コラム 2017.07.06

プリオラート

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 プリオラートはリオハと並ぶスペイン最上級格付け、DOQの産地です。両者はずいぶんと異なり、19世紀以来の名声が連綿として続く産地リオハと比べ、プリオラートは新興産地と言っていい存在です。中世にはスカラ・デイ修道院によるワイン造りが行われていたとはいえ、長らくは協同組合による安価なワインの生産が主流で、国際的に注目されて有名になったのは1990年代以降です。

 それなりに年季の入ったワインファンなら1990年代半ばから終わりごろのプリオラート・ブームは記憶されているでしょう。そしてその頃プリオラートを飲んで、濃くて強くて樽が強い、という印象を持たれ、以来飲んでいないという方も多いようです。今回の会でもプリオラートを飲んだことがあるという方のほうが少数派でしたし、飲んだ方のひとりも決してポジティブではない記憶を持たれていました。正直、私も決していい印象を持っていませんでした。一番好きだったプリオラートは、現代に入ってからの最初のワイナリーの最初の作品、スカラ・デイの1974年だったというぐらいで、皆が騒ぐあれやこれやは、特に値段を思えばいまひとつに思えました。

 スペインに特に興味がなければ、プリオラートを飲む機会は決して多くないでしょう。家庭用に気軽に買える値段ではありませんし、巷のスペインバルで飲むにも高価すぎますし、プリオラートが似合う高級スペイン料理店は極めて数が少ないですし、どんな料理に合わせて飲むものなのか判断できません。というわけでプリオラートという名前を聞いたことがない人はいませんが、名前だけで終わっているのが普通です。しかたないとはいえ、実体がどういうものなのか知らないままに噂が飛び交う状況は健全ではありません。

 確かにプリオラートは高価なワインです。ブドウ畑の値段はヘクタール当たり千数百万円と、リベラ・デル・デュエロと並んでスペインでは最も高いようです。数十年前までは打ち捨てられていたような畑が今では宝の山。それだけ世の中ではプリオラートの人気が高く、高値でも売れるため、次々と外部から投資が進み、新しいワイナリーが多く誕生しています。90年代の一過性ブームかと思いきや、以来ますますステイタスが上がっているようです。

そんなにいいワインなのか。そこでプリオラートに行ってみると、すごくおいしいではありませんか!ちゃんと高いワインに味がします。当たり前だと言われてしまいそうです。私の経験が偏っていたのでしょうか。そこで持ち帰ってきたワインを会にご参加の皆さんに飲んでいただくと、「プリオラートってこんなに甘かったんだ!」、「今まで飲んだワインとは違う!」と。プリオラートは進歩しているのです。

 

 今回お出ししたワイン(どれも未輸入)は4つに区分できます。ひとつは元祖スカラ・デイ。第二は協同組合系。第三は国際品種ブレンド系。第四は地場品種こだわり系です。

 一番人気があったのは、最近オーガニックに転換しはじめて品質が向上したスカラ・デイの、ガルナッチャのロゼです。プリオラートといえば赤ワインが普通ですから、ロゼを飲んだことがある人は少ないでしょう。しかしこれは恐るべき完成度。姿形の美しさ、抜けのよさ、伸び、気品が圧倒的です。スカラ・デイの畑は石灰岩の山モンサンの麓で、一部の畑は例外的に石灰岩土壌です。プリオラート=リコレジャ(粘板岩やシスト)土壌とは言い切れないのです。そしてこのロゼは石灰岩の畑からできています。味の形や気配からして、他のプリオラートは別ジャンルのワイン、完全に方向性の違うワインだと言うしかありません。中世の修道院は“修道院が造るべきワイン”を造っていたのだろうな、やはり彼らは最上の場所からワインを造っていたのだろうな、というのが参加者の方々の感想でした。

 この結論は、ある意味、困ったものです。これが最もいいと言うなら、他のプリオラートはどうなるのか。昔よりは遥かに全体的なレベルが向上しているとはいえ、スカラ・デイとその他のあいだに横たわる根本的な差異はいかんともしがたいのです。それを単一尺度のよしあしで見てしまっていいのか。そもそもこのワインは輸出されません。スカラ・デイのセラードアでしか売っていない、と言われました。それもまた、困ったものです。。。。。

 協同組合系ワインは、Maritxell ParrejaのNita。これは協同組合のブランドではなく、中身は実はグラタヨップス協同組合のワインを買ってきてうまくブレンドしたものです。標高が低いところから高いところまで(だいたい200メートル台から600メートル台だと思います)の畑のブレンドですから、味わいに多面性と垂直的な構築性があります。ひとつの畑のひとつの品種からだけでは、なかなかこのような垂直性は表現できません。

 このワインも人気でした。クオリティーは明らかに高く、上品ですが、肩肘張ったところがなく、普段の食卓に違和感なく溶け込む節度がある。そして生産者のセンスのよさが伝わるバランスのよさとチャーミングさがあり、飲み飽きしません。積極的な意味で“普通のワイン”のハイセンス版といった趣です。

 1990年代にプリオラートを再発見、再定義したかの“4人組”以前のプリオラートは協同組合ワインが主流でした。以降協同組合は崩壊したと言われていますが、このNitaのような素晴らしいワインが出来るなら、協同組合を無条件的に否定するわけにはいきません。

 ちなみに以前このブログでプリオラートのバルの写真を載せました。バーカウンターの端に写っているグラスワイン用の瓶の一番左にあるのが、このNitaです。地元消費用としてふさわしい性質と価格であることの証明です。

