コラム 2017.05.18

スペイン、シェリー試飲会

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 アンダルシア州農産物の展示会で見つけたおいしいワインを紹介します。

 スティルワインもそれなりに並んでいましたが、どうも薄くてアルコールが高くて平板な印象で、それはパス。もちろんアンダルシア州といえば、シェリーです。ですから私にとってそれは、シェリーの試飲会、でした。

 3000年以上前のレバノン人(つまりフェニキア人)以降の栄光の歴史を見ても、シェリー本来のポテンシャルはものすごいのだろうな、と容易に理解できます。英文学に興味がある方なら、シェークスピアの『ヘンリー四世 第二部』におけるファルスタッフの有名なセリフをご存知でしょう。

It ascends me into the brain, dries me there all the foolish and dull and crudy vapours which environ it, makes it apprehensive, quick, forgetive, full of nimble, fiery, and delectable shapes, which delivered o'er to the voice, the tongue, which is the birth, becomes excellent wit.

The second property of your excellent sherris is the warming of the blood, which before, cold and settled, left the liver white and pale, which is the badge of pusillanimity and cowardice; but the sherris warms it, and makes it course from the inwards to the parts' extremes.
『脳みそに駆け上がって、愚鈍で退屈な凝り固まったもやもやを枯れさせる。
血の巡りが良くなって、瞬く間に愉快なことが閃いたら、舌にのせて声にするんだ。すると極上のウィットに富んだユーモアの誕生だ。それがひとつ目のシェリーの効能。
2つ目にシェリーは血をほてらせる。冷たく淀んで白くなった肝臓は臆病者の証だが、シェリー酒を飲めばほてった血は五臓六腑を駆け巡り、体の隅々にまで合図のかがり火を灯すのさ。』

 これを聞いてシェリーを飲みたくならない人はいませんね。さすがシェークスピアです。というわけで機会があれば試飲してみますが、先日のBB&Rでのセミナーのレポートでも触れたように、ワインとして「崇高」、「偉大」、「忘我」、「ニルヴァーナ」といった形容ができるシェリーにはなかなかお目にかかれません。まずいシェリーというのは飲んだことがなく、おいしいのが当たり前ですから、平均レベルの高さに関しては瞠目すべきものだと思います。ただ、「このぐらいで充足していてはいけない」と思うだけです。まあ、私はシェリーの産地に行ったことがないという、ワインライターにあるまじき怠惰ぶりで、そもそも何も言う資格はないのは承知の上で、素人の感想として、ですが。

 今回は、ありがたいことに、崇高・偉大という形容ができるシェリーに出会うことができました。それは冒頭の写真の二本、Bodegas TraditionのFinoと、Cayetano del Pino のPalo Cortadoです。

 Finoはなんと熟成12年です。普通Finoのフロールは数年しか生きていないはずで、二けた年は貴重です。まして12年など、信じたい。それだけ酵母の力が強く、ワインそのものの酒質が強いということでしょう。ですからFinoらしく鮮やかさ、フレッシュさがありながら、桁外れの凝縮度、複雑性、余韻が備わっています。この生産者は1998年創業と新顔です。他の生産者の優れたワインを樽ごと買って瓶詰めします。Palo Cortadoも恐るべきワイン。アモンティヤードのビビッドさにオロロソのコクを加えただけなら普通のパロ・コルタドですが、これはそのエネルギー感と濃密さを何倍にもしたような味わいです。通常のシェリーは高いアルコールがブドウそのものの味やミネラルの周りにまとわりつくことが多く、アルコールを飲んでいる感覚を払拭できません。しかし素晴らしいワインはアルコールが高くともそれを感じないものです。このふたつのワインがまさにそう。「ワインを飲んでいる」という感覚があります。そして余韻の驚異的な長さ。よくある、さらーっと流れてしまう余韻ではなく、立体的に構築されて崩れない長さがあります。ブースの前で何口も味わい、そこから動けなくなってしまいました。
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 甘口のシェリーも、気楽な酒として再認識してもいいと思いました。高級レストランや専門的なバーではなく、普通の家庭で楽しむデザートワインとして、Real TesoroのRoyal Creamの素直な味もいいものです。かの有名なフィノ、ティオ・マテオを造っている生産者の、ベーシックなワイン。価格も安い。スーパーマーケットで売っている類のワインでしょう。醤油で言うなら、あれやこれやの高級品も当然いいけれど、プラスティック瓶に入っているヤマサ本膳も素直な味で馴染みがあっていい、みたいな感覚。しかし意外なほどべたつかず、風味の伸びもあります。この生産者の畑はへレスの最高標高地点(といっても60メートルらしいです)に広がっているというのがポイントでしょう。もうひとつの視点は、このようなピノ・ヘネロソ・デ・リコール・タイプは単一品種ではないということの意味。これはパロミノにペドロ・ヒメネスを加えたものです。複数品種ならではの複雑性は確実にあります。シェリーは基本、単一品種ですが、それが本当に究極的な答えなのかどうかと思います。クリーム・シェリーというと、ド素人のワイン、年若い女子が飲むワイン、というイメージがあるでしょうけれど、もう少しフラットに、シンボリズムから離れて食の文脈の中でとらえなおすだけの価値はあると感じました。
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 ちょっと高級なデザートワインとして、La CigarreraのMoscatelもいい。モスカテルはパロミノより肥沃で石灰質が少ない土地に植えられる品種ですから、品種的な側面からだけではなくテロワール的な側面からも、ゆったり感、まろやかさ、穏やかさがあって使いやすいと思います。この老舗生産者は家族経営で、いまだに瓶詰めは手作業で行うといったように、手作り感のある味のワインを造ります。つんつんした緊張感は、家庭用のデザートワインには不向きです。これは正しく地酒味。飲んだあとに優しい落ち着きが生まれます。
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 実売1600円程度の超低価格ながら、AlexandroのManzanillaの完成度の高さ、腰の据わったぶれない味、意外としっかりした余韻、そしてこれぞサンルカル・デ・バラメダといった塩辛いミネラル感としっとりしなやかな質感には感銘を受けました。お買い得価格のシェリーとして、この試飲会のベストです。

