コラム 2016.01.04

【ドイツ/ザクセンのワイナリー】1401年創業の長い歴史あるワイナリー「ホフレシュニッツ」

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ホフレシュニッツ

 1401年からという長い歴史のあるワイナリーだ。ザクセン選帝候の休憩用に使われたという館は今でも残っており、30年戦争のあとのバロック様式を伝える。天井や壁にはオランダ人の画家がえがいたエキゾティックなブラジルの鳥(名前が書かれているが、当時のブラジルの言葉の発音を写し取ったもの)や、魚や犬や植物が。魚はナマズやうなぎや鯉のような淡水魚がほとんど。いかにも内陸の国らしい。ブドウの絵がおもしろく、大きく描かれている品種のひとつは房の形や果皮の色からしてリースリングのようだ。

※ザクセン選帝侯の休憩所だったホフレシュニッツの城館には、当時の面影を伝える内装が残っている。

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 6000ヘクタールあったザクセンのブドウ畑を壊滅させたフィロキセラのあと、この地ではカール・ファイファーが接ぎ木法によってワイン産業を救ったのだが、初めての苗木畑が1912年に作られたのがこのホフレシュニッツだ。といってもザクセンは今でも499ヘクタール(よく最少の産地と言われるが、下から三番目)。第二次大戦後には150ヘクタール、GDR時代には250ヘクタールまで減少。もっと増やしてほしいものだが、「EUでは国別のブドウ耕作面積の規制があって簡単には増やせない。この問題はいま議論中。しかしイタリアは増やしてよいことになった」。

 ワインとは関係ない話だが、「ザクセンの都ドレスデンで発明されたものは何か」と、案内してくださったノワコウスキーさんに質問された。答えは、コーヒーフィルターとティーバック。コーヒーフィルターはあの、メリタだ。メリタ・ベンツさんが1908年に発明したと初めて知った。毎日お世話になっているというのに。

 城館はワイン博物館になっている。GDR時代のワインラベルをしっかりと見たのは初めてだった。公営醸造所で集中的に生産されていたといっても、ブドウはなんでもかんでもごちゃまぜにしていたのではなく、基本的には品種ごとに仕込み、銘醸畑のワインはそれぞれの畑名ワインとして造っていたことがわかる。しかし当時の収量は現在の2,3倍。さぞ薄くて酸っぱかっただろう。それでもワインは不足していたのでハンガリーとロシアのワインを輸入していたそうだ。旧ソ連圏のワインではジョージアが有名だが、ジョージアワインはGDRでは見かけなかったと言っていた。かの偉大なキンズマラウリやフヴァンチカラはスターリンやクレムリンの高官が楽しんでいたのだろう。

※ホフレシュニッツのワイン博物館にて。ザクセンワインの歴史を知ることができる。これは1930年代のザクセンのボトル。ザクセン・コイラーと呼ばれ、これが伝統的な形。

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 1931年の瓶が展示してあったが、ボーリングのピンみたいな形だ。ザクセン・コイラーと呼ぶそうだ。いい形だと思うし、おいしそうだ。平行線がないのがいい。しかし「ラベルが貼れない。しわができてしまう。だから今でもこの形を採用しているのはシュロス・ヴァッカーバルトだけだろう」。

 博物館を見学したあとはテイスティング。ホフレスニッツに来たかったのは、ここがザクセンで最初の認証オーガニック・ワイナリーだからだ。1992年からオーガニックに転換し、97年に認証取得。8・5ヘクタールの自社畑の6割はPIWI品種。地球環境への負荷を減らすにはPIWI品種は論理的に正当な帰結だ。「無理して病害に弱い品種に硫黄や銅を散布して育てるより、もともと病気にならない品種を植えるほうがいい」と、栽培長のアンドレアス・クレチュコさん。「将来的にはリースリングを除く8割をPIWI品種にしたい」。とはいえ「レーゲントやヨハニターはそれでも年間3,4回はスプレーしないといけない。何もしなくていいのはカベルネ・ブラン」。カベルネ・ブラン(フランではない、ブラン)は2010年に植えたばかりだが、確かにすくすくと育っている明るいエネルギー感があり、将来に期待ができる。

 

 栽培長とは長い時間いろいろな話をした。テーマとしては、私がいつもドイツで言っていることだが、たとえば

1、ドイツに根強いリースリング中心主義からの脱却。リースリングの相対化と、それぞれの土地の地場品種の尊重。

2、現在のワインの画一的なスタイルからの脱却。潔癖症的クリーン味指向の乗り越え。

3、MLFなし&残糖では清澄・濾過が必要となり、それがワイン本来のおいしさを決定的に減じる以上、MLF &完全辛口でどうやっておいしいワインを造るかを戦略的目標に据えること。より具体的には、どうしたらブドウの酒石酸比率を上げてリンゴ酸比率を下げることができるか。

4、ゲミシュター・サッツへの回帰。

 ようするに、ビオディナミにして、いろいろなキャラクターのブドウを混植して、ミニマムなデブルバージュで伝統的な樽で自然発酵して、MLFして、無清澄無濾過。「昔のドイツワインはそうだったんだよね」と栽培長。簡単なことだ。最近はやりの素っ頓狂なアンフォラ発酵オレンジワインは概しておいしくないというのはふたりの共通見解。「そういううれしがりの実験ではなく、本質的な改善をしないといけない」。

 栽培はしっかりしておいしいブドウが出来ているのは分かるのだが、ワインはまだまだ。原因を探るべく醸造所に入ると、「こりゃイカン。気が悪いじゃないですか。ここではいいワインは造れない」。「君もそう思うか。僕もいつもそう感じるんだ、何かがへんだろ、ここは。でも君は分かるんだね、今まで何百人もの人がここに来たけど、僕と同じことを感じる人には会ったことがない」。「ドイツは自然の感覚と人工の論理が乖離してしまっているように見える。対して日本は不思議と両者が重なり合っている国。だから日本人の見方は他の人たちとは違うのではないかと思う。あなたは栽培長で毎日畑にいるから自然的であるとは何かが分かっている」。「そりゃそうだ。畑にずっといれば何が正しいか正しくないか分かるものだ。しかし醸造長は保守的な人で、工業的な造りをしてしまう。培養酵母を使うし」。「PIWI品種でオーガニック栽培をして培養酵母。矛盾しているではないか」。「そうだろ、当然だよ。しかしそれがおかしいと誰も思わない。僕はオーナーではないから、醸造には口が出せない」。「それは組織上の問題だ。困りましたねえ」。「実は小さな畑を自分で持っていて、ほんの少しのワインを自分で栽培して醸造している。次にザクセンに来たときには声をかけてくれ」。

 リースリングの畑を歩いていて死んだ株のところが歯抜けになっているのを見かけ、私は言いました、「ここに何を植えるべきか、よーく考えないといけない。何を植えることで正しいバランスになるのか。ドイツ人以外がいない社会はおかしい。ここにはユダヤ人やスラブ人やアジア人がいるべきだと思わないか」。単一品種ワインばかりのドイツで私がしばしば勧めているのは、5つの品種を2割づつ混ぜるようなワインではなく、ひとつの品種が93%で残り7%が他のいろいろな品種のようなワインだ。そのようなワインが増えるだけで、現状よりずっとよくなると確信する。

 皆さんもザクセンに行ったら意見交換してきて欲しい。旧東ドイツエリアはそういった刺激というか、外部からの視点が得にくいようだから。

【ドイツ/ザーレ・ウンストルートのワイナリー】ツヴァイゲルトの可能性「パヴィス」に続く

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