コラム 2016.08.29

チリに感じるスペインの血脈 トレス・パラシオス

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

※トレス・パラシオスの自社畑。すぐそばに海岸山脈の中でも二番めの高峰がある。

 マイポ・エントレ・コルディヘラスの西側、海岸山脈の東の麓、チョルキにあるワイナリー。海から30キロと近いために気温は低く、エントレ・コルディヘラスの中心部よりも収穫は一か月も遅い。カベルネ・ソーヴィニヨンに至っては五月中旬にまでずれこむという。そんなに遅いカベルネの収穫は、いままでオーストラリアのサザン・ハイランズでしか聞いたことがない。

 オーナーは漁業を本業とするパトリシオ・パラシオス。彼は日本にチリの海産物を初めて輸出した人らしい。雲丹について彼が言うには、「日本人は雲丹が好きだが、とにかく色が鮮やかで濃いものを欲しがる。チリでは色より味だが、日本人は味より色が大事みたいだ」。雲丹は高級食材のシンボルだ。たとえばおせち食材として使われるチリの雲丹は愛でるものであって食べるものではないとも言える。食文化について、また食のシンボリズムについて、さりげないが重要な点を気づかせてくれた。これをワインに該当させたらどういう話になるのだろう。
※オーナーのパトリシオ・パラシオスさん。ペルーでイギリス風パブを初めて作り、そのあと南米諸国でチェーン化し、さらにナイトクラブのチェーンを成功させる。そのあとにチリに戻り、初めて雲丹とアワビを輸出し、一大漁業会社を作り上げる。他にインテリア・ショップ、テレビ番組制作会社、建築会社等を所有。ワイナリー設立は1996年。「この地を見つけ出すために3年間調査した」と言う。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

 

 自社瓶詰めは5割で、例によって主要品種を揃え、プライス・レンジ的にもフルラインを造る。ワイナリーごとの専門性がなさすぎるのがチリだ。パラシオスにとってワインは本業ではないのだから、もう少し趣味嗜好を主張し、その範囲の生産規模で自社畑のみから最高のワインを造ったほうが楽しくないだろうか。とはいえ、さすがに最高価格品(アイコンとしては低価格だ)であるチョルキには彼の好みがしっかりと反映されていて素晴らしい。

 チリは元スペイン植民地だし、スペイン語だし、スペイン文化の影響は大きいのだから、ワインにもスペイン性が感じられてもしかるべきだと思うのに、不思議なぐらいにまったく関係がない。チリと近いのはカリフォルニアだろう。これは深い問題なのかも知れない。ここで触れることではないが、皆さんもチリ現代史を少しだけ知っておいて欲しい。ともかく私はスペイン的なチリワインがこれから増えるべきだと思うし、今までの記事で述べてきたように、もう既に増えてきている。品種的には、カリニャン、マタロ、ガルナッチャ、テンプラニーリョだ。

トレス・パラシオスのチョルキの場合、品種的には通常のボルドー・ブレンドだし、造りも普通なのに、飲んだ瞬間にスペインを感じた。それも現代のスペインではなく伝統的なリオハ・グラン・リゼルヴァだ。「あなたはリオハ・アルタが好きなのでしょう?」と聞くと、やはりその通り。「他にはビオンディ・サンティのブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・レゼルヴァやジャコモ・コンテルノのバローロ・モンフォルティーノ」。一番好きなワインはヴェガ・シシリアのようだが、まさにそういう好みが感じられる味。これでアメリカン・オークもスラヴォニアの大樽を使っていないのだから、そして樽熟成期間は短めの17か月なのだから、逆に不思議だ。オーナーの好みというのがどれほどワインの味に対して影響力があるのかがよく分かる例だ。
※右のボトルがチョルキ。ラベルのネイティブな模様が、チリらしくていい。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

しかし味には除草剤の影響を感じる。醸造長のカミーヨ・ラーメル・パヴェスに「これでいいと思っているのか」と聞くと、「もちろんそうは思っていないから、今年が除草剤を使う最後の年になる」。「創業以来15年も醸造長を務めているのだから、やるならもっと前からやれただろうに」。「ゆっくり、徐々に変えていかないと」。「ああ、それは従業員としては正しい。急に変えようとしてクビになった人もいるし」。「ははは」。
※醸造長のカミーヨ・パヴェスさん。2013年のワインが素晴らしかったが、「収穫期に涼しく、晴れて、さらには珍しいことに雨も降らず、最高の条件で収穫ができた年」らしい。

KONICA MINOLTA DIGITAL CAMERA

「メルロをサンテミリオンやポムロールのようにしたい」という彼は今おもしろい実験をしている。バロン社のヴィニフィカシオン・インテグラル樽を使用してのメルロの仕込みだ。つまり、ここ十何年ボルドー右岸の一部で採用されているバリック発酵赤ワイン。チリをはじめとする新世界のメルロは往々にして、太陽光線が強くて湿度の低い味、つまりゴリっとしてタンニンがきつくスパイシーすぎてドライな味がする。だからカベルネにメルロを入れても柔らかくならない。それに対してボルドーの最上のメルロはフローラルな香りがしてしっとりフルーティだ。そしてヴィニフィカシオン・インテグラル樽は確かにそういう傾向を強める。「しかしインテグラルだとメルロ単一では構造が緩くなる。カベルネを入れないといけない」と言うと、「カベルネ・ソーヴィニヨンを既に少し入れた」と。ついにパヴェスの能力が弾けはじめたこのワインには大いに期待できる。そして当然、このワイナリーの未来にも。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加