コラム 2016.07.06

アイザックタラーのリースリング クーエンホフ

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※ペーター・プリーガーさんと、次代を担う娘さん。

 インスブルックからブレンナー峠を超えて南チロルに入ると、ブドウ畑が見えてくる。アイザック渓谷(イザルコ渓谷)中部にある産地、アイザックタラーである。近年日本でも注目され、数々のワインが輸入されるようになったエリアだ。2015年にはアイザックタラーヴァインというプロモーションのための協会も結成され、産地の認知度はますます上がっていると思う。

 南チロルも北部になるとドイツ語住民が9割近くになるため、基本的にワイン表記もドイツ語主体になる。瓶の形もドイツ。そしてブドウは、シルヴァーナー、リースリング、ケルナー、ミューラー=トゥルガウ、グリューナー・ヴェルトリーナーといった品種。オーストリア側から入ればそのままの延長線上であって違和感がないが、ヴェネトから北上して来ればここは異国に感じるだろう。

 イタリア最北部かつ標高は1000メートルにも達するから、当然冷涼だ。ドイツ、オーストリア系ブドウを植えるとしたらここしかないだろう。とはいえオーストリア時代にはヴェルナッチが植えられていたようで、白ブドウに切り替わったのはフィロキセラ後の1900年、ヴュルツブルクから招いたコンサルタントの指導によるものだという。シルヴァーナー、リースリング、ケルナー、ミューラーの組みあわせは確かにフランケンっぽいではないか(もちろんケルナーは1929年に作られて1970年代初頭にこの地に植えられたから後発だが)。

 アイザックタラーには創業1142年というシュティフトケラーライ・ノイシュティフトや130人の構成員からなるアイザックタラー・ケラーライ等20軒のワイナリーがあるが、まずは高名なクーエンホフを訪問した。ワイナリーの建物はかつてブリクセン司教の所有で、800年前に建てられたそうだ。司教領が解体されてこの地がハプスブルク帝国に直接編入されたのが1815年だが、現オーナーであるペーター・プリガーの先祖がその時以降ずっと所有している。先代の時代までは「牛や豚も飼っていた」農家で、ブッシェンシャンクを営んでおり、ノイシュティフトにブドウを売っていたが、90年から自社瓶詰めを行っている。畑は6ヘクタールで、上記5つの品種にピノ・グリが植えられている。

※アイザックタラーの中心、ブリクセンの町の南にあるクーエンホフ。建物の外壁には、教会所有だったことを想起させる十字架。

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 ペーター・プリガーさんは「過去15年オーガニックで、この2年はビオディナミを取り入れているが、認証はない。オーガニックは自分自身のためであって認証のためではないし、パブリシティのためにお金を払いたくはない」、と言う。日本発祥のEM菌を使用しているのも興味深い。

 セラーは恐ろしく清潔だ。それがEM菌によるものかはわからないが(今度自宅でも試してみようかと思う、ひと瓶千円だし、紀伊国屋とかで売っているし)、すがすがしいと言えるほどの気配。そして話をしているあいだ、プリーガーさんはまったく手を休めるまもなく、ひたすら掃除、洗浄、掃除、洗浄。もとは大工だったというだけあり、セラーは自分自身で作ったそうだ。

※ワイナリーの中はどこを見てもチリ一つない。この無機的な、人を寄せ付けない雰囲気がワインからも感じられる。

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 クーエンホフのワインは、プリーガーさんの生真面目な雰囲気や、セラーに漂うクールな空気感そのものの味だ。どんな細部もおろそかにしない張り詰めた緊張感がすごい。表面的には直線と直角で構成された知的なモノトーンのデザインのようでいて、ダークサイドに引きずりこむ力を備えている。これを飲んでイタリアワインだと思う人はいないだろう。オーストリア的だとも思わない。あえてたとえるなら、ナーエだろうか。そういう性格だからか、グリューナーは方向性が合わない。石英と千枚岩の土壌(シストと花崗岩もある)を考えても、ベストはリースリングだ。1993年に植え始めて平均樹齢は10年以下だというのにこの凝縮度とミネラル感。一代でこの高みに到達したペーター・プリーガーさんの特別な才能をまざまざと実感させられるワインだ。

※ワイナリーの標高は550メートル。畑は550から750メートル。切り立った狭い渓谷の西側斜面にある。

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 しかしクールであってもピュア&クリアな味とは違う。ステンレスタンクとアカシアの大樽の中で「4月まで澱の上に置いておく」ワインは、相当程度澱っぽい。これが複雑性や粘りやダークさをもたらしているのだろうが、好き嫌いは分かれる点だろう。ガストロノミー的に言うなら、前菜用ではなく主菜の白身肉用のワインだ。ワイナリーに行くと一本ぐらいは購入するのが常だが、クーエンホフでは買わなかった。圧倒的なレベルのワインだと思うが、自分ではいつ飲むのか、どうやってこの個性を生かすのか、わからなかったからだ。それだけ存在感の強い、いや強すぎるほどのワインなのだ。<田中克幸>

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