Column 2016.09.20

進化し続ける、チリの「シャトー」アルマヴィーヴァ

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 今までチリのワイナリーの多くに見られる無秩序と言っていいほどの品目数の増加について批判的な視点を提起してきた。ある土地にワイナリーが存在していても、その土地じたいとワインの出自の関係性が、世界各地のとりわけヨーロッパのワイナリーにおいて我々が親しんでいる状況と比べて、希薄なのだ。固有の土地の表現としてのワイン、という観念からすれば、今のチリはあまりに分かりにくい(そのようなワインが存在していないのではなく、コミュニケーションに不利だ、と言っている)。

 たとえばボルドーのシャトーは基本、畑の中に、ないしすぐ近くにワイナリーがある。畑、ワイナリー、人、ワインは一体である。それが「シャトー・コンセプト」である。アルマヴィーヴァはチリで最初の「シャトー・コンセプト」のワインとして1996年を初ヴィンテージとして登場したものだ。アルマヴィーヴァは、そのための専用の畑から、専用の醸造施設で、専任の人たちにより、唯一のワインとして造られる。自然的・物的・人的実体から乖離したブランド名ではない。「一体性」がワインに特別な個性・品質を付与すると思うなら、つまりどこで誰が造ってもワインは同じ味だとは思わないなら、チリにおいてアルマヴィーヴァは欠くことのできない数少ない選択肢のひとつである。

 どんなに才能のある人間でも、人間は限られた能力しかなく、ひとつの仕事に集中するほうが数十の仕事に分散するより、結果はよくなるのではないか。仮にダ・ヴィンチが軍事技術顧問の仕事、ラファエロが建築の仕事に時間をとられていないなら、彼等の素晴らしい絵がもっと残っていたのに、と残念に思うようなものである。ひとつのことに人が全霊をもって向き合い続けるという行為は、それ自体で特別な力を作品に与えると私は信じる。私がアルマヴィーヴァを評価する理由のひとつは、「全員がひとつのワインのために努力」した結果、この力を感じるからである。

 アルマヴィーヴァがシャトー・ムートンのバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドとコンチャ・イ・トロの合作であることはよく知られている。以前、前者の社長が言ったところでは、話をもちかけたのはムートン側だ。モンダヴィとの合作、オーパス・ワンの成功の再現を目論んでいたようだ。そもそもなぜオーパス・ワンが造られたのかといえば、「ロスチャイルド社がアメリカ市場に進出するのに有利だったから」だ。「まず地元の有力者と組んで最高のブランドを作り、それを足掛かりにしてロスチャイルド社のワインを売る」と。当時のアメリカはワイン消費大国への道を歩み始めていたのだから、その戦略は正しい。しかしチリに巨大なワイン市場などない。これからも当分はない。「いや、チリだけではなく、ブラジルを含む南米市場への進出だった」というが、より大国であるアルゼンチンやブラジルではなくなぜチリなのかといえば、アルマヴィーヴァのディレクターに聞いところ、「他の南米諸国はどこも政治的に不安定だったがチリは最も安定しており、投資先としては最適だった」。
※ワイナリーの中には、ヨーロッパとチリの双方を象徴するオーナメントがあちこちに飾られている。
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しかし結果は「思ったほど成功していない」と言う。「そんなことは最初から分かり切っているではないか!」と私は思わず言った。「ひとつの誤算は、モンダヴィはロバート・モンダヴィ自身がカリスマであり有名だったのだが、コンチャ・イ・トロは会社としては巨大で有名だとしてもリーダーの顔が見えず、話題にしづらく、消費者にとっても思い入れの対象にはなりえなかったことだ」。そもそも今でもコンチャ・イ・トロが高級ワインのリーダーだと思っている人はいないだろう。柳の下に二匹目のドジョウはそう簡単にはいないのだという当然のことがロスチャイルドでさえ分からなかったというのは、我々一般人にはむしろ心強い。それは冗談だが、私にはロスチャイルドの思惑はどうでもよく、結果として素晴らしいワインかどうかに関心があるのだ。

 かつてアルマヴィーヴァのワインメーカーを務めていたパスカル・マーティに先日聞いたところでは、「あんなに楽しい仕事はなかった。資金は潤沢にあるし、アルマヴィーヴァ自体で儲ける必要がなく、ただひたすら最高のワインを造ることに集中していればよかった」。今までラポストルやヴェンティスケーロ等いくつものワイナリーで見てきたとおり、チリでは売り筋、儲け筋商品群ではなく見せ筋商品、実験商品の場合に恐ろしいほどの能力が発揮される。アルマヴィーヴァはそれ自体で儲けるための商品ではなく、まさに見せ筋である。それも巨大なスケールで造られる「シャトー・コンセプト」のワインである。
※ワイナリーから見たアルマヴィーヴァの畑。

