コラム 2017.02.01

リベラ・デル・デュエロとトロ

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 何回か、スペインワインの試飲会に連れていっていただいた。あまりスペインワインに触れる機会はないとはいえ、どこでどう飲もうと、確かなことがあった。最も完成度の高いワインはリベラ・デル・ドゥエロだった。

味が偉そうだった。自信に溢れていた。濃密でいて鈍重さがなく、腰が据わって主張がはっきりし、姿形が整っていた。こんなに分かりやすくていいのかとさえ思った。スペインワインファンが好きかどうかは別だろう。それはブルネッロ・ディ・モンタルチーノをイタリアワインファンが好きかどうか、ポムロールをフランスワインファンが好きかどうか、というのと似た問いだ。つまり、ローカリティが薄く、より「一般」、「普遍」に向かう味わいだからである。昔から世界的なグラン・ヴァン産地として名を馳せているのには、そしてブラインドテイスティングのような他の様々なワインと比較する状況下でも高い評価を得てきたのには、ローカルな文脈を離れたクオリティが存在するからだ。

 ローカルなワインは往々にして安いキュヴェのほうがおいしい。オーストリアのグリューナー・ヴェルトリーナーやツヴァイゲルト、ヴュルテンベルクやバーデンの非リースリング品種など、その典型だ。地元密着型の頑張らないワインのほうがいい。リベラ・デル・ドゥエロはほぼ常に高いキュヴェがおいしい。その明確なヒエラルキーはコート・ドールやメドックに比肩しうる。実は伝統的にはリベラ・デル・ドゥエロは輸出向けワインではなく、マドリッドで消費される国内向けワインであり、2008年の時点でも輸出比率はたったの15%だったというが、それでも味はまったく地酒ではない。

 ローカリティの欠如はリベラ・デル・ドゥエロを訪ねてみれば痛感することになる。こんなに何もない土地だとは思わなかった。畑以外は茫洋かつ荒涼とした風景が広がるのみで、人の営みや文化的な厚みも感じることもなく、その風景にはルーションやコルシカ的な大自然の美しさといったものもない。町に行っても人が少ない。もろもろの小売店の数も少ない。こんなに有名なのに、ワインツーリズムもない。ホテルもレストランも異常に思えるほど少ない。数少ないレストランに行ってみても、空席ばかりだ。お前は吉幾三かとツッコミを入れられようが、事実そうなのだ。

 それはしかたない。リベラ・デル・ドゥエロは今ではワイナリー282軒、栽培面積21993ヘクタール、生産本数8千6百万本の大産地だが、DOに認定された1982年には、9軒、5000ヘクタール、50万本しかなかったのだ。ここはボルゲリや西オーストラリア並みの新興産地としてとらえるのが正しい。

 

 リベラ・デル・ドゥエロは鑑賞するためのワインであり、地元の料理と共にしみじみと風情を味わうためのワインではない。現地のワイナリー兼レストランで、またいろいろなレストランで、リベラ・デル・ドゥエロと料理の特別の相性を経験させていただいたが、正直ひとつとして合っているとは思えなかった。誤解されたくないが、ワインはもちろんものすごくおいしい。料理も素晴らしい。しかし両者は関係がない。新興産地独特の事情だ。日本でもここ十年で町ごとにスペイン料理店が立ち並ぶようになったのでお分かりだと思う。ハモン・イベリコとコチニージョとコシードを食べて、リベラ・デル・ドゥエロを飲みたくなるだろうか?しっかり熟したヴェルデホで作る高級ルエダ(隣の産地だ)のほうがはるかに合うことを経験済みの方も多いだろう。
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※シンプルにストレートに素材のおいしさを生かす古典的なスペイン料理に合う、という意味では、果たして現在のスペインの「グラン・ヴァン」は適切なのか。料理単体で食べていると驚異的においしいのに、リベラ・デル・ドゥエロはなかなか接点を持とうとしない。それだけワインが複雑で完成度が高いということか。
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 なぜリベラ・デル・ドゥエロは本来なら合ってしかるべき内陸系スペイン肉料理に合わないのか。ひとつの理由は重心の違いである。スペインには豚肉料理が多く、上記の料理も豚だ。豚肉は重心が低い。豚肉を使わずとも出汁をハムの骨でとればやはり重心が低い。不思議なのは、他の国なら重心が高くなるラムでもスペインでは重心が低めだ。以前スペインで料理を作ったことがあり、いろいろな素材を試してみたのだが、どれも重心が他国より低くて驚いた。豚肉でも不思議なほど重心が高めになるイギリスとは対極だ。ところがリベラ・デル・ドゥエロは、それもおいしい高級なワインは、重心が真ん中か、少し高めになる。だから両者を合わせると、料理は重たくくどくなり、ワインはアルコール感やタンニンが目立ってまずくなる。

