※2000年に完成した現代的な建築のワイナリー。スティル・ワイ
メッツォコロナの町中で否応にも目立つ巨大なワイナリー、グルッポ・メッツァコロナ。1904年に設立されたイタリアでも最初期の協同組合であり、現在は1600人の構成員を擁し、ピノ・グリージョとシャルドネに関してはイタリア最大の生産量を誇る。生産本数はクラシコ製法のスパークリングが250万本、スティルに関してはトレンティーノ産が3千5百万本、シチリア産が5百万本、グループ総売上1億7470万ユーロと、途方もない。シチリアのワインはフェウド・アランチーニ、トレンティーノではロータリ、カステル・フィルミアン、メッツァコロナ等の複数のブランド名で売られるため、これらが同一組織で生産されるワインだとは判別できないかも知れない。興味深いのは、案内してくださったアジア・パシフック担当マネージャー、マッテオ・アポローニオさんの言葉、「イタリアでは会社ができてもすぐに潰れるので、他の国と違って、うちのように創業100年を超える企業は100社もない」。「うそだろう、トレンティーノだけの話ではないのか」。「いやイタリア全国で、だ。確かめた」。いまだに信じられないが、彼らは規模だけではなく歴史にも誇りを持っているということは理解した。
※町の両側に高い山が迫るトレンティーノらしい風景がワイナリーの
輸出先は60か国、日本市場はそのうち4番目の規模で、モトックスやサッポロ等4社に売る。「モトックスへは60万本、彼らの品質管理基準は知る限り最高で、ラベルの微細な皺や瓶の傷などへのチェックが厳しく、当初は戸惑うほどだったが、我々は品質とコストについて彼らから多くを学んだ。彼らは世界で最も信頼がおける会社だ」と、聞かずとも大絶賛。私など典型的なB型で、おいしければあとはどうでもいいじゃん、ラベルが斜めになっていたりするのもラテン的で味わいのうち、などと思ってしまうが、世界的大企業だとやはり見るところが違うのだと感心した。
※スティルワインだけで3500万本を生産する巨大な設備。800
メッツォコロナの谷は狭い。ワイナリーの眼前には標高1600メートルの山が迫り、反対側には2200メートルの山が聳える。石灰岩からなる急峻な山ゆえ、山肌が剥き出しで白い。「この白さが日光を反射して、実際の日照時間より以上の日照をブドウにもたらす。昼夜の気温差は大きく、15度にもなる」。彼らの造るワインを飲むと、内陸の産地ならではのぴしっとした酸は想像どおりだが、しっかりとした熟度のフルーティさが予想以上で驚くことになる。南チロルの内面に向き合うような厳しい味わいに慣れたあとだとなおさら、どれほど温かい味わいなのかがより分かるものだ。狭い谷=短い日照時間なはずで、この個性は不思議だと思っていたが、白い岩肌からの反射と聞いてやっと納得できた。
この地はトレントDOCの生産地区。日本ではフランチャコルタの影に隠れて知名度が低いが、イタリアにおけるクラシコ製法スパークリングワインの代表的存在だ。その始まりは1902年、シャンパーニュから製法を持ち帰ったジューリオ・フェッラーリによるもの。しかしフェッラーリに関しては私より皆さんのほうが詳しいだろうからこれ以上は蛇足になる。アペラシオン制定は1993年。今ではトレントDOC委員会には44軒のワイナリーが所属している。
個人的にはトレントDOCには期待している。フランチャコルタは素晴らしいワインだと思うが、いかんせん高価だ。ふさわしいシチュエーションは限られる。家庭で飲むならシャンパーニュと真正面から競うことになって、それでは残念ながらシャンパーニュの圧倒的なブランド力には勝てない。プロセッコは安価だが、記念日の乾杯用というノリではないし、製法も異なる。しかしトレントDOCは、シャンパーニュやフランチャコルタと同じ品種で同じ製法ながら、比較的お買い得価格。楽天で検索してみると、ロータリのアルペ・レジス・エキストラ・ブリュットで2800円台、アルペ・レジス・パ・ドゼで3200円台。これなら普通のレストランでも家庭でも使いやすい。フランチャコルタとトレントはどう違うのか、と尋ねると、「フランチャコルタよりトレントのほうが澱風味が少なく、よりフルーティ。フェッラーリも昔から澱っぽくないのが特徴だと思う」。それはカジュアルな場には、そして春夏にはふさわしい特性だ。
