コラム 2016.08.19

チリのオーガニック・ワイナリーの秘密 ラポストル

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 2009年にオーガニック認証、2010年にデメテール認証を取得したラポストルは、テロワールに軸足を置く近年のチリワインにとって重要な意味がある。ワインの質は畑から生まれるという、誰もが言うが、言うは易し行うは難しの真実を、この370ヘクタールの巨大ワイナリーが自覚し、実践にあたって最も有効な方法を採用したことで、チリワインは工業ではなく農業なのだという正しいメッセージが世界に、そしてチリ国内のワイン産業に届いたからである。畑の仕事だけではなく、ワイナリー建築を見ても、南十字星の縦横比をセラーの縦横比に利用して天空のエネルギーをワインに転写し、逆ピラミッド型の構造を花崗岩の母岩に打ち込むような形にして大地のエネルギーを吸い上げるといった、ビオディナミ思想をワイン造りに生かそうとする創意工夫が観察される。これだけ巨大な組織でビオディナミを行うのはよほどの覚悟が必要なばかりか、社員や関係者全員と意識や目的の共有がなければ不可能なことだ。この一点だけでも、ラポストルは尊敬に値するワイナリーだと思っている。

 とはいえ、基幹ワインであるキュヴェ・アレクサンドル・カベルネ・ソーヴィニヨンや、アイコンたる高名なボルドー・ブレンド、クロ・アパルタが、本来彼等が到達すべきレベルのおいしさを体現しているワインであるかどうかは別問題だ。もちろん花崗岩の砂質土壌であるコルチャグアならではのふくよかでやわらかい質感は十分に感じられるとしても、コルチャグア・エントレ・コルディヘラスが果たして現在カベルネ・ソーヴィニヨンに向くエリアなのか。私個人はそうは思っていない。もはやエントレ・コルディヘラスは暑すぎるのではないか。前者のワインは香りの鮮度感や酸の伸びに欠けるし、後者のワインは妙に水平的で(自根のカベルネで水平的な形はありえない)、収穫が早すぎるのか、小さくて重心が上だ。私はこれらを試飲して、おいしくないと素直に言った。ラポストルの通常のポートフォリオの中では私の好みは常にソーヴィニヨン・ブランなのだが、これはコルチャグアではなく、カチャポアル・アンデスのラス・クラス畑からのワインだ。今までずっとコルチャグアのアパルタだと思い込んでおいしいと言っていたが、そうと聞いてむしろ納得した。皆がアンデスやコスタに着目するのは当然だ。
※ラポストルに行ったらちょうどカベルネ・ソーヴィニヨンの収穫が終わり、粒より選果をしていた。最初からカビもなくきれいなブドウで、さすがに収穫時期に雨が降らないチリならではだと思ったが、発酵桶に入れられる選果後のブドウは輝くほどの美しさだった。
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しかしカルメネールはさすがに素晴らしい。ミネラル感、スケール感、エネルギー感等々すべての項目においてカベルネ・ソーヴィニヨンとは格段の差。コルチャグアがカルメネールにふさわしい産地であることは、このワイナリーの例を見るまでもなく、日本のプロやマニアにとっては自明であろう。カベルネ・ソーヴィニヨンを植えるようなことをしてはテロワールに対して失礼というか、もったいない。ところが実際にワインを購入する消費者の多くはいまだに「チリ=カベルネ」であり、コルチャグアとカチャポアルの違いも、エントレ・コルディヘラスとアンデスの違いも知らない。このギャップを埋める努力をしないと不幸が続くことになる。