 調べてみると、1200軒の栽培農家を擁する巨大協同組合の作品。2011年に自らのワインをリリースするまでは原料ワインを大手ワイナリーに売っていました。優れた協同組合ワインのよさは、産地の全域からブドウが集まるため、その産地らしい味が俯瞰的に表現されることです。また生産者個人のキャラクターを売るワインでもありませんから、人的側面がうしろに下がり、むしろ土地の味が素直に出てきやすいことです。そして協同組合ワインは地元消費用ワインでもありますから、その土地の人が好む味とは何かがよく分かることです。このManzanilla はその観点からして大変に興味深いものでもあります。

 とはいえ、いったい何を食べる時にこれを飲むのか。天ぷらとの意見をよく耳にします。しかし私は、以前の天ぷらに関する投稿でも論じた通り、天ぷらにはむしろむっちりソフトな赤ワインと言いたいわけで、完全に逆方向です。パロミノが植えられている土壌は硫酸カルシウムを大量に含みます。硫酸カルシウムを含むアルザス・グラン・クリュ・アルテンベルグ・ド・ベルグビーテン・リースリングが、それだけ飲んでいればおいしいものの、料理といかに合わせるのが難しいかは皆さんも経験があるでしょう。硫酸カルシウム土壌の強烈に硬質な酸は、素材の甘さを切ってしまいます。世の中の大勢は味を切る組み合わせを「合う」と表現するとしても、私は定義上そうは言いません。

アルテンベルグ・ド・ベルグビーテンよりさらに事態を難しくするのは、フロールのついたワインはグラがなくなることです。これは生化学的な事実ですから趣味嗜好の話ではありません。グラがある料理(天ぷらもそうです、特に海老とかは)にグラがないワインを合わせると、これまた料理の味を切ってしまいます。つまり、海老天ぷらにレモンをかけたほうがおいしいと思う人のための相性です。それがいい、と言う意見は理解できます。それは「つまみと酒」の典型的な合わせ方だと思います。実際のところ、私はいまだ、Fino とManzanilla が最高に合う料理に出会っていません。

 そこで見方を変え、「切る」能力に即してみたいと思います。フロール系シェリーは、酒精強化による強いアルコール、硫酸カルシウムの固くて強い酸、フロールによるグラの欠如、という、「切る」ための三つの特性を備えています。その点において最強のワインです。ならば、味を切りたい時に飲んでこそ、その最大の能力が発揮されるはずです。では、それはどんな時なのか。それは食後です。ないし、メインのあと、デザートの前、つまりサラダの代替案です。素人が何を言うか、と𠮟られること確実ですが、私のロジックとしてはそうなる、ということでご容赦いただきたく思います。

 シェリーはここまで有名でポピュラーで、今では最新流行のワインでさえあるのに、シェリーでなければならない必然性はどこにあるのか、という議論が十分になされているとは言えません。相性に関する規範の欠如とはつまり、我々ひとりひとりに想像と創造の余地が多く残されているということです。つまり、楽しみが大きい、ということなのです。

田中克幸氏のブログはコチラ

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