コラム 2018.01.20

アルザス Maison Lissner

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▲ピアノを弾く当主のブルーノ・シュローゲルさん。
 アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムのリーダーと言っていいドメーヌである。実際、当主ブルーノ・シュローゲルさんはヴォルクスハイム村の栽培家組合会長だ。オーガニック栽培を実践するアグロノミストにして公認会計士でもある彼ほど、その立場にふさわしい人もいないだろう。

 ワイナリーに行くと、ずいぶんと広い部屋に通された。テイスティング・ルームなのだが、まるで100人収容の宴会場のようだ。壁にはいろいろな写真や絵がかけられている。ブルーノさんは「ここはワインのためだけに作ったのではない。文化プラスワインのためだ」。ふと見ると、部屋に置かれたグランド・ピアノはベヒシュタインだ。かつてリストやドビュッシーが絶賛したドイツ最高のピアノ、それも19世紀末に作られた黄金時代のものである。「ベヒシュタインではないですか!」と驚くと、さらっと弾いてみせてくれた。私のような完全な門外漢にはベヒシュタインのキーを叩く機会などない。恐る恐る、しかし興奮して音を出してみると、衝撃的なほどタッチが軽い。かつ高音域がチェンバロのようにくっきりして、スピーカーの表現に譬えるなら、音離れがいい。弦の振動をフレームに響かせずに、音量を犠牲にしても透明度、立ち上がり、純粋性を求めたのがベヒシュタインだとされるが、こういうことだったのか、と初めて経験させてもらった。
 リスネールのアルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイム・リースリングは、まさにベヒシュタインの音色のようなものである。極めて辛口に仕上げられたワインは、硬質な輝きとアタックのスピード感があり、オーガニック栽培される畑の個性をそのまま提示し、ミニマルなSO2添加と無濾過によって自然の複雑さやエネルギー感が保たれている。ベヒシュタインの音とリースリングの味の同一性を見て、このドメーヌの精神を確認した。すべてが透徹した彼の思想・美学のもとにコントロールされている。恐ろしく完成度が高い、知的なワイン。時に息が詰まるほどだ。

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▲以前は村の中心部にワイナリーがあったが、3年ほど前に村はずれに移転。

そこで私はブルーノさんに言った、「客観的には非の打ちどころのないワインです。しかしどこか人間の意志が自然を制御しようとしすぎているかのように感じなくもない。問題の所在がどこにあるかを考えていたのですが、それは栽培ではないのか。ワイヤー整枝法はブドウの磔刑のようです。現在の方法では自然なのびのび感と寛ぎ感は出ない。私はチリのマウレで通常通りに栽培されたパイスと林の中に自生するパイスのワインを比較試飲して以来、それが気になってしかたない。普通ならその点に気づかされないが、あなたのワインは徹底的に磨き上げられているがゆえに、わずかな問題的でもその所在が浮き彫りになってしまう」。普通ならこんなことを言ったら、バッカじゃねえの、と笑われて終わりですが、ブルーノさんの答えは意外なものだった。
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▲棒仕立てにする新しく植えた畑。自然の生態系をそのまま維持し、一見畑だか空き地だか分からない。

