コラム 2015.12.09

ワインと酸化防止剤 Wine&Presavetive

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現在もワインにおける酸化防止剤、亜硫酸、二酸化硫黄に関する議論はとめどもなく尽きません。これはどうやら日本だけに限った事ではなく、健康志向の高まりや食品の安全性などと並行して議論されているようです。

酸化防止剤とは?

輸入ワインのバックラベルを見れば酸化防止剤(亜硫酸塩含有)という表示がみられますが、これほどワインにまつわるトンデモ話が出ている話題も、そう多くは見受けられません。

近年、世界中のワインが過去にないほど高品質になっているのは、多くの造り手が真剣に品質に向き合い続けている賜物です。そうして「本当に自然なワイン」という事を考えた際、最後に残るのは本当に酸化防止剤なのでしょうか?

では、酸化防止剤(亜硫酸塩)とはなんなのでしょう。簡単にいえば2つの役割を担っています。ワインの酸化を防ぐことと、ワインに含まれる微生物の活性化を抑制する事です。

ワインの酸化に関していえば、議論の余地はなく、ボトルを開けて必要以上に酸化の進んだワインは誰も飲めません。本能的に味覚が拒絶するからです。酸化防止剤が頭痛や二日酔いの原因物質のように語られる事もありますが、むしろ酸化によって生まれるアセドアルデヒド等のエタノール類を問題視する向きもあり、それらを抑制しているのも酸化防止剤なのです。

では微生物の活性化に関してはどうでしょうか?これに関してはワインの赤白、辛口、甘口といったタイプやpH(酸性、アルカリ性の尺度)、原料となるブドウの状態という、そもそものワインの品質と絡めて話が為されなければ議論は進みません。どういった微生物が自然に活性的になってほしいのか、どういった微生物に自身の造るワインから消えてほしいのか?これは現在進行形の事象です。そもそも良いワインとは?という飲み手の意識や疑問と並列されるからです。

消費者の意識

酸化防止剤という言葉を捉えて、やはり添加物としての拒絶があることは理解できます。そのなかでコンビニエンス・ストアやスーパー・マーケットに並ぶ「酸化防止剤無添加」をうたったワインや、日本におけるかつての「自然派ワイン」ブームには理解に苦しみますし、それらを是とする声が未だにある事に驚きすら覚えます。何かを得るために、品質そのものが失われるというのはあまりにも短絡的な思考ではないでしょうか。

酸化防止剤の歴史

現在、酸化防止剤そのものの使用は品質を追求する生産者の活動のなかで限りなく減少傾向にあります。これは近年の添加物を嫌う消費者意識が業界全体に適切にゆっくりと影響を与えたものと考えられ、ワイン全体に良い傾向をもたらしています。多くのナチュラルな指向の造り手は瓶詰め前に少量、最低限(規定量の1/8〜1/10程度)添加する、または実の破砕、発酵、瓶詰め前に少量ずつ加えると答えます。もしくは発酵漕に塗るや、化合物ではなく天然の二酸化硫黄を使用する等、様々な手法が美味しいワインを造るために今も模索されています。

ワインを生き物として捉えた時(人が携わる全てをそう考えた時)酸化防止剤はその活力を奪う、そもそも発酵というプロセスそのものが生命活動であり、その結果なにがしかが投影される液体がワインなのではないかという考え方があります。そのため、適所で少しずつ加えるや、ワインが産まれる環境に施しておくといったアクションがとられてます。自然児に急に薬を与えたら死んでしまうという考え方によるものです。

およそ4千年前、ワイン造りの歴史が始まった当初、素焼き(釉薬を塗らない)の甕を逆さにして硫黄を炊き、土器に二酸化硫黄を吸着させたのが酸化防止剤の始まりです。

現在の多くの醸造家の行動は、先人たちの発酵漕に染み込ませるという発想を未だに越えられていません。今なおどうしたらワインの素晴らしさを活かしながら品質を安定させるられるかは答えが出ていない事柄なのです。

これからの自然派

添加物や化学調味料、便利さと豊かさの引き換えに得た様々な事柄が現代では見直される時期にきています。酸化防止剤もそのひとつなのかもしれません。安易に無添加をうたったワインは煮沸をはじめとして製造過程で多くの問題を指摘されています。そんなに安易にひとつの問題を解決はできないのです。

産地や故郷といった自身のルーツ。人の営みや想い。そういったごく近く、隣にある問題に目を向ける事がこれからの時代を生きる我々には必要なのではないでしょうか。自然という言葉が不自然の対比ではない時代はこれからやってくるのです。

 

 

 

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