コラム 2017.05.08

西オーストラリアワインの自然さ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
17951759_1656122187749018_5013582142261064571_n

 最近、忘れられてないか。西オーストラリアワインと言う言葉を聞くことが少ない。

メジャー生産者が居並ぶバロッサを擁する南オーストラリアは永遠の定番である。冷涼オーストラリア好き、ピノ好き、新進生産者好き、カルトワイン好きがよく口にするのはヴィクトリア、そしてタスマニアだ。シドニー市民が誇る地酒ハンターを含むニューサウスウェールズは日本で人気になったことがそもそもない。

西は、といえば、十数年前は、ある種のはやりだった。ルーウィン、ヴァス・フェリックス、カレン、モスウッド、ピエロ、ヴォエジャー、、、、聞きなれた名前。飲んだ記憶が蘇ってくるはずだ。これらはすべてマーガレット・リヴァーのワイナリーだ。多くの人にとって、西オーストラリアとマーガレット・リヴァーは同義語に近い。マーガレット・リヴァー以外のGIで好きなものは?と聞いて、名前がすらすらと出てくる人は、プロの中でも少数派だろう。だといって、最近マーガレット・リヴァーのワインを飲んでいるだろうか。

かく言う私も飲んでいない。その高品質を客観的には認めつつも、だ。ひとつの理由は、高価だからだ。オーストラリア・プレミアムワインの一大産地であるマーガレット・リヴァーは、少なくともオーストラリア国内での地位は確立されているようだから、値段が高いのもしかたない。パースにとってのマーガレット・リヴァーは、サンフランシスコにとってのナパ・ヴァレーのように見える。つまり、レストランやブティックが並ぶおしゃれなワインツーリズムの一大拠点である。

そういうノリのワインに、実は私はあまり興味が湧かない。それがもうひとつの理由だ。私がオーストラリアワインに求めたい世界とは、分かりやすく言うなら、ハンターよりマジ―、ヤラよりベンディゴ、ということだ。

では、どこのワインを飲めばいいのか。日本ではあまりに情報がない。行って確かめてみるしかない。

 

うがった見方で推察するなら、西オーストラリアのワインは、たぶん「オーストラリア」ワインに人が求める味ではない。

オーストラリアのワイン産地の広がりはヨーロッパ全土に匹敵するぐらい大きいのだから、「オーストラリア」ワインの味をひとつに集約するなど無理だ。それでも多くの消費者は、オーストラリアワインに対する理解の不足(情報は十分に提供されているとしても)からか、「オーストラリア」をひとつの産地のように見なす傾向にあるようだ。そしてそのワインの個性とは、不思議なぐらい現実から乖離した、「パワフルで果実味たっぷりのシンプルで樽の効いた味」、のようだ。それはオーストラリアワインに自分で向き合った結果としての意見というより、ヨーロッパワインの側から発せられた、ヨーロッパワインを持ち上げるべく仕組まれ、戦時中の宣伝のように単純化された、「ヒール」役のキャラ設定のように映る。実際私は、ヨーロッパの生産者が「オーストラリアのような高アルコールのフルーツ爆弾とは異なる」といった、否定的文脈でオーストラリアワインを語るのを何度も何度も聞いてきた。

西オーストラリアのワインには、がっつりしたパワーはない。溢れんばかりの果実味はない。アルコールは低い。酸はやさしい。メリハリはない。インパクトが弱い。

いけないことなのか。もちろん、それが個性なのだ。求めるものと得るものが異なれば、人は満足しない。得たものが正しく、求めたもののほうが間違っていようとも、多くの人はその間違いに気づかない。アジア料理=スパイシー、であるという間違った単純化によって、日本料理にもスパイシーさを求め、異常な量のわさびを寿司に入れたがる外国人のことを我々は知っているだろう。
▼西オーストラリアのワイン産地。Wines of Western Australiaのホームページから。


0508

西オーストラリアの主要産地は海岸沿いに畑が広がり、気候は海洋性である。だから年較差、日較差が少なく、気候が穏やか。ワインの性格も穏やかであり、がっつりとかインパクトとかメリハリといった形容が該当する味にはならない。