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 すべての前提となるのは、テロワールのポテンシャルだ。アルマヴィーヴァの畑はマイポ・アンデスのプエンテ・アルトにあるドン・メルチョー畑の一部を、コンチャ・イ・トロから譲り受けたものだ。ボルドーが長年蓄積してきたノウハウをもってしても、畑が二流なら二流のワインしかできないだろうが、プエンテ・アルトはボルドー品種にとってチリでも別格的なグラン・クリュである。分厚く積み重なった大きな砂利を見れば、誰もがたちどころにメドックの一級シャトーを思い出すだろう。ではドン・メルチョー畑200ヘクタールのうちどんな区画の60ヘクタールがアルマヴィーヴァに割り当てられているのかと言えば、コンチャ・イ・トロで聞いたところでは「他と変わるところはない」だが、ロスチャイルド社の高級ワイン部門全体のディレクター、フィリップ・ドルワンに聞いたところでは「砂利が最も深く堆積している最もやせた最高の区画」だ。もちろんテロワールが優れていても、それを生かすすべがなければならない。アルマヴィーヴァのディレクターが言うとおり、「ワインの品質とは、テロワール+資金力だ。例えばポイヤックのムートン系3つのシャトーは500人で収穫される。500人を雇い入れる資金がなければ、最適な時期の最適な方法での収穫はできない」。アルマヴィーヴァを表現するのに、テロワール+資金力という言葉ほどわかりやすいものはない。これで最高のワインができないなら切腹ものだろう。
※樽熟成庫。アルマヴィーヴァは新樽100%で18か月(2013年)熟成。

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アルマヴィーヴァはバロン・フィリップ・ド・ロスチャイルドとコンチャ・イ・トロが50%づつ出資したワイナリーだが、以前アルマヴィーヴァが語られる時には「ムートンのロスチャイルドがチリで造る最高級ワイン」的な表現が目立った。その反面、「チリのコンチャ・イ・トロがムートンに造らせた最高級ワイン」という表現は聞いたことがない。前者なら「買ってみたい」と思う人が多いだろうが、後者ではどうだろう。高級ワイン市場でのブランド力に関しては、ムートンとコンチャ・イ・トロでは大きく差がある。売るためには、前者のような表現になるのはしかたない。

 だがワインの本当の味はテロワールからもたらされると思う人にとっては、より実態に近い表現は、後者のほうである。コンチャ・イ・トロの担当重役に「世界じゅうの市場におけるアルマヴィーヴァに関する言説をチェックしたことがあるか」と聞くと、「あまり」。しかしムートン関連の言葉のほうが多いことは認識していた。「こういう状況だからチリはいつまで経っても原料供給地としかみなされない。これでは同じ投資に対して彼らのほうが得るものが多いではないか。アルマヴィーヴァの宣伝をする時にはロスチャイルドとコンチャ・イ・トロ両者を等しく扱うようにするという文言を契約書に含めなかったのか」と言うと、「そのことについては契約していない。それは確かに我々の落ち度だったと今になれば思う。フランス人はマーケティングの天才だし商売上手だが、我々チリ人は素朴だから」。とはいえ、先ほど久しぶりにアルマヴィーヴァに関する言説をチェックしたところ、以前と比べて両者同等の扱いになってきたことに気づいた。事実に近づくのはよいことである。
※ゲストハウスに置かれていたプエンテ・アルトのドン・メルチョー畑の全景写真。手前側がアルマヴィーヴァの区画だ。

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 とはいえ、コンチャ・イ・トロについて何を書くべきなのか。サンライズやカッシェロ・デル・ディアブロの話をしてもしかたない。もちろんプエンテ・アルトの畑について書かなければならない。ところがその情報が少ないのだ。アルマヴィーヴァは「マイポ川第3テラスの地質で、粘土比率は10から18%」だと聞いた。テロワールの優越性は、ワインの味が分かるプロは何も言われずとも瞬時に分かるとしても(私にさえ分かるほど明瞭なことなのだ!)、一般の消費者にはまずは言葉で説明すべきことだ。「マイポ川第3テラス」が何を意味するのか、分かる人のほうが少ないはず。プエンテ・アルトのドン・メルチョー畑に関する研究の蓄積(これはフランスのINA P-Gと共同で行われている)を踏まえて消費者への適切な情報提供がなされないと(研究しているとホームページに書いてあるが、その結果が書いてない!)、ロスチャイルドとコンチャ・イ・トロのあいだでのアルマヴィーヴァに関する言説の非対称性は根本的には解決されようがない。

