Column 2016.05.09

【ブルゴーニュ】ピュリニーのリージョナル アンヌ・バヴァール・ブルックス

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※ドメーヌの斜め前にある、ラ・コンブ畑。彼らの区画は12畝のみ。10月に鋤き込み、4月に鋤き返し、再び7月に行う。地域名の畑だから平地で、「粘土が多く、排水が悪く、すぐに水が出てくる」。しかし石灰が多く、土の色はまさにピュリニー的で白っぽい。ピュリニーは地域名まで質が高く、比較的一貫した味の村だと思う。

アンヌ・バヴァール=ブルックス (ピュリニー・モンラッシェ)

 

 ピュリニー・モンラッシェの特徴・魅力とは何か。過去十数年この質問をいろいろな人に投げかけると、「硬質でミネラリー」といった答えを多く聞く。確かにピュリニー側のモンラッシェならそう言えるだろう。しかしピュリニー・モンラッシェ=モンラッシェではない。そもそも「ミネラリー」なワインはピュリニーだけに存在するのではなく、ムルソーもシャブリも当然ミネラリーだし、極論するなら上質なワインは世界じゅうどこで産出されようともミネラリーなのだ。

 ブルゴーニュの代表的な村々の白ワインをテイスティング・セミナーにおいてブラインドで出したことが何度かあるが、「硬質でミネラリー」と思っている人はどれがピュリニーかは分からなかった。分かった人たちにピュリニーらしさを尋ねると、「キメが細かい」、「清涼感のある香り」、「上品」、「すっきりした酸」といった答えが返ってきた。その通りだと思う。概してピュリニーはトロピカルな香りがしない。ミネラルの粒々を感じない。タンニン的な要素を感じない。

自分にとってピュリニーは極めてしっとりした質感のワインである。瑞々しい、という言葉がふさわしいように思える。既によく知られているように、ピュリニー村は地下水位が非常に高い。掘ればすぐに水が出てくるからこの村には伝統的な地下セラーがない。そんな水浸しの畑は他にあまり聞いたことがない。しかしそれゆえにピュリニーのワインには水分ストレスを感じない。しなやかで、ひややかで、苦味がなくクリアー。もちっとしたシャサーニュやしっとしたムルソー(もちろん例外はいくらでもある)とは異なるこの個性は、やはり他では得難い。だから人気が高い。だから値段も高い。グラン・クリュは言うに及ばず、もはや1級や村名も非現実的なほど高い。

※ドメーヌの小さな建物に入ると、入り口に試飲コーナーがあり、奥にはセラーがある。

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しかしピュリニー村のワインは安価な地域名ワインでもおいしい。おいしいだけではなく、ちゃんとピュリニーの味がする。現実的な値段でピュリニーの味が欲しければ、この村の地域名アペラシオンの良質なワインを探すのもよい。

前フリが長くなった。ドメーヌ・アンヌ・バヴァール=ブルックスのワインは、この文脈において、いま最も評価されるべき存在である。彼らのワインはただひとつ、地域名のみ(2015年からはピュリニー村名も造るが、まだ市場にはない)。これが本当に素晴らしい。ピュリニー的としか言いようのない白い花とアニス的な涼しげな香りと精緻で繊細で瑞々しい味わい。正直、彼らの地域名ワインに劣るピュリニー村名や1級は数多い。

※ブルゴーニュ・ブラン、ラ・コンブ 2014年。軽やかでいて、粘りもあり、しなやかでいて、フォーカスが定まっている。このヴィンテージの白ワインは概して素晴らしいが、このワインもまた傑出している。2013年と比べてもはるかに勝る。

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ピュリニー全体に言える問題は、きれいなのだがエネルギー感や躍動感に欠けるワインが多く、優美にひややかというよりは冷淡で、どこか物足りないということだ。ピュリニー村の生産者はセラーを地下深くに造れない以上、セラーでは強力に冷房を効かせ、年間を通じて室温が一定して低く保つ。これがある種の不自然さ、譬えて言うならマネキン人形的スタイリッシュさを作り出しているのではないかと常々思う。瓶詰めしたワインを冷蔵庫にずっと入れておいた味と、ある程度温度は高いが自然に涼しい部屋に置いておいた味では、明らかに前者のほうが劣るようなものだ。アンヌ・バヴァール・ブルックスのワイン、ブルゴーニュ・ラ・コンブは、そのような不自然さがない。よい素材を使ってまっすぐに造った、自然なおいしさがある。当たり前のことに聞こえるかも知れないが、実はピュリニーでは、特に下位のアペラシオンのワインでは、珍しいのではないか。

当主ジョン・ブルックスさんは言う、「うちは地域名ワインしかないから、すべての努力をこの一本に注ぐ。グラン・クリュや1級をたくさん持っている人たちにはそれはできない」。その姿勢の違いが味に出ているとしてもおかしくない。畑面積は1・5ヘクタール、生産本数は2500本程度。すべての仕事は夫婦のみで行う。それがいいのだ。夫婦ふたりで営む単品料理店と大勢の人を雇う大規模フルメニュー店の味を比較するなら、前者のほうが集中力、練達の技、そしてひと肌の温かみが感じられやすいようなものだ。そもそもブルゴーニュは生産規模に対して品目数が多すぎるのではないのか。この事情はかの地に限ったことではなく、ドイツやオーストリアでもそうだろうし、どうにもならないこととはいえ、人間の能力には限りがある。限られた能力は集中投下したほうが概して結果はよくなるものだ。

※ビュロー・ヴェリタスから発行されたオーガニックの認証。エコセールは値段が高いらしい。

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それにしても、居心地のよいドメーヌだ。ジョンさんもアンヌさんも気さくな人柄で、話していて楽しい。ふと自分がどこにいるのか忘れてしまう。ここは、あの、ピュリニーなのだ。高級ブランド化した現在のピュリニーには、ドメーヌ・ルフレーヴが位置する村の広場に面したレストラン、ル・モンラッシェ前に駐車するポルシェやメルセデスが似合う。それがいいとも悪いとも言わない。それは今のブルゴーニュの事実だ。ただ私にはそれは居心地が悪く、ここは居心地がよい。訪問したくとも敷居が高すぎて恐れ多い老舗ドメーヌのただ中にあって、ここでは新世界の新しい生産者を訪問している時と同じ、自発的な「好き」という情熱に支えられた、真面目な趣味兼地に足のついた仕事としてのワイン造りの空気を感じることができる。アメリカという外部から来た人間ならではの、決して無意識的にはワインを造ることができない者ならではの、伝統に安住しない俯瞰的な視点と、ブルゴーニュという偉大な産地の真実に一歩一歩自分の力で近づこうとする姿勢。その点において、ジョンさんと同じくブルゴーニュにとって外的ながらブルゴーニュを愛する我々が、彼のワインに共感できないはずがない。<田中克幸>

※ジョン・ブルックスさんはマサチューセッツ州出身。カリフォルニアの大学を出た後、旅行会社の社員として80年代末にブルゴーニュを訪問。アンヌ・バヴァールさんと出会って97年に結婚。03年にドメーヌを設立。バヴァール家は祖父の代にはシュヴァリエやバタールといったグラン・クリュを所有していたが、14人の子供への遺産相続によって多くの畑を失った。

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