コラム 2016.02.26

ワインを巡る旅~レバノン編~

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レバノン

「レバノンに行く」と言ったら、誰もが口をそろえて「大丈夫なのか?」。「イスラム国に首切られるのではないのか」とか、「自爆テロに気を付けろよ」。うーむ、日本ではレバノンの理解といったらそんなものなのか。とにかく「危険」というイメージ。「ワインのために命を捨てる気はない」とか言う人も。ひどいものだ。

確かに海外で危険な目にあったこともある。とはいえ今まで本当にヤバいと思ったのは、メキシコの山中で強盗に銃を突きつけられて有り金すべて巻き上げられた時と、エルサレムで店に入ったら突然窓や入口のシャッターを閉められてこわい人たちに囲まれた時と、麻薬戦争中のコロンビアで深夜に山の中を運転していたら軍に車を接収されて完全武装の軍人たちを移送する運転手をさせられた時と、パキスタンで突然警察にスパイ容疑で捕まった時ぐらいだ。確かに今考えれば、アブナイ場所にいた。そういう気配があった。

しかしレバノンは危険ではない。ふつうの国だ。街なかに戦車がいたりするが、歩いていて危険の気配などまったくない。日本赤軍のキャンプがあった場所として記憶している人が多いベカー高原(ワインの中心的産地)で、山の向こうはシリアと聞いても、だからといって何かがあるわけでもない。1975年から1990年まで続いた内戦は昔の話だ。イスラエルの空爆は2006年だが、それとて過去のことだ。日本に対して「ハラキリ」、「カミカゼ」的なイメージでは「おいおい、いつの時代の話だ」と言いたくなるだろう。同じようなことをレバノンに対して行ってはいけない。旧来の紋切型イメージからそろそろ脱却しないといけない。

今のレバノンは、観光旅行にふさわしい、ふつうの国だ。なにより料理がおいしい。私はレバノン料理は世界屈指の料理だと思うし、どこに住んでいる時もどこを訪ねている時もレバノン料理店に入り浸ってきたのだが、実際に現地でレバノン料理を食べたら、それまでデトロイトやサンディエゴやパリやエクサン・プロヴァンスでおいしいと感激していたレバノン料理はいったいなんだったのだろうと思う、圧倒的な完成度の、抵抗できないほどの超越的美味。これが中近東料理文化圏の中心たるレバノン料理か!と感激の毎日だった。仮に歴史や遺跡等々に興味がなかったとしても、あの味だけで観光旅行の最高の目的となる。

※レバノン料理は野菜を多く使用し、レモンの酸が効いた、すっきりしたものが多い。

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レバノン=「白」という意味

なぜレバノン料理がそれほどおいしいのか。それは洗練された調理法もさることながら、やはり素材が素晴らしいからだ。素材を生み出す土地が素晴らしいからだ。

レバノンは中近東の国のひとつであっても、多くの人が中近東と聞いて連想する荒涼とした風景は存在しない。中近東諸国の中で唯一砂漠が存在しない国だ。そもそもレバノンの名前は古代アラム語で白という意味の言葉、ラバンに由来する。白は雪の白。レバノンを南北に貫くレバノン山脈(海側、2500から3000メートル)に積もる雪を示している。この話をするとみな、中近東に雪とは不思議だと言うのだが、それこそが「中近東」に対する我々の理解の不足を物語る。

雪は春に溶け出し、豊富な地下水をもたらす。レバノンの農地、そしてブドウ畑は、このレバノン山脈と、シリア側にあるアンチ・レバノン山脈(平均2250メートル)というふたつの山脈に挟まれた地溝帯、ベカー高原に主として存在する。乾燥して暑く農業に適さない土地が多い中近東にあって、地下水の恩恵がどれだけ貴重、希少なことか。だからレバノンは中近東料理の中心たりえてきたのだ。

この地下水はまたブドウ栽培にとって重要となる。多くの中近東諸国、また新世界を含む乾燥した地域において、今でこそブドウ栽培が可能となっているのは、灌漑のおかげだ。しかしドリップ灌漑の発明は1965年、イスラエルでのこと。何千年にも及ぶブドウ栽培の歴史の中で、それは最近と言っていい。夏に雨が降らない中近東で、自然の条件のままで丁度良い水の供給ができる国は珍しい。だからレバノンでは灌漑システムを、若木を育てるような特定の目的以外には、見かけない。ないのではなく、不要なのだ。

灌漑による水供給は地表から行われる。しかし地下水はもちろん地下にある。どちらのほうがブドウの根が下に伸びるのか。灌漑が不可欠の土地からのワインは、味わいの中のテロリックな要素がコスミックな要素と比べて少ないというのは経験しているはずだ。つまりミネラリーというよりフルーティーな味、下におりるより上にのぼる味が優勢となる。テロワールの味を求めるなら、無灌漑というのは重要な着目点である。

ブドウにとって理想の気候

レバノンの気候を少しでも詳しく見てみれば、それが「中近東」の一般的イメージとは違うことがわかる。主たるブドウ産地ベカー高原の中心都市のひとつチュタウラの年間平均気温は15・4度。降水量は701ミリだ。ローマのそれは、15・5度と733ミリ。南仏ペルピニャンは、15・5度と586ミリ。ようするに古典的な地中海ワイン産地と同じなのだ。

しかし決定的な違いがある。それはまず昼夜の温度差だ。収穫時期である9月の温度差を見ると、チュタウラは最高29・2度に最低13・4度。しかしペルピニャンは25・3度に16・5度。これがワインの味わいに対して何を意味するかといえば、レバノンのワインは熟度も高いと同時に酸があるということだ。それはたぶん一般に思われている「中近東」とは違うだろう。もうひとつ、いかにも中近東な特徴は、降水のほとんどは晩秋から春にかけてであり、夏のあいだは一滴も降らないといえるほど乾燥しているということだ。それゆえベトカビ病のような病害も虫害もほとんどない。雑草も生えない。認証を取っていなとしても、誰でも基本的にオーガニック栽培なのだ。