 国際品種ブレンド系は、Hidalgo Albertです。セカンドワインであるFinaはガルナッチャ50%、シラー30%、メルロとカベルネ・ソーヴィニヨン計15%、カベルネ・フラン5%。1270 A Vuitはガルナッチャ40%、カリニェーナ10%、カベルネ・ソーヴィニヨン20%、シラー20%、メルロ10%と、地場品種比率は半分でしかありません。アンダルシア出身のオーナーはもともとタラゴナのワイン商で、自分でもワインを造りたくなってプリオラートに移り住み、ブドウを自ら植えました(ですからすべての樹は若木)。つまり彼の理想とする味を表現するための品種構成だと言えます。

クオリティーは見事です。オーガニックのよさが出ています。特にこれだけ多くの品種を使っていながら、味の形に凹凸がなく、垂直的な階層のあいだに密度や大きさのギャップを感じさせない統一性をつくりだしている点は見事です。これはそう簡単に実現できる特性ではありません。個人的にはFinaは2014年のクロ・ドラに、1270は往年のベガ・シシリアに似ていると思います。彼はワイン商としての経験からいろいろなグラン・ヴァンを飲んでいるわけで、そこに共通する特性をしっかりと理解しているのでしょう。それにしても、実際に実現できてしまうのは天才の技です。

これはプリオラートではない、という意見も出されました。地場品種の個性という側面から観察すれば、確かにプリオラートらしくはありません。しかしこの完成度の高い味わいはプリオラートだからこそ、偉大なテロワールだからこそ実現できたのではないかとも言えます。新興産地としてプリオラートを見るなら、ここではこの品種でなければならない、と、あまりに原理主義的に拘束するのは将来の発展の芽を摘むことにもなります。

思い出していただきたいのは、プロヴァンス最初のAOCになったカシーです。カシーはプロヴァンス最上の白ワインのひとつだということに異論がある人は少ないでしょう。しかしカシーはフィロキセラ前にはミュスカの甘口の産地であり、いったん滅んだあと、どんな品種を植えればいいかを考え直したわけです。だからカシーでは、ソーヴィニヨン・ブランとかコロンバールとかマルサンヌとか、プロヴァンスの伝統とは関係のない品種が植えられています。それが成功したから、現在に続く名声があるのです。それはベガ・シシリアに対しても言えることです。リベラ・デル・デュエロの地場品種は本来はカベルネではないからダメだと言ってしまえば、ベガ・シシリアそのものが存在できません。それでいいでしょうか。誰がなんと言おうとベガ・シシリアは世界最高のワインのひとつです。結果がいいものが正しいものである、というフレキシブルな視点は重要です。

もちろん、カベルネ・ソーヴィニヨンやメルロをリコレージャの斜面に植えたら渇水ストレスが大きすぎて灌漑するはめになるでしょう。実際に灌漑している畑もよく見かけます。しかしプリオラートには土が深い谷間もあります。そういう畑にガルナッチャを植えてもよい結果は出ません。これはキャンティの例えが分かりやすいでしょう。キャンティの丘にも粘土質の平地は存在するわけで、そこにサンジョベーゼを植えて薄くてまずいワインを造るのと、そこにボルドー品種を植えて素晴らしいワインを造るのと、どちらが自然の生かし方として正しいか(商売としては言うまでもなく)。「地所の中のふさわしい場所にふさわしい品種を植えるのが正しい」。かのカルロ・フェリーニの言葉を思い出します。

 

地場品種こだわり系は、Nin-Ortizです。ニコラ・ジョリー率いるルネサンス・デ・ザペラシオンに加わっている生産者です。これは典型的・理念的な現代プリオラートだと言えるでしょう。品種はカリニェーナ、ガルナッチャ、ガルナッチャ・ペルーダ。標高の高い畑でのビオディナミ栽培。低アルコールと高めの酸。ひとつのキュヴェはアンフォラ発酵、亜硫酸無添加。いかにも。

パワー感は素晴らしい。凝縮度の高さもすごい。気合十分です。しかし形がいびつ。味の飛翔感、ほぐれ感がなく、力がまだ混沌の中にうごめいていて、どこにフォーカスしていいのか分からないような状態。新興産地の新進ワインならではのドラマです。そこを味わうものです。それでも、何かが違う、というもどかしさから脱することができません。

Nin-Ortizは白ワインを造っています。アペラシオンはプリオラートですが、実は中身は非認可品種カリニェーナ・ブランカです。このダークで強引な味は大変におもしろいものがあります。このワインを、彼らのプレステージキュヴェである赤ワインNit de Ninに1%ほど加えると、両者に共通する強引さや圧迫感や閉塞感が一気に解消され、バイブレーションと広がりと抜けが表現されるようになりました。参加者全員が、そのほうがずっとおいしいと思いました。

これまた困ったことです。そもそもカリニェーナ・ブランカは認可されていませんし、白と赤を混ぜたほうがいいなどとは誰も言いませんし、ワインは実際にはほとんど存在しません。白が最初から含まれているプリオラートの赤ワインはFredi TorresのClassicぐらいしか知りません。

ようするに、プリオラートはこれからの伸びしろが大きい、未完の偉大な産地なのです。プリオラートはこうあるべし、と一義的に規定し、よしあしの判断をするのはまだ早い。だからプリオラートをいろいろと味わい、いろいろと考えることが楽しいのです。

田中克幸氏のブログはコチラ

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