雨も多い。マーガレット・リヴァーの平均年間降水量は1126・5ミリ、ペンバートンでは1188・7ミリ、アルバニーでは929・2ミリである。比較してみるなら、南オーストラリア、バロッサの西端ゴウラーで388・0、イーデン・ヴァレーで677・5ミリ。ヴィクトリアのバノックバーンで509・2ミリ、NSWのマジ―で671・9ミリ、多雨産地の代表ボルドーで931ミリ。雨の多い土地ではワインの味はしっとりする。晴天日も少なくベンディゴで110日、アデレードで88日なのに対して、アルバニーでは年間45日。日照が少なければアルコールは上がらないし、タンニンも優しくなる。
▼アルバニーの町の海岸。太平洋というより日本海な雰囲気だ。


05082

気温に関しては中庸で、積算温度を比較するなら、バロッサ1710、ハンター2170、ヤラ1352、タスマニア1013に対して、マーガレット・リヴァーで1690、デンマークで1471である。つまり基本的には、晩熟品種と早熟品種ともに育ち、前者は冷涼味、後者は温暖味になるような、フレキシブルな産地であると言える。

バロッサをもとに戯画的に単純化された「オーストラリア」ワインの味が果皮的だとすれば、西オーストラリアワインの味は果汁的である。しっとりしてやさしく穏やかな味を求めて飲めば満足する。しかしそのようなワインもまたオーストラリアなのだと知らない人は、つまり、いまだにエアーズ・ロックと『マッド・マックス』のイメージで凝り固まっている人は、満足しない。西オーストラリアワインがその実力に比べてファンが少ない理由のひとつは、この偏見・誤解にあるように思えてならない。

 

とはいえ私が西オーストラリアに惹かれる理由は、果汁的な味わいだけではない。重要なのは、自根、無灌漑、地質、秘境性、開拓精神である。それではひとつづつ簡単に説明していきたい。 

◇自根

オーストラリアは西部を除くヴィクトリアとシドニー近郊以外、フィロキセラがいない。以下、オーストラリアのNational Vine Health Steering Committee (NVHSC)が2009年に作成した、National Phylloxera Management Protocolからそのまま引用すると、

 

Phylloxera Infested Zones (PIZ)

 

Victoria

The North East Phylloxera Infested Zone

The Nagambie Phylloxera Infested Zone

The Upton Phylloxera Infested Zone

The Mooroopna Phylloxera Infested Zone

The Maroondah Phylloxera Infested Zone

The Whitebridge Phylloxera Infested Zone

New South Wales

The Counties of Camden and Cumberland near Sydney

Hume-Corowa-Albury (local government areas of Albury, Hume and that part of Corowa within the county of Hume).

 

Phylloxera Exclusion Zones (PEZ)

 

Western Australia (state)

South Australia (state)

Northern Territory (territory)

Tasmania (state)

Victoria

The Western Phylloxera Exclusion Zone (see schedule 1of the Plant Health and Plant

Products Act 1995 for detailed textual description)

New South Wales

Whole state barring those areas recognised as PIZs (above)

 

Transitional Phylloxera Risk Zones (upgrade process in progress)

 

Queensland

Central Highlands (Emerald region), Gayndah/Mundubbera district, Balonne, Paroo,

Roma, Manana, part of Dalby

 

 私は不勉強でこの文書の存在を取材前は知らず、出発前に日本で高名なオーストラリアワイン事情通何人かに聞いたところ、「たぶん西オーストラリアは接ぎ木している、ヤラはしていてバロッサはしていないのは知っているけど」。ああ、やはり西オーストラリアへの関心は薄い。西オーストラリアの生産者に自根かどうかを聞いて回ったのだが、「ブドウを接ぎ木するなんて知らなかった。ここでは誰もそんなことしないから」という人までいた。自根ファンには夢のような話ではないか。余談になるが、アメリカ英語であるOwn-rooted vineという言葉が通じなかった。あとでオーストラリア英語で書かれた文書を読むと、Grown on their own rootstockと書いてある。なるほど。自根のひとことで済む日本語は便利だ。

