Column 2016.05.11

【ブルゴーニュ】シャサーニュの赤の可能性 ブリュノ・コラン

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※セラーに貼ってあったシャサーニュの地図。赤くマークしてあるところが彼らの区画だ。村名赤ワインは8か所に点在する区画のブドウのブレンド。一級ワインよりこの村名ワインのほうが多面性がある味なのは、それが理由だろう。畑は正しい形でブレンドしたほうが、むやみに単一畑にこだわるよりよいのだ。

ブリュノ・コラン

 

 シャサ-ニュ・モンラッシェ村の代表的生産者のひとり、ブリュノ・コランは今さら付け加えて言うこともないほどよく知られている。それぞれの畑の個性を素直に分かりやすく伝える彼のクリ-ンなスタイルは、とりわけブルゴーニュ初心者にとってはありがたい存在だと思う。残念ながらドメーヌ訪問時にブリュノさんは不在。直前に日本に来ていたらしい。セールス担当の女性に話を聞いた。

 ブリュノの父親であるミシェルのドメーヌ、コラン・ドレジェも、長年のブルゴーニュワイン・ファンならずいぶんとお世話になった記憶があるはずだ。現在63歳のミシェルは、ドメーヌの宝であるシュヴァリエ・モンラッシェ、ピュリニー・モンラッシェ・ドゥモワゼル、そしてシャサーヌ・モンラッシェ・アン・ルミリーの計1haはいまでも自分のドメ-ヌでワインを造り、奥さんのベルナデットさんは畑仕事に勤しんでいるという。

頭が下がる。私にとってもピュリニー・モンラッシェの素晴らしさを教えてくれたワインとして、80年代末から90年ヴィンテージのシュヴァリエとドゥモワゼルは忘れられない。

 ブリュノの初ヴィンテージは2004年。現在8・3ヘクタールを所有する。うち白は19の区画、4・5ヘクタール。ステンレスタンクで発酵し、樽で熟成させるという独特のスタイルゆえ、白ワインの質感は一般的なものとは異なり、むしろシャブリに似て(タンク発酵が多い産地だ)、表面がツルンとして、中身がふっくらとフルーティで、芯がしっかりしている。全体に抑制が効いていて、はめを外さず、しかしフレンドリーな明るい味だ。

 白はすべて2014年を試飲。シャサーニュ・モンラッシェ・レ・ショーメは「表土が薄く、岩の上に直接根を張るような」畑ゆえ、硬質なミネラル感と酸が感じられるが、当たりがソフト。マルトロワは重心が低く、とろみがある。モルジョはパイナップル的な温かい風味で、粒々したミネラルがあり、柔らかく重い。アン・ルミリーは重心が上で、硬質な酸とくっきりとしたレモンとナッツの香りとなめらかな質感。ブランショ・ドゥシューはすかっとしたミネラル感と解放感のある果実味。そしてブルーノ・コランの看板商品とも言えるピュリニー・モンラッシェ・トリュフィエール(4人しか所有者がいない小さな一級畑だ)は、涼しげでフローラルな香りと、キメ細かく強いミネラルを背後にした優美でディフィニションのしっかりした高級感のある味。予想どおり、それぞれの畑らしさが期待どおりに感じられ、透明感あふれる2014年ヴィンテージの個性に改めて感銘を受ける。

 特に取り上げたいのは、赤ワインだ。かつてはシャサーニュは赤の産地だった。近世におけるシャサーニュの赤の評価はモンラッシェよりも上だったらしい。「50年前は赤70パ-セント、白30パーセント」だというが、今では白は赤の倍近い。それでも三分の一強は赤。私にとっても当然ながら赤。しかし世の中ではシャサーニュといえば白。「シャサーニュ・モンラッシェ」という名前のせいだろう。今やモンラッシェの名前は神格化されている。そして今や多くの人にとってブルゴーニュは象徴的消費(簡単に言うならブランド消費)の対象だ。人は名前に支出する。しかしモンラッシェは数も少なく、価格は大変に高い。だからシャサーニュ・モンラッシェの名前をその代替物として消費する。元々シャサーニュ・ル・オーだった名前にモンラッシェを付け加えて村名変更した1879年の時点で、モンラッシェという名前がもたらす経済効果は織り込み済みだったのだろう。

 しかしピノ・ノワールを引き抜いてまでシャルドネをこれ以上植えるべき土地だとは思わない。マルトロワ、モルジョ、クロ・サン・ジャンといった一級畑で白と赤と比較すれば、個人的には赤のほうが立体感や存在感に優れていると感じられる。それでいて、このドメーヌでもそうだが、赤のほうが値段がずっと安い。常識的には赤のほうが収量が低く、生産コストは上だというのに、この差。「需要と供給」と言っていたが、つまり白の需要のほうが多いからで、一級畑では既に8割が白だ。もう十分だ。とりわけ村名ワインの質に関しては、圧倒的に赤優位だ。ムルソーとは異なり、シャサーニュは斜面下に村名畑が集中する。斜面下は表土が厚く、粘土が多く、その下には石灰岩がある(斜面上には泥灰岩が見られる)。そこで白ワインを造ると概しては粘りが強くて重たく、また質感の粗さが目立つようになり、ブルゴーニュの白に期待する味とは必ずしも合致しない。同じ土地である以上は赤ワインとて本質的には同じ傾向だが、赤のワインはそれがリッチさやしっかりしたタンニンに結びつき、ポジティッブな性質と見なされ、プラスの個性に転じる。

※セラーの中からシャサーニュ・モンラッシェのEz Crets畑を臨む。上部にシャルドネ、下部にピノ・ノワールが植えられ、1級マルトロワとして売られる。土の色が赤ワイン産地と同じくけっこう赤いことが分かるだろう。

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 ブリュノ・コランのシャサーニュ・モンラッシェ・ヴィエイユ・ヴィーニュ・ルージュ2014年は見事なワインだ。だいたい白ワインで有名な生産者の造る赤ワインはさらっと軽やかで上品なものが多いのだが、これはまさにその好例。「完全除梗、ピジャージュなし、ルモンタージュのみで軽い抽出。キュヴェゾンは2週間」という手法。下手をすると粗野になり、少なくとも若いうちはエグいワインが散見されるシャサーニュの赤の、隠された本質的な気品がこのワインにはある。しかしその気品は独善的な尊大さとは遠く、安定感や寛ぎをもたらす、ふんわりとした調和へと向かう。これ以上何があっても余計になり、これ以下なら物足りなくなる、絶妙な最適点をさりげなく押さえた、チャーミングでいて大人の味。2014年というパワフルになりようがない繊細でピュアなヴィンテージが、その魅力を倍増させる。偉大なワインだともコレクションすべきワインだとも言わないが、これは、これこそ、今飲むべき、おいしいワインだ。<田中克幸>

※シャサーニュ・モンラッシェ・ヴィエイユ・ヴィーニュ・ルージュ 2013年。2014年はより繊細で白ワイン的だったが、2013年は中心密度がしっかりとして、やさしく甘く、これもまた素晴らしい。

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