※レバノン、ベカー高原の畑風景

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こうして見ると、レバノンはワインにとっての楽園だということが分かる。そして実際に楽園であり続けたのだ。レバノンはコーカサス山脈周辺諸国に続いて歴史の古いワイン産地だ。紀元前7000年にはすでにワインが造られていたと言われ、紀元前3000年からはフェニキア人(当時のレバノン人のこと)がエジプト、キプロス、ギリシャ、イタリア、スペインといった地中海沿岸にワインを輸出し、植民地を建設(かの有名なカルタゴもそうだ)していた。ヨーロッパワインの歴史に対するギリシャやローマ帝国の貢献は誰もが知るところだが、レバノンも彼らに先駆けて重要な役割を果たしてきたのだ。

しかしその事実は必ずしも広く認識されているとは言えない。フェニキア人という名前を知っていても、それがレバノン人のことだと知る人は少ない。ワインがもともとはオリエントのものであるという事実から目をそらそうとするヨーロッパ中心史観がその背後にあると言う人がいてもおかしいとは思わない。                         

レバノンワインの質の高さは、旧約聖書の記述の中から明瞭に知ることができる。旧約聖書には数十回もレバノンの言葉が出てくるが、最も有名な章句はホセア書14章の以下のくだりだ。「14:5 わたしはイスラエルには露のようになる。彼はゆりのように花咲き、ポプラのように根を張る。14:6 その若枝は伸び、その美しさはオリーブの木のように、そのかおりはレバノンのようになる。14:7 彼らは帰って来て、その陰に住み、穀物のように生き返り、ぶどうの木のように芽をふき、その名声はレバノンのぶどう酒のようになる」。これ以上の賛美があるだろうか。

現代のレバノンワイン

中世まで続いたレバノンワインの名声は、1517年にレバノンがイスラム教を奉じるオスマン帝国の一部になることで途絶える。しかしキリスト教徒が宗教的目的のためにワインを造ることは許されていたという。次の転機は1857年。イエスズ会修道士がフランス領アルジェリアから新しいブドウ品種とワイン製法をもたらした。そして1918年にレバノンはフランス統治領となり、フランスワインの影響を色濃く受けるようになる。

レバノンのワインは今でもフランス的である。ブドウはカベルネ・ソーヴィニヨンやシラーといったフランス品種。醸造もフランスのワインと変わるところはない。実際の味もフランス的と言えなくもない。醸造家もフランスで修業した人たちが多い。だが「フランス的」と思われる第一の理由は、その地質にあるのではないだろうか。

ジュラ紀後期と白亜紀の石灰岩。それがレバノンの地質である。ジュラ紀後期といえばシャブリと同じ、白亜紀といえばシャンパーニュやロワール中部と同じだ。レバノンワインに感じられるひんやりとした温度感とキリリとした浸透性の高い硬質な酸は、まさにそれらの産地を想起させるものがある。我々の多くはシャブリやシャンパーニュの味に親しんでいるがゆえに、類似の地質のワインであるレバノンを「フランス的」と表現するのだと思う。

今までのレバノンワインを牽引してきた品種はカベルネ・ソーヴィニヨンだった。国際市場で高品質ワインとして認知されるためのパスポートとしてのカベルネ。それはイタリアでもスペインでも同じだったことは記憶に新しい。しかしカベルネ・ソーヴィニヨンはボルドーのような水辺の産地と非石灰質の土壌にふさわしい品種だ。もともと硬質な味わいになる品種なのに、山と石灰ではさらに硬質になる。それがレバノンワインの個性を誤解させてきた。ごつい味のワインだと思われてきた。自分自身もそう思っていた。

※収穫されたばかりのオデイディ。かつてのレバノン、そしてこれからのレバノンにとって重要な地場品種です。食べてみると柔らかくておだやかな味。香りも弱く、あえて譬えるならシャスラー的で、地味な個性です。それだからこそ、滋味深いワインが生み出されるのです。

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しかしレバノンは地中海の産地だ。気温や降水パターンを見ても、夏季の高温と乾燥に強い地中海品種がふさわしいというのは自明のことだ。19世紀のイエスズ会修道士たちはそれを理解していたから、以前に植えられていたのはマカブー、カリニャン、サンソーといった品種だった。最近になって、これらの伝統品種と、さらに歴史をさかのぼる古代品種オベイディ(蒸留酒アラックの原料でもある)がやっと注目されるようになってきた。これらのブドウ品種はカベルネとは異なり、決して強烈な自己主張をすることがない。むしろ控えめでやさしい味わいで、素直にテロワールの個性を表現する、想像以上にしっとり、すっきりとして上品なワインとなる。一般的な高品質ではなく、個性的な高品質・土地の味のする高品質へと進化したのが、現代のレバノンワインなのだ。

だからレバノンはやっと旧約聖書の時代の栄光を取り戻しつつあるのだと思う。そのような最先端のレバノンワインを飲むと、分かる。レバノンは確かに「オリエント」なのだ、と。<田中克幸>

※国立博物館で見かけた、ブドウの房をもつ子供をうつした、とても小さな彫刻。このかわいらしさ、やさしさ、裏表のない素直さ。レバノンワインの味わいと、この彫刻の印象は、2千数百年の時をこえて、どこかつながっているような気がする。

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モナ・リザのグラデーション シャトー・サン・トマに続く

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