 ともかく、西オーストラリアの醸造用ブドウはすべてと言っていいぐらい自根(生食用は接ぎ木)だ。自根ワインは土地のパワーがより宿った味、そして顕著な下方垂直性がある味がする。仮に自根でなかったら、西オーストラリアは品よくまとまったおとなしい味というだけで終わってしまうだろう。自根が芯の強さ、秘められた堅さを作り出している。この、中と外の剛柔コントラストがいいのだ。

◇無灌漑
▼灌漑パイプのない西オーストラリアの畑。マーガレット・リヴァーで。
05083

 新世界ワイン産地の多くは灌漑を必要としている。チリしかり、カリフォルニアしかり、アルゼンチンしかり、そしてオーストラリアも。雨が少ないのだから灌漑するしかないと言えばその通りで、灌漑なしにブドウ栽培ができない土地で灌漑するなとは言えない。しかし灌漑、特にドリップ灌漑の畑からのワインは、全体として緊張感がなく、土地のパワー感の少ない、ミネラリ―というより太陽の力と果実主体の味になりがちだと思う。反面、陰影の少ない、すくすく育った明るい性格を求めるなら、灌漑のワインはむしろふさわしい。そしてそのような味が相応しいTPOは多い。

しかし理念的に、灌漑が必要な土地と灌漑が不要な土地とどちらでブドウを植えるのがいいかといえば、それは後者だろう。当然そのほうが自然な味になる。いや、言葉の定義上、それを自然の味と言わなければおかしい。

 西オーストラリアは、スワン・ディストリクトのような酷暑・乾燥のエリアを除き、灌漑が不要だというのは、前記の降水量の数字を見れば分かる。無灌漑新世界ワインは、俗に言うフルーティで表面的な「新世界」味がしない。むしろ「ヨーロッパ」的な陰影感のある味になる。それは新世界か否かという「国家」の話とは関係がない。自然は自然なのだ。

◇地質

▼オーストラリア大陸の地質。File:Ausgeolbasic.jpg, upload. wikimedia.orgから。
05084

西オーストラリアワイン産地には、知る限り他のどこのワイン産地よりも古い地質がある。それはYilgarn Craton(イルガーン・クラトン、イルガーン安定陸塊)と呼ばれ、地球で最も古い大陸の一部を、657000平方キロという世界最大級の広さで、現在もそのまま残している。Australian Geological Survey OrganisationA.J.Whitakerの論文、Components and structure of the Yilgarn Craton, as interpreted from aeromagnetic dataによれば、イルガーン・クラトンのエリアは四つに大別でき、西部、つまりワイン産地が集中するエリアは片麻岩であり、地質年代は3・7から3・3Ga。単位が違う。ワインの話をしていてよく出てくる単位、Maではなく、まるで天文学の話かと思うGaだ。クラトン上にない産地でも、畑の主な土壌は片麻岩が風化した砂である。

▼グレート・サザン、ポロングラップの土壌。風化した片麻岩の砂。
05085

 片麻岩の味は、一言で言って、暗い。シリアスで、差し込むような性質の、角が立ったミネラル感だ。そして地質年代は古くなるほど、普通、溌剌感がなくなり、内向的になり、そのかわりに練れた細やかさや落ち着きが表現されるようになる。つまり、年代が古い片麻岩のワインの味は、相当に内面的・求心的・瞑想的なのであり、それが西オーストラリアワインの多くに通底する性質となっている。

 

◇秘境性

 大都市パースから近いスワン・ディストリクトや観光地マーガレット・リヴァーを除けば、西オーストラリアのワイナリーの多くは人里離れた場所にある。特にグレート・サザンはそうだ。見渡す限りブドウ畑、といった風景はなく、広大な手つかずの自然か牧草地の中に小さな穴が開いたように畑があるだけだ。
▼ワイナリーに行くためには、すれ違う車も人もいない道をひたすら進むしかない。
05086

