあとユニオン・デ・グラン・クリュの試飲会で2012年を試飲し、以前とは異なるレベルへ進化したことを確認した。複雑でいて抜けがよく、精妙なディティール感と余韻の伸びやかさがあった。その場で聞いた、「除草剤を使用していますか」。もちろん答えはNOだった。「オーガニックに転換するワイナリーが登場してきていますが、そちらでも何か取り組みしていますか」。答えはYESだった。どうりで。取材先のひとつはここだ、と、その時思った。

 

ブラーヌ・カントナックのオーナー、アンリ・リュルトンはいい人だ。いい人というと裏の意味を勘ぐるものだが、ここでは文字通りだ。彼の穏やかな表情と純粋な目を見ればそう言うしかない。彼は「自然環境と従業員に対して負荷の少ないワイン造りを長いあいだ心がけてきた」と、クオリティ・コントロール・マネージャー(技術部門責任者)のマリア・デ・ロウルデス・マルティネス・オヘダ(以降マリア・オヘダと略)は言う。1999年にはエネルギー消費の極めて少ない自然空冷を利用した醸造所を建設。2007年からオーガニックの実験を始め(どうりで2008年がそれまでと違った味だったわけだ)、2012年にはさらに「総合環境マネジメントシステム」を導入して、オーガニック栽培化、消費エネルギーが少ない機械への買い替え、廃棄物の有効処理等を進めている。この流れから分かるとおり、ブラーヌ・カントナックは、ヒッピー的ナチュラルライフのためのオーガニックでも単なる品質向上のためのオーガニックでもなく、現代にふさわしい社会的責任感に根差した正当な行動の一部としてオーガニックに取り組んでいるのだ、という基本的なスタンスが理解できる。
※QCマネージャーのマリア・デ・ロウルデス・マルティネス・オヘダさん。メキシコ生まれで生まれ育ちはワインとは無関係だったが、ワインに興味が湧いてきてフランスに。フランス語を学んだあとボルドー大学を卒業してブラーヌ・カントナックの醸造長に就任。天才としか言いようがない。1を聞けば10を理解してくれるし、話して楽しいし(メキシコのパパイヤがどれだけおいしいかの話で二人で盛り上がった)、ポジティブな気を周囲に発散している。彼女がセラーに行けば従業員が皆笑顔で挨拶する。チームとしてまとまっていることがよくわかる。陰気だったりぎくしゃくした気が流れるワイナリーは数多いものだ。この人が造るワインなら、これからどんどんおいしくなるはずだ。
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オーガニックにして何が変わったのか、とマリア・オヘダに聞くと、「数年でブドウの質がよくなった。オイディウムやミルデューが蔓延した2013年や2011年のような難しいヴィンテージでも顕著に収量低下が食い止められた」と、実利的な回答だ。しかしなぜ一気にオーガニック化しないのかと聞くと、「フランスではオーガニックやビオディナミがトレンドだが、銅という毒性のある物質に依存するしか方法がないのがひとつの大きな問題だ。銅は散布対象の表面でのみ作用するため、ボルドーのように頻繁に雨が降る土地ではすぐに流れて効力が失われる。慣行農法では8回の散布なのに対してオーガニックではその2倍にもなる。安易にオーガニック化を進めて銅を大量に使用するのでは環境負荷という観点からして我々の理念と矛盾する。我々は銅の使用を以前と比べて4分の1、ヘクタール当たり45キロにまで削減することに成功した。我々はオーガニックを効率的に捉える必要がある」。
※発酵桶の板が1本、アクリル板になっていた。これで発酵桶の内部の様子を目視することができる。いいアイデアだ。
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彼女は流行りの馬耕作についても独特の冷静な視点を保つ。「なぜ馬がいいのかといえば軽いからだし、石油燃料を使わないからだ。だとすれば軽くて燃費のよいトラクターを特別に作ればいい。スプレーは風速毎時20キロより強い風のもとでは流れてしまう。馬で75ヘクタールの畑に散布するにはどれだけかかるのか。そのあいだに風が吹くではないか。トラクターのほうが無風時に迅速に散布でき、それは畑全体への散布量を減らし、また銅の使用を減らすことにつながる」。

