コラム 2016.01.10

【オーストリアのワイナリー】ヴァッハウの本当のポテンシャル「ライナー・ウェス」

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※ヴァッハウとの境界にあるクレムスタルのファッフェンベルク畑。土壌は片麻岩。前方からひんやりとした風が吹いてくる。

ライナー・ウェス

ヴァッハウ初体験の15年前、その中心的生産者のひとつ、ドメーネ・ヴァッハウ協同組合を訪ねた。その当時、2000年から2003年に醸造長を務めたのがライナー・ウェスだった。彼の作り出すワインは繊細なディティール感、優しさ、透明感があり、静かで涼しげな情熱が感じられた。彼の並外れた才能は明らかだった。

 ヴィエヴィヌム等のサロンで彼とは何度も会い、ワインをテイスティングしてきたが、彼の醸造所を訪問したのは今回が初めてだ。場所はクレムスの町はずれにある、かつてのヴィルヘリング修道院のセラー。ドメーネ・ヴァッハウを辞職したあとヴァッハウのウンター・ロイベンに彼曰く‘ガレージワイナリー’を創業するが、事業は順調に発展し、2010年にここに本拠を移したそうだ。

 彼のワインのスタイルは、自身の言葉を借りるなら、「ビッグなワインを造りたくないが、オーストリアで最もエレガントなワインを造りたい」。「辛口ワインには過熟ブドウや貴腐ブドウを使わない」というのもそのためだ。

※ライナー・ウェスは1968年生まれ。実家はウィーン南部でホイリゲを営んでいた。

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ヴァッハウを代表としてドナウ川沿岸地域ではそういった糖度の高いブドウを辛口に仕上げてアルコール度数を上げたパワフルなタイプのワインが目立つ。日本でも高名な銘柄の高価なワインにはこういったものが多い。

その分かりやすい味が世界じゅうで評価され、ヴァッハウ、またオーストリアワイン全体の地位を上げたことは否定できない。しかし過熟や貴腐のブドウを使って辛口にしたワインは味わいが粘り、アルコールや果実味に隠されてミネラル感が失われ、酸が重たくなって、オーストリアに期待したい抜けのよさに欠ける傾向にある。ライナー・ヴェスのワインは、まさにその反対だ。

 もうひとつの特徴は、「破砕するが除梗しない」こと。「除梗しなければ澱が少なくなり、よりきれいな発酵ができ、ワインがエレガントになる。パワフルなワインを造りたい人は除梗する」。除梗せずにスキンコンタクトすれば果梗のタンニンが抽出されて苦くなるのではないかと思うが、「スキンコンタクト中の温度は5度から最大でも10度で発酵は始まらず、アルコールが存在しない果汁の中ではタンニンは抽出されない」。スキンコンタクトは8時間から10時間ほどで、朝にブドウを収穫して夕方に圧搾する。

 発酵は1000、 2600、 4100リットル容量を大樽で行い、グリューナー・ヴェルトリーナーにはアカシアを使い、リースリングにはアカシアとオークの両方を使う。構造をもたらすべくフリーランのみではなくプレスを入れるが、その量は20%以下。こうした技法の積み重ねが、彼のワインの間然とするところのない調和を生み出す。

※セラーの中は極めて清潔で、どこを見てもぴしっとしている。ライナー・ヴェスのワインの味にそれが反映している。

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基本的にライナー・ウェスはネゴシアンであり、自社畑は1・5ヘクタールしかない。7ヘクタールは賃借であり、残りは買いブドウで、総計15ヘクタール分のブドウからワインを造る。自社畑のうち1ヘクタールはヴァッハウの高名なロイベンベルクのリースリングであり、同名のワインの中に使用される。確かにそのワインは数あるキュヴェの中でも傑出している。クレムスのピノ・ノワールの畑を一昨年購入したそうで、土壌はレス、スレート、石灰。これは期待が高まる。

 除草剤まみれの畑ばかりのヴァッハウだが、ライナー・ウェスの自社畑では実質的にオーガニック栽培を行っている。そればかりか契約畑でさえ、「極力除草剤を使用していない畑を選ぶ」。どうりで彼のワインは酸がイキイキして、ミネラル感にあふれているわけだ。反除草剤という問題意識の点でも、彼と私は意見が合う。オーストリアの他の産地では除草剤使用はいけないというのはほぼ常識だが、ヴァッハウはあまりに商業的に成功しているせいか、意識が低い。ポテンシャル的にはとてつもなく偉大な産地なのに、その本当の実力が発揮されないワインが多すぎる。オーストリアワインを知るほどに、このことがもどかしくてならず、だから私はヴァッハウを滅多に訪問しない。だから少なくとも現状では、ヴァッハウをオーストリアの代表産地とか最高の産地という一般的な言い方には真っ向反対したい。除草剤の問題もあるし、ワインのスタイルの問題でもある。

 ライナー・ウェスはベーシックなワインからしてまさにエレガントで、かつ「テイスティングのためではなく飲むためのワイン」らしい味がする。安くておいしいヴァッハウ・リースリングとグリューナー・ヴェルトリーナーを探すなら、初心者にとってそれらは基本の味だと思っている。

冷涼系オーストリアワインファンのために勧めたいのは、クレムスタールのファッフェンベルクのリースリングとグリューナー・ヴェルトリーナーだ。谷間を抜ける冷たい風の影響で香りは実にクール。ビシッとした硬質なミネラルと、飲みなれない人は驚くほどの高い酸。これこそドナウ渓谷ならではの素晴らしい味(1970年代のワインとか、まさにこうだった)だと個人的には思っている。だからクレムス協同組合であれ、クノールであれ、ファンフェンベルクは常にこのエリアで一番好きな畑のひとつなのだが、中でもやはりライナー・ヴェスのワインの引き締まった垂直性と華やいだ香りのバランスが好きだ。

 ここには別格的なワインがひとつある。上級オーストリアワインマニアなら飲んでおかねばならない、ヴァインツィアルベルク・ヴルツレヒト・グリューナー・ヴェルトリーナーだ。ヴルツレヒト、すなわち自根。長年オーストリアワインとは付き合いがあるし、クレムスタルにはあとひとつ有名な自根ワインがあるとはいえ、実際にオーストリアの自根ワインを飲むのは(ハイブリッド系品種以外)初めてだ。そもそもこのワインは生産本数800本しかなく、容易に表に出てこない。このダークなミネラルの力強さ(一般的に言われるアルコール的パワフルさとは別の、地中に引きずりこまれるかのような力)に首根っこを掴まれるかのような陰惨でサディスティックと言いたくなるほど極端な味のワインは、好き嫌いが大きく分かれるに決まっているとはいえ、やはりオーストリアならではの高貴さとライナー・ヴェスならではの洗練があり、であるがゆえになおさら空恐ろしく、オーストリアワインファンに戦慄と陶酔を同時に与える傑作である。<田中克幸>

カンプタール、淀みのないワイン表現「ハーガー・マティアス」に続く

 

 

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