 もうひとつの違いは味の形状である。スペイン料理は比較的水平的な形をしている。煮込みやローストが多いからだし、料理にハーブをあまり使わないので香りが上にスッと持ち上がることがないからだ。スペインのスーパーマーケットに行けばフランスやイタリアやドイツと比べてハーブの種類が圧倒的に少ないことに気づくだろうし、瓶入り乾燥ハーブやスパイスでさえ少ない。人の家の食器棚を見てもそうだ。「スペインは長いあいだ鎖国に近い状態だったし貧乏だったので外国の食品が入ってくることがなく、それらが料理に取り入れられることがなかった」と現地で聞いた。ところが上質なリベラ・デル・ドゥエロは垂直的な形をしている。料理の味の中心にワインが割り込んでおいしさを減じることになる。

 さらなる違いは流速である。スペイン料理は概して流速が遅い。ハモン・イベリコと、他国の代表的なハムであるプロシュート・ディ・パルマやスペックを比較して欲しい。ハモン・イベリコはジワーッと脂肪が広がり、他よりゆっくりと、そして長く余韻が続くということは皆経験している通りだ。あの味の流れ方がスペインらしい。ローストや煮込みが多いということは、ゼラチン質のとろっとした質感とあいまって、多くの料理の流速は遅くなる。ところが上質なリベラ・デル・ドゥエロの流速はそれほど遅くない。パワフルであっても、そして余韻自体は大変に長くとも、すっと上品に通りすぎていく印象だ。だから料理を置き去りにして、料理の味をもたつかせてくどくさせる。

 「スペインは煮込みだけではないだろう、素晴らしくおいしいガリシア牛のチュレトンではどうか」と言われるだろうが、これがまたスペインでは塩だけで焼くそうだから香りが伸びず、縦方向の形が明確にならない。牛肉じたいの重心も比較的低い。アングロ・サクソン系は黒コショウをたっぷり使うし、イタリアはローズマリーやタイムを使うし、フランスは往々にしてハーブの入るソースが添えてあるので、香りが上に行き、それに引っ張られて味も上に伸びる。正直チュレトンのほうがビステッカ・フィオレンティーナより肉としては美味しいとさえ思うにせよ、それに合わせるワインとしてはリベラ・デル・ドゥエロは正しい選択にはならない。

 重心が真ん中から高めで、垂直的で、流速が早い、というリベラ・デル・ドゥエロの特徴は、まさにフランスの古典的グラン・ヴァンと同じである。ここをどうとらえるか。それが肝要である。今までしつこくリベラ・デル・ドゥエロのローカル性を否定してきたのは、この素晴らしいワインを正しい文脈の中に位置づけねば、ワインに申し訳ないからだ。

 リベラ・デル・ドゥエロという産地を誰が作ったのか。歴史そのものは2000年前に遡ることができるが、12世紀にブルゴーニュのシトー派によって創立されたサンタ・マリア・デ・バルブエナ修道院がブドウ栽培・醸造技術を伝えたことが大きい。次にリベラ・デル・ドゥエロにとって重要なのは、かのベガ・シシリアである。スペイン最上のワインのひとつとしてあまねく知られるベガ・シシリアなしにリベラ・デル・ドゥエロはありえない。ベガ・シシリアはボルドーで醸造学を学んだエロイ・レカンダ・イ・チャベスが1864年に設立したワイナリーだ。彼はこの地にカベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、マルベックを植えてボルドータイプのワインを造り、それが名声を博したことでリベラ・デル・ドゥエロも有名になった。現代ではウィンストン・チャーチルがベガ・シシリアを愛したことが知られているし、それもあってかロンドンの高級ワインショップでリベラ・デル・ドゥエロはよく見かける。アメリカでよく見かけるのは、そしてリベラ・デル・ドゥエロ自体が世界じゅうに知られるようになったのは、ペスケーラの82年をロバート・パーカーが「スペインのペトリュース」と呼んで高得点を与えたからだろう。だから私もリベラ・デル・ドゥエロとベガ・シシリアを知るようになったのは80年代末、アメリカ在住時だ。

こうして歴史を振り返ってみれば分かるとおり、リベラ・デル・ドゥエロはいかにも「スペイン」なワインではない。DOの規定の中にボルドー品種が認可されている点を見ても、これは国際ワインなのだ。国際ワインというのは、好む好まざるを別として、フランスワインとほぼ同義である。もともとフランスの影響を強く受け、ボルドー品種をティント・フィノの補助品種として使うリベラ・デル・ドゥエロを、フランスワインを伝統的に価値判断の基準としてきたアングロ・サクソン系評論家が高く評価したのは当然なのである。
※スペイン最高のワインとして知られるベガ・シシリア。これはリベラ・デル・ドゥエロの代表とみなすべきか、それとも例外とみなすべきか。しかしベガ・シシリアの神話的名声なくしてリベラ・デル・ドゥエロの現在はなかった。

