コラム 2016.08.03

ワインを巡る旅~トレンティーノ=アルトアディジェ編~

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イタリア

 1363年から1918年という長きにわたるハプスブルク時代からすれば、イギリスとイタリアの密約によって第一次大戦後にトレンティーノ=アルト・アディジェがイタリアに編入されて以降の歴史はまだまだ短い。イタリアとオーストリアのあいだで自治権をめぐる問題が公的に決着したのは1971年と最近のことだ。ムッソリーニによるこの地に対する強制的なイタリア政策があっても、この地は純粋なイタリアにはならない。南チロル、ボルツァーノ自治県ではイタリア語人口が減少し、ドイツ語人口が増える傾向にある。116のコミューンのうち、イタリア語人口が過半数を占めるのはたったの5つ。1996年には、オーストリアのチロル州と南チロルとトレンティーノが一緒になって、ユーロリージョン・チロル・南チロル・トレンティーノを組織し、地域内の活動を一体となって活性化していくこととなった。EUによる国境の曖昧化は、住民自身が考える彼らのアイデンティティーに従って地域を再編成する可能性を開く。そしてこのユーロリージョンは、外国人の目から見れば、まるでハプスブルク時代のチロル伯領の復活のように映る。2006年5月に上院議員フランチェスコ・コッシガ元大統領によって、この地がイタリアに属するか、独立するか、オーストリアに戻るかを決める住民投票を可能とする法案が提出された。これは理性的に否決された(ああ、それに比べてUKといったら)が、トレンティーノ=アルト・アディジェとは何かという問題意識がなければこのような議論がなされるはずもない。

 ワインとは関係のない話に聞こえるとしても、イタリア対オーストリアという構図を無視はできない。政治問題は抜きにワインに関して個人的な感想を言うなら、トレンティーノ=アルト・アディジェのワインは、(=トレンティーノ=アルト・アディジェのワインであるという自明のトートロジーを避けるとすれば)イタリアワインというよりオーストリアワインである。それはオーストリアワインを飲んだあとにブレンナー峠を超えてトレンティーノ=アルト・アディジェのワインを飲んだ時に感じる違いと、イタリア北部のワインを飲んだあとにガルダ湖を過ぎアディジェ川を遡ってトレンティーノ=アルト・アディジェのワインを飲んだ時に感じる違いと、どちらのほうが心理的に大きいか、というような主観ではある。しかしトレンティーノ=アルト・アディジェのワインの使い道を考える上では重要な視点なのだ。

 EU以降、イタリア国境内のワインはすべて「イタリア」、オーストリア国境内のワインはすべて「オーストリア」、という単純な国境の枠組に思考を束縛されることが少なくなった。それはいいことだ。南チロルのワインを「イタリア」のワインだからといって日本で食される一般的な(スパゲッティ・アマトリチアーナやプッタネスカ的な)「イタリア」料理に合わせてもよい成果は得られない。しかしおおざっぱな「イタリア」という観念しか持ち合わせていなければ、そういう失敗を、若いころの私と同じく、してしまうものだ。トレンティーノ=アルト・アディジェのワインはよりオーストリアに近いと認識することで、どのような調理法がいいのか、どの程度の酸を料理に使えばいいのか(これは決定的なことだ)といったことが誰にとっても明確になる。

料理との相性の話もさることながら、自分がトレンティーノ=アルト・アディジェにオーストリア性を感じるのは、その距離感の遠さゆえである。イタリアワインは飲んでいて距離感が近く、体温を感じる。目の前でドラマが繰り広げられている感覚がある。それはアリアニコやネグロアマーロのようなワインだけではなく、エルバルーチェやトレッビアーノ・ディ・ソアーヴェのようにクールな味のワインでもそうだ。ワインが身体に全面的に入ってくる、ないし、身体がワインに浸る感覚とでも言おうか。ところがオーストリアワインは距離感が遠い。はて、何を考えているのだろう、という謎を秘める。どこかで醒めている。トレンティーノ=アルト・アディジェのワインも、体温が低い。通常ならダイナミズムを感じるビオディナミのワインでさえ、簡単には打ち解けられないバリアがある。この距離感こそが使い道に直結する。概して大人数のパーティで飲むタイプではなく、市少人数の食事で飲むタイプであり、夏のビーチで飲むタイプではなく冬の暖炉傍で飲むタイプなのである。