 同じドン・メルチョー畑から生まれるコンチャ・イ・トロのドン・メルチョーとアルマヴィーヴァはどう似ていてどう違うのか、気になるところだ。形状のきれいさ、質感の緻密さ、スケール感、余韻等、品質の基本をなす項目においては似ているが、実際の風味は想像以上に異なる。それは両者が言うように、「ドン・メルチョーはカベルネ・ソーヴィニヨンのワイン、アルマヴィーヴァはブレンド」だからという理由もある。例えば2012年ヴィンテージでは、前者の品種構成はカベルネ・ソーヴィニヨン91%、カベルネ・フラン9%、後者はカベルネ・ソーヴィニヨン65%、カルメネール24%、カベルネ・フラン8%、プティ・ヴェルド2%、メルロ1%だ。前者はよりカシス的風味でタイトで硬質な味、後者はよりブラックベリーを含んだ豊満な味、というのは品種構成からも分かる。しかしアルマヴィーヴァのほうが明らかに温かい味がする。収穫日を聞くと、「ドン・メルチョーよりアルマヴィーヴァのメルロのほうが2週間遅い」。2012年の収穫日を調べると、ドン・メルチョーは4月10日から5月9日、アルマヴィーヴァのカベルネ・ソーヴィニヨンは4月17日から5月14日だ。つまり、アルマヴィーヴァはより遅摘みの味なのである。

 ブドウはすべてが自根というわけではない。アルマヴィーヴァで聞いた比率は3分の2、ドルワンさんに聞いた比率は4分の3が自根。ヘクタール当たり8000本という高密度で植えられた新しい畑は接ぎ木だ。接ぎ木のほうが収穫日が早く、「3309台木の樹が最初、次が101-49、そして自根の順で、2週間の差がある。チリでは自根の樹よりもう少し樹勢が強いほうがいい」。もちろん私は例によって「自根のほうがいい」と主張していたが、「これ以上接ぎ木の比率を高めるつもりはない」というのは朗報だ。私の限られた経験から言うなら、自根は下方垂直性やパワー感や構造に優れ、接ぎ木は軽やかな上方垂直性や香りの華やかさに優れる。自根を軸にして接ぎ木を加えた現在の比率は、双方のキャラクターを兼ね備える最適の状態だとも言えるだろう。

 年間降水量350ミリしかなく、夏の3か月間ほぼ降水量ゼロのプエンテ・アルトでは灌漑が必須になる。そしてアルマヴィーヴァは灌漑パイプを埋設した地中灌漑と通常の表層灌漑のふたつを併用する。これぞアルマヴィーヴァの初期のテクニカルチーム、つまりパトリック・レオンやパスカル・マーティの偉大な功績であり、根の張り方を理想的な形に調整することを可能とする技術である。しかし、私がアルボレダで言っていたように、彼らも「上からの散水が本来なら理想だ」と言う。「スプリンクラー灌漑はカザフスタンのブドウ畑で採用されている。しかし使用水量が多いのが問題だ」。是非次の実験としてスプリンクラー灌漑を行って欲しい。自然の雨に近ければ近いほど、ワインの味も自然になると思っている。

 アルマヴィーヴァは登場した時から素晴らしいポテンシャルを示していたとはいえ、近年の品質向上が目覚ましい。正直に言えば96年、99年、01年にはブレタノミセスが感じられる。もしかして当時の醸造長パトリック・レオンはボルドー風味を意識してあえて少量のブレタノミセスをよしとしたのかも知れない。それ以外にも初期のアルマヴィーヴァは細身で神経質さがあり、香りもミンティで、昔のボルドー的な方向性に傾いている。2000年に新醸造所が稼働するようになってからはよりスケール感や厚みが増したようだ。このあたりに明らかなブレークスルーがひとつある。04年にコンチャ・イ・トロの醸造長であるエンリケ・ティラドがアルマヴィーヴァのディレクターになった頃からはピュアな風味になったものの、甘さが目立つようになり、より南方系の味に傾いた。この時期のアルマヴィーヴァは濃厚な味で分かりやすく、初心者向けのステレオタイプな新世界味であって、当初のフィネスは失っている。ボルドーと新世界のあいだで揺れ動き、あるべきスタイルを求めて悩んでいたのが、この時期のアルマヴィーヴァだ。
※1998年に建てられ、00年に稼働を始めた醸造所。木材を多用し、ユニークな形をしているが周囲の環境によく溶け込んでいる優れたデザインだ。

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2007年に現在の醸造長ミシェル・フリオーが着任してから、明らかに質が向上する。質感は繊細に、香りは伸びやかに、味は精密になった。ボルドー的なエレガンスとチリならではのパワー感が打ち消しあうのではなく、一体となっている。特に冷涼な2013年は今までで最高の出来だ。これほど透明感があって軽やかで、なおかつ凝縮度が高く力が内面に漲り、全体として調和がとれ、美的なセンスに溢れているワインはめったにない。アルマヴィーヴァの不断の努力の見事なまでの結実であり、現在のチリワインの偉大な到達点を示す指標たりうる作品である。
※醸造長のミシェル・フリオーさん。ポール・ポンタリエに招かれて95年にヴィーニャ・アキタニアで働きはじめ、96年から04年はラポストル。それからエスクード・ロホのプロジェクトに関わり、07年からアルマヴィーヴァ。「ラポストルにいたからオーガニックに関心」があり、アルマヴィーヴァでも一部オーガニック栽培を始め、「毎年少しづつ増やしている」。これが彼が就任して以来品質が向上し続けている理由のひとつだろう。「チリでは栽培と醸造が分離しているのが普通だが、アルマヴィーヴァでは自分が双方を監督する」。

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