コラム 2016.07.11

中道のビオディナミ マニンコール

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※ボルツァーノから南に下り、カルテルン湖の手前にくると、左手にマニンコールの大きなサインが見える。湖は景勝地として名高く、周辺にはホテルも多いため、ワイナリーには観光客も多く訪れる。

 オーストリア貴族ヒエロムニス・マニンコールが1608年に皇帝から土地を与えられて以来続く歴史あるワイナリーである。マニンコールの孫娘が1662年に南チロルのエンツェンベルク家に嫁いでから両家の所有となり、1978年からは伯爵家の単独所有となる。マリア・テレジアの時代、カシアン・イグナツ・エンツェンベルクは、当時は湿地で病気が蔓延していたアディジェ渓谷南部の干拓を行い、農地拡大と住民の健康向上に対する多大な貢献によって1763年には南チロルにおけるオーストリア政府の代表を任じられ、翌年には伯爵の爵位を授けられた。現当主は子孫、ミヒャエル・ゲース=エンツェンベルク伯爵である。伯爵家なしには南チロルの農業も存在しなかったわけで、トレンティーノのゴンザガ侯爵家やトスカーナのアンティノーリ侯爵家やインチーザ・デラ・ロケッタ侯爵家と同じように、その地のワインを語る際には忘れてはならない名前である。その格式を考えればマニンコールは日本の高級イタリアンレストランの定番的地位を獲得していなければおかしいだろう。

歴史は長いが、商業ワイナリーとしてワインを販売するのは1969年から。それまでは協同組合にブドウを売っていたという。1991年に現当主が引き継ぐと、高品質化への取り組みをはじめ、ヴェルナッチが大半だった畑にいろいろな高貴品種を植える。2004年には極めてモダンな醸造所を建造。05年には所有するブドウ畑50ヘクタール(ほかにリンゴ畑が50ヘクタール)をビオディナミに転換し始め、09年には認証を取得している。

南チロルは大手がビオディナミ認証を取っているのが興味深い。ビオディナミ生産者のひとつの類型として「変人・仙人・アウトロー・ヒッピー」型があり、日本ではとりわけそのようなタイプがもてはやされるが、マニンコールはもちろんそうではない。本当にビオディナミが正しいと思い、それを広めたいなら、アンチテーゼとしてのビオディナミではなく、メインストリームとしてのビオディナミの重要性を考えるべきだ。つまり、極端なたとえ話で言うなら、高級住宅地の高級食品店で売られる一袋3000円の紅茶がビオディナミであったり、特殊な健康志向レストランの食材がビオディナミだとしても大した意味はないが、巨大牛丼チェーンの食材がすべてビオディナミだったらどれほど世の中に貢献し、地球と人類のためになることか。大手生産者がデメテール認証を取得していくという流れは大いに支持されねばならない。

※1608年当時の建物を残しつつ、醸造所は非常に現代的。赤ワインは(とくに高級ラインは)オーク桶で発酵。

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オーストリア人である伯爵夫人はもともと自然な良質の食品をバランスよく食べることで健康を保ち、病気を未然に防ぎ、もし病気になったらホメオパシー薬品で治癒するという考え方だったという。それを農業にあてはめたらどうなるか、と考え、当然のごとくビオディナミに行きついたのである。このような、ふつうなビオディナミ観が、いかにもオーストリア的だ。ルドルフ・シュタイナーの生まれ故郷オーストリアではビオディナミはアンチテーゼでもなければ特殊なヒッピー的ライフスタイルでもない。

※ワイナリーから、マニンコール畑と、その先にあるカルテルン湖を臨む。

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マニンコールの畑は南チロルの南部、カルテルン湖の周囲に点在する。湖の影響ゆえに気候が穏やかな土地だ。土壌は基本的には氷河が運んだ砂や粘土であり、石灰岩、斑岩、片麻岩、花崗岩の礫が混じる。450メートルと高い標高のマソン畑から造られるピノ・ネーロは相当に硬質で例外的だが、ワイナリーから湖に向かう緩やかな傾斜面、マニンコール畑から造られるボルドー品種主体のブレンド、カッシアーノは、まさにカルテルン湖エリアのテロワールを感じさせる、しなやかでゆったりした味わい。肩に力の入らない上品さはいかにも貴族のワインだし、どこか冷たくて距離感のある性格はいかにもオーストリア的。のめりこみすぎず、個人性を表現しすぎない抽象的な味のスタンスはボルドーにも似ている。とはいえ、オーストリアのワインはもっと開き直って明るいが、マニンコールの味はけっこうダークだ。それが南チロルらしくていい。

しかし上記のような個性をどこで生かすべきか。客観的な品質としては素晴らしいのに、家庭での用法に関してどうしてよいかわからず、私はここで一本もワインを買えなかった。やはり高級な創作系イタリア料理店の才能あるソムリエが扱うべきワインなのだろう。いや、買いたいワインはあった。当然ながら、カルテラーゼーのヴェルナッチだ。湖の近くのヴェルナッチはやさしい味わいで使い勝手がよいものだし、以前ウィーンのヴィエヴィヌムでマニンコールのヴェルナッチを飲んだからこそ訪問したくなったのだ。しかし売り切れ。次のヴィンテージは発酵が終わったばかり。だから今回はテイスティングさえしていないが、マニンコールから一本選ぶならまずはヴェルナッチだということは、過去の経験から断言できる。<田中克幸>

※氷河によって運ばれた石灰岩や斑岩や花崗岩といったいろいろな種類の礫が畑を覆う。カベルネやメルロが植えられているマニンコール畑で。

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