 冷涼産地だから、ではない。この地はイタリア最北であるがゆえに、「最北」というイメージにとらわれ、歌に登場する津軽的・網走的なもの(もちろん冗談だ)を想像してしまうかもしれないが、実は寒くなどない。南チロルの中心都市ボーゼンの7月、8月、9月の平均最高気温を世界の他の産地と比較してみると、ボーゼンがそれぞれ(29、29、24)なのに対して、ピエモンテのアルバ(24、24、19)、トレンティーノからヴェネトに入ってしばらく行ったヴェローナ(30、30、25)、コート・ロティのあるヴィエンヌ(27、27、22)、ブルゴーニュのディジョン(26、26、21)、ボルドー(26、27、24)、ナパ(28、28、27)、南オーストラリア、バロッサの近くのアデレード(南半球だから半年ずらして、28、28、26)、オーストリアのクレムス(26、26、21)、長野(29、31、26)である。平均最低気温は、ボーゼンの(17、16、12)に対して、アルバ(15、16、12)、ヴェローナ(18、18、14)、ヴィエンヌ(15、14、11)、ディジョン(16、14、11)、ボルドー(15、15、12)、ナパ(10、9、8)、アデレード(南半球だから半年ずらして、16、16、14)、クレムス(14、14、10)、長野(20、21、17)である。「フルーツ爆弾」だとか「アルコールが高くてジャミー」とかの偏見を持って揶揄される新世界産地より暑いぐらいではないか。この地の特徴は、高い気温によるリッチなフルーティさである、と言うべではないのか。

 国境線の中での南北はブドウにとってはどうでもいい。そのブドウ生育地域の中で北か南かが重要だ。ヴェルナッチのもうひとつの代表産地であるヴュルテンベルクのシュトゥットガルトはボーゼンよりはるかに北である。気温も先の記述に従うなら(21、21、16)、(11、11、7)だ。ヴェルナッチは今でも南チロルの栽培面積の18%を占める最も多く造られる品種なのだから、ここは温暖産地と言われて然るべきだ。ソーヴィニヨンやジルヴァーナーやヴァイスブルグンダーにとっても同じである。十数年前、この産地の興隆に偉大な功績があるケラーライ・エッパンの醸造長ハンス・テルツァーに話を聞いたことがある。彼はこう言った、「オーストリア時代にはここは赤ワイン産地だった。オーストリア最南端なのだからそれが当然だった。しかしイタリアになったら突然最北端。だから白ワイン産地だとみなされるようになった。我々はイタリアの他州では造ることが難しいタイプの白ワインに重点を置くことで成功に導いてきた」。現在、赤と白とどちらが品質的に成功しているのかと言えば、アイザックタラー地区を除くなら、私の舌にとっては赤である。南チロルのヴェルナッチ、ラグレイン、カベルネ・ソーヴィニヨン。トレンティーノのテロルデゴとマルツェミーノ。昔はピノ・ノワールがよかったが最近では暑苦しい味になっていると思う。市場的にはポピュラーなヴァイスブルグンダーやシャルドネやソーヴィニヨン・ブランは、どこかバランスがよくない。それらの品種に関しては、ドイツやオーストリアのほうが、正直、よい。オーストリア時代の認識のほうが正しかったのだ。EU以降、ましてユーロリージョン以降、「イタリアの他州では造ることが難しいタイプの白ワイン」という発想は以前の意義と有効性を失う。それが欲しいなら他の国から買えばいい。だから私は、トレンティーノ・アルト・アディジェの赤ワインの素晴らしさに着目したい。