 「私もそう思っている。実際、新しく植栽した畑では棒仕立てにするつもりだし、さらには実験として所有地の中にある木立のすみにブドウを植えて、木にブドウを這わせてそのまま伸ばそうと思う。その木はオリーヴのように背が低いからブドウもひたすら上へと育つわけでもないし、日陰にもならない。まあINAOが許可するかどうか」。私だけがこの問題を考えているわけではないと知って嬉しかった。私は、「それは実験で、木立は畑ではないのだから、庭に観賞用のブドウを植えたという形にすればINAO対策になるはず。実験をそうして弁解している生産者は他にもいます」。
 現状でもこの問題には意識的に取り組んでいる。夏に撮影された畑の写真を見ると、枝を伸ばしっぱなしにしている。樹高はびっくりするぐらい高い。「みな夏季剪定をするから熟度が上がりすぎてしまう。そうすると辛口ワインに仕上げれば未熟な味がするし、完熟させれば甘口になるという、今のアルザスに一般的なジレンマに陥る」。ブドウの実に直射日光があまり当たらなければ香りの清冽さも得られるはずだ。「夏に樹が大きく育てばブドウの房は日陰になる。野生ブドウの育ち方を見て考えればいい。他の人たちは葉を落としすぎだ。なぜ葉を落とさねばならないかといえば、収量が多すぎてカビが生えやすくなるからだ」。リスネールのブドウのように実が小さく、数も少なければ、確かにカビの生えようがないだろう。
 一緒に畑に行くと、さすがに栽培者組合会長らしく、他の人たちの畑の状態が気になってしかたないようすだ。「ほら、見てみろ、12月になってもいないのに剪定を終えてしまっている。樹液が下りないうちに剪定するのは間違っている」。「それはアルザスだけの話でもブドウだけの話でもなく、ある種の常識でしょう?」。「その常識が分からない人が多い。なぜなにをするのかわかっていないまま仕事している。しかし村の隣人に面と向かって、お前は間違っているとは言えない。小さな村だから皆と仲良くしないといけない。相手を立てながら、あなたはどうして今剪定するのですか、と聞かないと。すると答えは、セラーの仕事もひと段落してクリスマス休暇前にすることがないから、と。することがないって、いったいなんだ。本でも読めばいい。ひどい話だろう?」。「ええ、早く剪定しすぎれば病気になりやすくなる。病気になれば他の人の畑にも蔓延する。自分だけの話ではないのですから、会長としてはここはびしっと言わないと皆が迷惑します」。
 彼の畑にはまだ収穫しないリースリングが残っていた。「これは甘口ワイン用に置いてある」。食べてみると、酸もなければミネラルもなければ甘さもない。まるで廉価スーパーのブドウのように水みたいな味だ。思わず「これはダメだ」と言うと、「ああ、ダメかもね。辛口用のブドウを収穫したあとひたすら雨が降り続いてすっかり薄まってしまった。このあと天候が回復するかも知れないからちょっと待ってみるよ」。どれだけ優れた農学者であっても天気までは制御できない。賭けが当たる時もあれば外れる時もある。大変な仕事だ。それにしてもリスネールは辛口ワインで有名な生産者なのに、やはりアルザスではSGNを造りたくなるものなのだろうか。
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▲畑を見て回るブルーノさん。11月末は毎日雨が降っていた。

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▲右はジュラ紀のグラン・クリュ、アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイム。左は三畳紀石灰岩のヴィラージュの畑。
 セラーに戻って試飲する。「リスネールのポリシーは、1、ひとつのブドウで複数の地質ごとのワインを造る。2、ひとつの畑で複数のブドウのワインを造る」。例えば同じヴォルクスハイム村の中でも、リースリングは三畳紀砂岩地質のロートシュタイン、三畳紀石灰岩地質のヴォルクスハイム、そしてジュラ紀石灰岩地質のグラン・クリュ・アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムである。同一の2015年ヴィンテージで比較すると、ロートシュタインは細身で垂直的で酸が固いが滑らかでクリアーで、青りんごの香りがする、いかにも典型的なリースリングだ。ヴォルクスハイムはロートシュタインより大きめで、硬質な粒々感が口中を全面的に覆いつつもとろみがあり、、色合いに譬えるならダークで、複雑で後味に苦みがあり、石灰岩らしくハーブ、スモーク、スパイス、柑橘系の香りがする。アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムは他よりスケール感がはるかに大きく、頬にまで味が広がり、奥から強い力が湧き出てくるが乱れず、ガッチリとした酸が舌を掴みつつ、果実の凝縮度から来る甘さがほのかに残り、コクと気品があって、余韻はずっと長い。「熟しているがドライ」というのはこういうことかと思う。熟していなければリースリングは味が頬を押し広げる感覚を生み出さない。もちろん収穫日の決定は厳密で、「葉が黄色に変わってから2,3日後」だという。
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▲リスネールの区画は、右上のジュラ紀石灰岩、左上の三畳紀石灰岩、左下の三畳紀砂岩のみっつの基本テロワールに広がる。
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▲みっつの地質ごとにワインをテイスティングする。それぞれが明確な個性を発揮する、ディフィニションに優れたワインだ。
 次にアルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムの品種違い。「アルテンベルグは現在はリースリング主体の畑ですが、石灰岩である以上、昔からそうなわけがありませんね」と聞くと、「昔はミュスカで有名な畑だった」と。それは理解できる話だ。リスネールでもミュスカを造る。そして石灰岩には定番のゲヴュルツトラミネール。ゲヴュルツは珍しくも極辛口なのに重心が下で広がりが大きく、つまりはきちんと熟している味。リスネールならではの技ありのワインだ。しかし密度は高いとはいえ、垂直性が感じられない。ミュスカは、困ったことに香りが汚い。SO2が少なすぎたか。ポテンシャルは大きそうで、ミュスカのアルテンベルグというのは追求する価値があるとは思う。結論としては、いつも同じ結論になってしまうのだが、アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムはリースリングが圧倒的によい。フィロキセラ以降のヴォルクスハイム村のヴィニュロンたちは、実に正しい品種を選択したのだと納得した。
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▲ゲヴュルツトラミネールを用いて、最近はやりのSO2無添加オレンジワインも造る。ゲヴュルツとオレンジワインの相性は常にいい。妙な酸化風味もなく、クリアーな伸びのある味わい。優れた造りだ。

 

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