コラム 2016.01.10

【オーストリアのワイナリー】音楽の街で奏でられる葡萄「ペーター・ウーラー」

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ペーター・ウーラー

 ペーター・ウーラーのワイン、ウィーナー・ゲミシュター・サッツを始めて飲んだのは一昨年、ウィーンでよく宿泊するホテルの並びにあるカジュアルなレストランで、だ。他の生産者のワインもテイスティングしたが、彼のワインの傑出した芸術性の前ではすべてがかすんだ。それはまるでハイドンのように無駄なくリズミカルで、モーツァルトのように流麗な透明感があり、ヨハン・シュトラウスのように楽しく心地よかった。

 ペーターの本職がヴァイオリニストだと聞いて、納得するしかなかった。ウィーン出身の彼は趣味が高じて、2001年に自分でワインを造りはじめた。正式な勉強はしたことがなく、すべて独学。週末に試行錯誤で2.5ヘクタールの畑を手入れし、ワインを仕込んだ。収穫にはオーケストラの仲間が来て手伝ってくれた。今でも収穫以外のすべての仕事はひとりで行う。

※奥さんの作ったウィーナー・シュニッツェルと共に飲んだ、ペーター・ウーラーとフランツ・マイヤーのワイン。マイヤーの2014年のリースリングは傑作。

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 しかしワインは素人の趣味どころか、現在のウィーナー・ゲミシュター・サッツの頂点にあるとさえ言える。実際、ミッテルベルク2014年は3つのワインコンクールで金賞を受賞。ウィーナー・ゲミシュター・サッツだけのコンクールでも、他の著名生産者を押しのけて一位に輝いた。ところがそれは生産本数1500本しかない。どこかで普通に買えるようなものではない。だから誰も知らない。ウィーンじゅうで「ペーター・ウーラー?誰だそれは」という話になった。

 彼の畑はハイリゲンシュタット、ニュスドルフ、グリンツィング、つまりウィーンの北の丘にある。ウィーンはすべて石灰だと思っていたが、ハイリゲンシュタットのミッテルベルクは石灰だけでなく黒っぽい粘板岩とロームもある土壌だという。だからだろうか、ワインの味が固くも冷たくもない。質感もキメ細やか。飲んでいて思わず笑みがこぼれるおいしさで、一位も当然だと思う。

そして栽培はずっとビオディナミ。他の国なら、ある種特別な人がビオディナミを採用することも多い。ひとりでは難しいからコンサルタントも活躍する。あれやこれやと理屈もうるさい人が多い。しかし彼は精神世界の人ではまったくなく、そもそも他業種の人で、それでもナチュラルにビオディナミ。すごいことだ。それもまた、シュタイナーの祖国であるオーストリアらしい。日本人がふつうにいけばなをしたり茶をたてたりするようなものか。

※この別荘の奥にブドウ畑がある。

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ところで今回ワイナリー(というか彼の夏の別荘)を訪問したら、日本人女性がいた。彼の音楽仲間のひとりだった。彼女が言うには、「いまはそうやっておいしいおいしいと言うけど、あなたに2001年のワインを飲ませたかったわよ。ワインが出来たと言って皆に披露してくれたのだけど、ひどい味で飲めたものではなかった」。だとすれば彼は今までひたすら精進したということだ。

いかに成功しても、これ以上増産するつもりはないと言う。一人ですることが大事なのだ、と。それはそうだろう。プラモデルを数人で組み立てても模型工作趣味ではない。結果は大事だが、過程も大事だ。ウーラーのワインが心を打つのは、それが一人の人間の全的な反映だからだ。それはモリッツもレーナーも同じだ。大組織で分業してワインを造っても、おいしいかもしれないが、それは誰のワインなのか。飲み手は個人であり、個人が手を取り合うことができるのは個人だけではないのか。そういう抽象的完成度とは別のところに、忘れてはいけないが忘れがちな本物のワインがある。そしてオーストリアでは、今まで見てきたように、たくさんの本物のワインが皆さんに発見されるのを待っている。<田中克幸>

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