 しかし全面的にオーストリア的なのではない。オーストリアのワインははるかに明るい。距離があっても明るい。よりシャープで、開き直った抜けのよさがある。しかしアルト・アディジェは陰影が濃い。なぜそうなのかと考えると、日照時間の短さに気づく。ボーゼンでは年間たった1885時間しかない。これは東京都江戸川区と同じ数字だ。アデレードでは2765、ボルドーでさえ2035時間もある。ボーゼンにいると夕方あっというまに暗くなることに驚く。この産地は高い山々のあいだの狭い谷だからだ。ボーゼンはまだ開かれた谷間にあるからいいが、畑は西側か東側の山のふもとから中腹に位置しているため、日の出から日没まで太陽が当たる場所などなく、なおさら日照時間が短いだろう。ブドウの休眠期の日照は関係ないので、もっと直接的な数字として8月の一日あたりの日照時間を見れば、ボルドー7・7、ディジョン7・5、ウィーン8・1、アデレード8・5、フライブルク7・4、長野6・8時間に対して、ボーゼン6・5時間。日陰の土地で翳りの味ができるのは当然のように思える。

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 問題は、多くの消費者が、特にイタリア料理店に行く動機として、「イタリア」に「日陰」の「翳り」を求めていないことだろう。もちろんそれはイタリアそのものの本質とはイコールではない。世の中、陽もあれば陰もある。陽がよく陰が悪いかのように思う人が多いようだが、それは真実を反映しない。それは純粋に相対的な、没価値的な対比概念であって、陽子がよく電子が悪く、水素イオンはよく塩化物イオンは悪いと言うのと同じほど愚かしく、明るく振る舞わねばならないと自己に強制して自らの陰の部分を抑圧し、フロイト的な病に陥るだろう。

 お前は谷崎潤一郎か、と言われそうだ。言われる前に、かの『陰翳礼賛』の一節をここに引用させていただき、前文の終わりとしよう。

「もう数年前、いつぞや東京の客を案内して島原の角屋で遊んだ折に、一度忘れられない或る闇を見た覚えがある。何でもそれは、後に火事で焼け失せた「松の間」とか云う廣い座敷であったが、僅かな燭台の灯で照らされた廣間の暗さは、小座敷の暗さと濃さが違う。ちょうど私がその部屋へ這入って行った時、眉を落して鉄漿を附けている年増の仲居が、大きな衝立の前に燭台を据えて畏まっていたが、畳二畳ばかりの明るい世界を限っているその衝立の後方には、天井から落ちかゝりそうな、高い、濃い、たゞ 一と色の闇が垂れていて、覚束ない蝋燭(ろうそく)の灯がその厚みを穿つことが出来ずに、黒い壁に行き当ったように撥ね返されているのであった。諸君はこう云う「灯に照らされた闇」の色を見たことがあるか。それは夜道の闇などとは何処か違った物質であって、たとえば一と粒一と粒が虹色のかゞやきを持った、細かい灰に似た微粒子が充満しているもののように見えた。私はそれが眼の中へ這入り込みはしないかと思って、覚えず眼瞼をしばだゝいた。」

日陰で息をひそめて広がるブドウから生まれるトレンティーノ=アルト・アディジェの美を理解するためには、彼の視点を、いや、彼が言うように日本古来の視点を、再び獲得しなければならない。

~アルトアディジェ編~

イタリア最高のピノ・ノワール J.ホフシュテッター

イタリア最北のスパークリング ハーダーブルグ

アイザックタラーのリースリング クーエンホフ

中道のビオディナミ マニンコール

ウェハースとワインのファミリー ロアカー

南チロルの大手ビオの行方 アロイス・ラゲデール

気軽に楽しんでほしいザンクト・マグダレナー プロナーホフ

~トレンティーノ編~

マンツォーニ・ビアンコの可能性 ヴィナイオーロ・ファンティ

4000万本を超える生産量の老舗 グルッポ・メッツォコロナ

地に足の着いたワイナリー マルコ・ドナーティ

トレンティーノへ行ったならホテル・ロヴェレートへ カステル・ノアルナ

~おまけ~

トレンティーノ=アルトアディジェのワイン座談会@イタリアワイン阿部

 

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