このような科学的態度をアンリ・リュルトンは尊重するという。「彼と会ったことがあるならあなたも知っている通り、彼は物事をじっくりと思案し、時間をかけて結論を出す。トレンドには惑わされない科学的思考の持ち主だ」。このようなアプローチは間違っていない。特にボルドーの格付けシャトーのような大規模組織では重要なことだ。先走って損失を出し、株主等の利害関係者に離反されたら元も子もない。ブルゴーニュのネゴシアン、シャンピーを見よ。あの素晴らしい感性の持ち主であるピエール・ミュルジェがビオディナミを推進したが、結局離反されて彼は追放され、ビオディナミ化は立ち消えになってしまったではないか。

大事なのは必ずしも早急にオーガニック認証を取得することではなく、できる範囲で着実に環境と人に対するネガティブな負荷を低減し続けていくことだ。コンサルタントを雇い入れてオーガニック転換を行うのはむしろ簡単なことだろうが、それでは他人事だ。オーナー以下が自ら考え、意識を共有化し、ひとつの方向に向かって皆で取り組む姿勢のほうが、最終的にはよりよい結果を導くことになるし、その結果が長続きするはずだ。

※無駄な装飾なく、非常に清潔で、空気の綺麗な樽熟成庫
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セラーでオーガニック栽培区画とそうではない区画(つまりリュット・レゾネ)の比較を、樽熟成中の2015年のワインで行った。まずオーガニック区画。メルロはフローラルで軽やかな鼻に気持ちよく抜けていく香りがあり、芯がしっかりとして、優しいが強く、酸に勢いがあり、かっこいい味。カベルネ・ソーヴィニヨンは花とグラファイトのラフィットにも似た香りがあり、大変にミネラリーで、垂直的な形をしている。次にリュット・レゾネ区画。相対的に言うなら、メルロはスケール感が小さく、そっけなく、水平的で、重心が上で、ずんと下に降りていく安定感がなく、タンニンが粗い。カベルネ・ソーヴィニヨンも小さく、表現力に乏しく、タンニンがドライで、酸は凛としているというよりソフト。マリア・オヘダがどう理屈を言おうと、純粋に味だけを見るなら、オーガニックの圧勝だ。同じシャトー、同じ格付けとは思えない品質の差がある。そうマリア・オヘダに言うと笑顔を返してきたから、彼女も同じような意見なのだろう。これでオーガニックに完全転換しないなら、銅への抵抗感とリスクへの危惧しか考えられない。

認証を取れ、とせかしているのではない。認証なしオーガニックなど不誠実だという意見が大きいが、そしてもちろん消費者への分かりやすさという点では認証は好ましいが、私は農薬を使わないほうが使うよりいいという観点から、認証なしオーガニックにしようと誰かが意思決定するなら、それはその人の意思として尊重する。認証を一度取得して何か大きな問題が起こったなら、認証にこだわってビジネスを危機的な状況に陥れるか、それとも収穫を重視して認証を失い、事情を知らない一般消費者にネガティブな印象を持たれるか、といった絶望的な選択を強いられる可能性がある。前者は株主や従業員への責任をまっとうできないことになるし、後者は何百年にわたるボルドーの栄光のレガシーに傷をつけることになる。

ひとりの愛好家としての私はただ、よりおいしいワインのほうがいい、と思うだけだ。私が試飲した2015年は、おいしいワインのためにオーガニックがどれだけ有益なのかを明示していた。では銅の大量使用なしにオーガニック同等のおいしさを生み出すにはどうすればいいか。アンリ・リュルトンとマリア・オヘダならきっと最適な方法を編み出してくれると信じている。
※「カルメネールがあるから飲んでみて」、と言われた。「それはおもしろい。しかし2%以下にしないと乱暴な味になるでしょう」。「そう2%以下。ボルドーのことをよく知っているじゃないの」。2007年に植えられたカルメネールを含むのが、品種構成上のブラーヌ・カントナックの特徴。この品種はスパイシーでメリハリ感、エネルギー感があるが、下手をすると青臭くなり、タンニンもクセも強いが、このシャトーでは成功しており、単独でも大変においしい。樽に果粒をそのまま入れて発酵するのがポイント。
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