チリにはローヌ品種を植えろ、と私は主張していた。花崗岩にシラーは合うに決まっているのだから、アパルタ畑にはシラーだ、とも。するとワインメーカー氏はにやりとして、「実はいろいろスペシャルなワインを造っている。ついてこい」と言う。今まで見知っていた豪華なワイナリーの階段を降り、通路を横にそれ、扉を開けるといかにも醸造担当従業員専用の仕事場然とした小部屋に出た。そこを通りすぎると、裏手の従業員用駐車場兼洗浄作業場に面して、小さな醸造所があった。ラポストルの中に、メインの醸造所とは別に「エクスペリメンタル・ワイナリー」があるとは今まで知らなかった。
※こちらは隠れ家的エクスペリメンタル・ワイナリーのバレル・ルーム。
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そこには小さなタンクや大樽やプラスチックの発酵桶が並んでいた。造られているのは、コレクション・シリーズのカリニャン、パーセル・セレクションの数々のシラーやカルメネール、プティ・ヴェルド単一、ガルナッチャ、マタロ、モスカテル、そして60年前までは一般的だったチリの白品種トロンテル(トロンテスではない)のオレンジワインだった。
※トロンテルはこの小さなバケツで醸し発酵し、オレンジワインを造る。
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アパルタのシラーを飲んでみると、今まで飲んでいたラポストルのワインはなんだったのかと思う、圧倒的なおいしさ。プラスチックの発酵桶に入れて、ピジャージュして、基本的には何も手を加えず、温度調整もせず、発酵が終わったらすぐに液抜きして、キュヴェゾンは短く、亜硫酸添加量も最低限。まるでヨーロッパの極小ビオディナミ生産者のような造りだ。トロンテルは伝統品種復活という意味では重要だが、まあ冗談みたいなものだ。しかし赤はおしなべて素晴らしいし、ガルナッチャとカリニャンの混植混醸に至っては、これこそ未来の、そして本来のチリワインのあるべき味と思うほどの出来だ。

ラポストルのワインメーカーとして雇用される人たちは当然能力が高い。科学者としての基本もしっかりしている。そういう人たちに、優れた土地の優れた自根ブドウが与えられ、潤沢な資金も与えられ、好きにやっていいと自由も与えられたら、どういうワインが出来上がると想像に難くないはずだ。技術的完成度の高さと、余裕感と、遊び心と、商売と関係ないからこその伸びやかさと、そして自然の直接的なパワーが合体した、世にもまれなワインとなる。というか、世界中でこういったワインが造られてほしい、こういったワインが飲みたい、と思う、理想的なワインとなる。ちなみにラポストルのコンサルティング・ワインメーカーはミシェル・ローランだ。彼もこういう遊びに関わっているのかと思うと興味深い。
※瓶倉庫兼用のエクスペリメンタル・ワイナリーの発酵室。左に見えるプラスチックの300リットル容量の箱で発酵。プラスチックのカバーをかけていまマセラシオンの最中。
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同時にこれほど考えさせられるワインもない。本田技術研究所で作られたレーシングカーは運転して楽しいかも知れないが、その一台を作るためには本田技研工業製の普通の車何万台もの販売が前提だろう。安易に「レーシングカーのほうが市販スポーツカーよりいい」と発言していいものか。そして、エクペリメンタル・ワイナリー製のワインがこれほど別次元においしいなら、莫大なお金をかけて造った通常のワイナリーになんの意味があるのか、という疑問。そこらへんにプラスチックの箱を並べてブドウを入れておけばいいではないか。また、これほどすごいワインが出来るなら、なぜその延長線上の味に、通常品を仕上げていかないのか。これでは素人をだまして儲け、そのお金でワインメーカーたちが趣味に走って自分たちだけで楽しんでいると言われてしまうのではないか。そして、真においしいワインを造るには、ビオディナミにすればいいというものではなく、技術的に完璧であればいいというものでもなく、造っている当人が自発性と創造性を発揮し、楽しんでいなければいけない、という教訓。話は大きくそれるが、この部署で働く人たちの楽しそうな気配(表のワイナリーにいる時の顔は仕事の顔、裏のワイナリーにいる時の顔は子供みたいだ)を見て、メルシャンやサントリーの人たちにも知ってもらいたいと思った。メルシャンやサントリーが本来の力を発揮するためには、本田技術研究所を工業から独立させてレーシングカーを製作しなければならない。

しかしレーシングカーと異なり、これらのエクスペリメンタル・キュヴェは、ワイナリーのホームページの商品リストには載っていないとはいえ一応市販されている。本数は数百本づつしかないのですぐ売り切れるようだが、それはブルゴーニュでも同じことだ。ただ、日本には輸出されない。どうすれば買えるのかと聞いたら、ワイナリーに来てセールス部門に相談して在庫があれば買えるかも知れない、と。これではチリの本当のすごさがほとんど誰にも理解されない。こうやって書いていながら、実にもどかしい。
※これらがラポストルの最高傑作、コレクション・シリーズ。パーセル・セレクションのシラーは、このように、カサブランカ、サン・アントニオ、マイポ、カチャポアル、コルチャグアと、別々の産地の単一畑から造られる。
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