コラム 2016.07.20

気軽に楽しんでほしいザンクト・マグダレナー プロナーホフ

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※クラシコ地区の優位性を熱心に語ってくれたオーナーのシモン・ガイヤーさん。ワイナリーは祖母の両親が創業。

 フィロキセラと南チロルのイタリア化、そして近年の白ワイン重視策によってこの地が大きく変貌する以前は、南チロルを代表するブドウはヴェルナッチであった。いまでもヴェルナッチは南チロルの総栽培面積5300ヘクタールのうち846ヘクタールを占めて一位だ。ヴェルナッチのワインの中でも特別な地位にあり続けるいわばクリュがザンクト・マグダレナーである。南チロルのDOCGの名にふさわしいワインは、その中でも歴史的な小地区ザンクト・マグダレナー・クラシコ以外はありえないと、個人的には思っている。

しかしヴェルナッチの人気は低い。先日素晴らしいザンクト・マグダレナーを造るある生産者が来日した時の試飲会でも、他品種のワインばかりが出展されていた。どうして持ってこないのかと聞くと、「自分たちで飲むから」。多くの人がこの品種のワインを、外に出すものではなく、地元消費的な日用品だととらえて格下に見ている。だから栽培面積も低下し、ブルゴーニュ4品種を合算するなら、南チロルはブルゴーニュ品種ワインの産地ということに既になっている。ザンクト・マグダレナーでさえ、1978年には456ヘクタールあったものが、2011年には224ヘクタールに減少してしまった。私は過去十数年、ヴェルナッチこそが南チロルの基本的地場品種なのであって、国際品種ばかりに重きを置く現状はよくないと言い続けてきたが、日本に数十万人はいるだろうイタリアワインファンのあいだでさえヴェルナッチ支持者というのはあまり聞いたことがなく、ファン層の厚みといったらラグレインやボナルダ以下なのは当然として、ティントーレやススマニエッロ以下ではないのかとさえ思う。それほど、見かけることがない。

理由は容易に想像できる。ヴェルナッチのワインは、色も薄くタンニンもなければ酸もない。パワフルなわかりやすい味とは違う。よい赤ワインの評価基準が濃厚な色とがっしりとしたタンニンとびしっとした酸なら、つまりカベルネ・ソーヴィニヨン的なものなら、対極にあるヴェルナッチはよくないワインということになる。世の中の多くの人が赤ワインに期待するものは得られない。

ヴェルナッチのワインは、滋味深いチャーミングさや淡々とした品のよさが取り柄だ。日本の多くのイタリア料理店のカジュアルわいわい系のノリとは違う。ノイズの中では埋没して、味のないワインになってしまうだろう。しかし同じ傾向のシチリアのフラッパートは人気が高いではないか、と言われるかもしれない。

そもそも多くのイタリア料理店ではトマト系、中部以南的味が多いのであって、シチリアの出番はあっても、トマトとは無縁の南チロルのワインの出番はほとんどない。グーラーシュやスペック入りクヌーデルのような南チロル料理を普通に提供する店など無きに等しい。出してもイタリア料理だとは思われないだろう。ふさわしい文脈はむしろオーストリア料理店なのだが、これまた無きに等しい。オーストリア料理の多くには旧ハンガリーであるミッテルブルゲンランドやアイゼンベルクのパワフルなブラウフレンキッシュよりヴェルナッチのほうが合うのではないか。実際南チロルがオーストリアだった頃はそうして楽しまれていたはずだし、今でもウィーンのワインショップに行くときちんとヴェルナッチのワインが置かれていて嬉しく思うのだが、そのことを理解して家庭で楽しんでいる人は、オーストリアワインのコアなファンの中でさえ少ない。

ザンクト・マグダレナー・クラシコでさえ値段は安い。日本でも3000円以下だろう。ステイタス性のある(知っている人には、だが)ワインとしては破格のお値打ちだ。しかし1000円台のモンテプルチアーノは安くて濃いから売れ、1万円台のブルネッロやバローロはブランドで売れるとしても、ザンクト・マグダレナー・クラシコはどちらのカテゴリーにも属さない。ま、そんなものさ、とふてくされてみようか。

※ペルゴラ仕立てのヴェルナッチ。除草剤を使わない畑。2012年以降は害虫ヴィネガー・フライとの闘いが大変らしい。

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さて、ザンクト・マグダレナーはヴェルナッチの代表的なアペラシオンだが、ヴェルナッチ100%とは限らない。規定では85%以上がヴェルナッチでなければならず、残りはラグレインだ。両者はだいたい混植されており、9対1程度の比率が普通のようだ。ラグレインは色、タンニン、酸ともにヴェルナッチより強いため、両者を混ぜるとヴェルナッチのふんわり感に適度な構造を与えて、よりコンプリートな味になる。

ザンクト・マグダレナーにはクラシコと、単なるザンクト・マグダレナーがある。前者は約100ヘクタール、後者は約120ヘクタールだ。クラシコはボルツァーノの東北にある丘の南向き斜面。どう見てもよい場所である。ボルツァーノに宿をとれば毎日幹線道路A22沿いに広がる畑の前を何度か通ることになり、朝も夕も、他が山影に入る時間でさえ、ザンクト・マグダレナー・クラシコの南に突き出た丘が太陽を浴びてまぶしく光っている姿を目にする。だからクラシコは朗らかな味がする。単なるザンクト・マグダレナーとはスケール感が違う。

※ザンクト・マグダレナー・クラシコの土はモレーン。氷河が運んだ砂や礫が厚く堆積している。

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クラシコの中でも斜面が急で、一番突き出た部分が、ザンクト・マグダレナー教会のある丘だ。他のエリアは背後の山とより一体化しているが、これは比較的独立したモレーンの丘。こここそが中心地であることは名前からも地形からも分かる。その丘の東側頂上部に2・5ヘクタールの畑を所有するのが、プロナーホフである。オーナーであるシモン・ガイヤーさんは、「クラシコの独立生産者は10人台前半で、ザンクト・マグダレナー教会の丘の畑の所有者はたぶん7人しかいない」と言う。中でも東側頂上部のワインは、その方位と標高から想像できる通り、最も上品な味となる。地球温暖化のせいか、ザンクト・マグダレナー・クラシコ全体にアルコール感が強まり、かつてのチャーミングさが失われてきたと思われるなら、ねらい目は東側斜面のワインである。

プロナーホフは「認証はないが、やっていることはオーガニック」だと言う。それは畑を見て、ワインを飲んでみれば分かる。このバランス感、スキのないまとまり、のびやかさ、広がり、気品。クラシコならではの美点を十全に楽しむことができる。加えて酸と香りの軽やかさは畑の立地がもたらす特質だ。彼が造るヴェルナッチ単一品種ワイン、ラウリンの可憐なイチゴっぽさも素敵だし、ラグレイン単一品種ワイン、ラグラレーナの、この品種としては例外的なソフトさもいい。どちらも、よいテロワールを感じさせる。しかしザンクト・マグダレナー・クラシコはやはり別格だ。改めてこのワインこそが南チロルのグラン・クリュだということを確認した。

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