トレントDOCワインの中でベストはアルペ・レジス・パ・ドゼだ。単一年のワインで、シャルドネ100%、40%MLFを行い、60か月の熟成。もともとフルーティさが特徴の産地だから、ドザージュなしでもバランスがよく、そしてもちろんノン・ドゼならではのきびきびした硬質な味。飲んだあとの爽快な抜けのよさが、より高価なワインを含めてドザージュしたワインとは異なる次元だ。
※広いスペースにジロパレットが並ぶ。DOC規定では瓶熟成期間1
赤に関しては、テロルデゴ・ロタリアーノ・リゼルバがいい。大昔にテロルデゴを飲んで「青臭い、タンニンが粗い」と嫌いになった人は多いと思うが、いまやテロルデゴはきちんと熟してまろやか。内面の構造はしっかりしているが、当たりはソフトで、酸もすっきりしつつまろやかで、普通に優れた赤ワイン。そしてピノ・ノワールのDNAを明らかに感じる品のよさ。協同組合らしい肩に力の入らないさりげない造りだからこそ、テロルデゴの素直なおいしさが伝わってくる。
全ワインの中で個人的に一番好きなのはカステル・フィルミアン・ブランドのミューラー・トゥルガウ・スーペリオーレだ。これはメッツォコロナの東、山をひとつ越えたところにあるチェンブラの、標高650メートルから750メートルの高さにある畑から。南チロルでもミューラーの素晴らしさに感服したばかりだが、ここトレンティーノでも再び。石灰岩と斑岩の土壌がもたらす複雑で強靭なミネラル感と引き締まった酸と伸びのある香り。いいテロワールの味がする。こんなワインにここで出会えるとは思わなかった。
困ったことにカステル・フィルミアンはレストラン向けのブランドで、地元消費がメイン。小売りはワイナリー併設の直販所に限られるようだ。あいかわらず一番おいしいワインは地元で飲まれてしまう。協同組合が造る地元消費用のワインというのはある意味間違いがないし(へんなものを造ったら村八分だろう)、地に足のついた、欲のない、そして無理のない味がする。それがいいのだ。こうして書いているだけでまた飲みたくなった。
話は完全に横道にそれてしまうが、アポローニオさんはトリエステ出身。「おお、トリエステ!世界のコーヒーの首都!」と言うと、「前職はコーヒーのイリーの営業」。「イリーですか!あの酸が独特。ワインが好きなら、まして北のワインが好きなら、イリーでしょう!」。「しかしイリーの味はあまり理解されないから売るのに苦労した。コーヒーもワインも酸が大事だというのは自分にとっては常識だ。イリーはアラビカ種のみを使用するからあの酸が出る。ところがイタリアではエスプレッソの質をクレマの多さで判断する。クレマはロブスタ種をブレンドしたほうが出るから他社はそうしている」。「ああ、だから多くのイタリアのエスプレッソは泥臭いのか。私はこの地のコーヒーが好きだが、ウィーンのユリウス・マインルの豆を使っているところが多いから。高速のサーヴィス・エリアでさえユリウス・マインル。トリエステもオーストリアの影響が強い街だから、イリーもウィーンの味がする」。いや、これは無駄話ではない。旧オーストリア圏のワインもコーヒーも、自分にとっては同じ味がする。だから、オーストリアワインの味が好きなら、トレンティーノ・アルト・アディジェの味も好きに決まっている。この文脈において、ミューラー・トゥルガウが素晴らしいと言っているのだ。<田中克幸>