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リベラ・デル・ドゥエロから西に120キロほど行ったところにあるトロ。ローマ以前の紀元前にギリシャ人がワイン造りを持ち込んでから連綿と続く歴史の長い産地である。中世から近世にかけての名声も高く、ワインは各地に運ばれていたという。1505年にはトロでワイン法が制定されるのだが(ワイン法としては恐ろしく早い時期だ!)、当時それだけトロのワインが重要だったからだ。トロの町に行くとかつてワイン生産者のセラーだった建物が多く並んでいるし、町としても活気があり、滞在する上ではリベラ・デル・ドゥエロの村々よりずっと楽しい。ヨーロッパでは極めて珍しくもフィロキセラの被害に遭わなかったため、19世紀末にはフランスにも輸出されて大変に繁栄した。しかし第二次大戦後には忘れられ、しばらく不遇の時代を過ごすが、70年代からリバイバルの動きが生まれて、87年にはDOに認定された。とはいえトロが現在のように世界中で知られる主要ワインの仲間入りをしたのはそんなに昔のことではない。

トロはリベラ・デル・ドゥエロより産地としての標高が低いせいもあって重心が低い。畑が平地ゆえに、そして垂直性の権化のようなカベルネ・ソーヴィニヨンが含まれずティンタ・デ・トロ単一、もしくはガルナッチャ(水平的で重心が低い品種だ)とのブレンドゆえに、味の形状がより水平的だ。平地の畑ゆえ流速も遅い。降水量は大差ないようだが(収穫月9月の降水量はトロのほうが多い)、気温は大きく異なり、7月8月9月の数値を比較するなら、アランダ・デ・ドゥエロ(リベラ・デル・ドゥエロの中心にある町)で29度、29度、24度なのに対して、トロでは31度、30度、25度。トロのほうがアルコール感が強く、酸が低く、まったりとして、より南国的で外向的である。ドゥエロ川沿いの比較的近隣の畑のテンプラニーリョ系品種で造られるワインという点ではトロとリベラ・デル・ドゥエロは似ていて当然なのに、実際は対極的なタイプのワインである。それこそリベラ・デル・ドゥエロが北ローヌならトロは南ローヌといった違いだ。

トロならではの特質は自根である。先述したように、トロはフィロキセラ害に遭っていない。砂質土壌と高温・乾燥ゆえ、土の中にフィロキセラが住めないのだ。実際はフィロキセラがいることはいると聞いたが、なぜか他産地や他国と異なり生命力が弱いタイプで、大増殖して猛威となることがないらしい。スペインではあちらこちらに自根のブドウが生き残っているとはいえ、トロは産地全体として基本的に自根だという点でヨーロッパでは貴重な存在だ。
※トロの畑。自根の古木が今も残っている。
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自根の何がよいか。それは下方垂直性、安定感、陰影感である。トロは水平的な広がりがあるワインだが、自根によって足がしっかりと地面に食い込んでいるかのような味となる。そうでなければフルーティでパワフルなだけの表層的なワインになっただろう。リベラ・デル・ドゥエロがフォーマルなパーティでの気の利いた会話なら、トロは縁側で庭を見ながら交わすじっくりとした会話である。

もうお分かりのように、トロはこうした一連の性質ゆえに、前記のスペイン料理との相性が素晴らしい。リベラ・デル・ドゥエロがしばしばコート・ド・ニュイ的またボルドー的(パーカーのペトリュースの譬えでもヒュー・ジョンソンのラトゥールの譬えでもなく、私はサンテミリオンのコートだと思うにせよ)な側面を強く見せるのに対して、トロにフランス性は感じない。フランス的なスカしたクールな味がしない。地味だが滋味深い、健全に保守的で懐の広い、温かいワインである。このローカル性こそが、そしてその内容を思えば驚くべき低価格が、スペイン料理が日常食のひとつとなった現代の日本において、トロが必要不可欠なワインとして位置づけられる理由であろう。

ワインはいろいろな楽しみ方ができる。しかしハイキングにタキシードを着る人はいないように、ワインだけ抜き出して評価しても目的・文脈と合致しなければ意味がない。リベラ・デル・ドゥエロとトロは、かくも近接した産地ながら、かくも好対照な魅力を備える、これ以上ないほどおもしろくおいしいワインたちである。

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