畑と畑の距離が離れているため、フィロキセラ害に遭いにくいという利点がある。フィロキセラは年間20から100メートルづつ浸食していくが、仮にどこかにフィロキセラが来たとしても、途中に何キロもの森のバリアがあって進めない。これは自根ワインファンにとっては安心な点だ。また他の農地で使用する農薬の影響も受けない。

重要なのは、ひとつひとつのワイナリーの畑が、ある種の「クロ」のように、他からの力を受けない独立した世界になっているということだ。ブルゴーニュの「クロ」のワインがひっそりとした気配と明快なディフィニション=存在感を両立するように、グレート・サザンのワインもまた両者を併せ持つ。

グレート・サザンのワイナリーに行って驚くのは、水道が施設されていないことだ。発展途上国産地ならともかく、オーストラリアで雨水を飲むとは予想していなかった。どれほど「秘境」なのか、想像がつくだろう。工業的メンタリティーとは縁遠い産地であり、農薬やSO2を使わないとか、アンフォラで発酵するとか、それら技術論的な「自然なワイン」と異なる自然なワインのありようが、おのずと醸成される土地なのである。

秘境ワインがいいと言うだけでは単なる物好きになってしまう。僻地であること自体が魅力なのではなく、もろもろの雑音、余計な力から隔離されているワインであることが魅力なのだ。その意味で、グレート・サザンのワインはすべて、森と高い壁に囲まれた静謐な修道院のワインのようなものであると言える。

 

◇開拓精神

今では押しも押されもせぬ銘醸地たるマーガレット・リヴァーでさえ、この地の可能性を初めて指摘したジョン・グラッドストン博士の論文が世に出たのは1961年、初めてのワイナリー、ヴァス・フェリックスの創業は1967年。グレート・サザンに関するグラッドストン博士の論文は1963年、デンマークのフォレスト・ヒルの創業は1965年、初ヴィンテージは1972年だ。西オーストラリア南部は、極めて新しい産地である。

オーストラリアの素晴らしさは、大自然だけではなく人にあるとは、よく言われることだ。彼らは自主独立の農民であり、なんでも自分で行う逞しい精神と行動力を持っている。歴史が浅い国だけに、とりわけ西オーストラリアのワイン農家は歴史が浅いだけに、多くの当主は創業者か二代目であり、自分自身で道を切り開いてきた気概とプライドを持っている。それがいい。それがワインに反映され、ポジティブな気合として飲むものに伝わるのがいい。

05087

あるワイナリーの建物(上写真)は当主自身の手づくりだった。材木やレンガをどこからか買ってきて自分で家を建てる趣味ではない。森を自分で切り開き、薪を作り、土を掘り、こね、成型し、レンガをひとつづつ、何十万個も焼いて、建てたのだ。ワイナリーを創業するとは、創成期の西オーストラリアでは、そういうことだった。明治の開拓民の話ではなく、現代の話だ。例えば、既に評価が定まって高値で取引されるワインを造るフランスのワイナリーの何代目か十何代目かの当主に、そのような想像を絶する努力をしてまでワインを造りたいという欲求があるだろうか。我々にも、あるだろうか。

彼らの多くはワイン学校を卒業した「プロ」ではない。親から引き継いだものもない。ジョージアのように国民すべてのDNAに刻まれた豊穣なワイン造りの文化もない。あるのは自分自身の能力と、目の前に広がる手つかずの自然だけだった。そこから自分で一から考え、日々の作業の中で自ら学び、ワインを造ってきた。それは粗削りな味かも知れない。実際にそうだろう。しかしその切実にして崇高な人間の意思と行動の前では、出来上がったプロトコルの中で追求する型としてのフィネスやエレガンスなど、浅薄な戯言にしか聞こえない。ワインは勝手には生まれない。ワインは人間が手を下さねば生まれない。その「人間」とは何か。西オーストラリアのワインは、現代日本にあっては考えることさえない人間の意味を、血のにじむような生々しさをもって教えてくれるという点で、世界屈指の偉大なワインなのである。

 

 

 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加