コラム 2016.03.06

【レバノンのワイナリー】最高の標高から産まれるワイン イクシール

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ixsir1

※現代的な高品質ワイナリーらしい、整然とした醸造所。赤ワインの造りは、ブドウをまず冷やし、5日から8日の低温浸漬のあと、3週間の発酵・マセラシオン。ルモンタージュの回数を少なくしてしっかり抽出するため、タンクはスクエアタイプを使用する。

イクシール Ixsir

 ベカーに次ぐワイン産地が、ベイルートから50キロほど北にあるバトゥルン。町は海岸沿いにあるが、そこから標高2000メートルまで急激に立ち上がっていく山の斜面にブドウ畑がある。「大規模ワイナリーが並ぶベカーがボルドー的だとすれば、年間生産量5000本といった小規模ワイナリーが多い(といっても8軒しかないが)バトゥルンはブルゴーニュ的だ」と、この地を代表するワイナリーであるイクシールの支配人、ハディ・カハレさんは言う。その比較は示唆に富む。穏やかな平地の味がベカーとボルドーの共通点だとしたら、引き締まった斜面の味がバトゥルンとブルゴーニュの共通点だとも言えるだろう。

※標高400メートルにあるワイナリーから自社畑を臨む。畑は6か所にあり、最高標高地点は1800メートル。

ixsir3

 バトゥルンは古代からのワイン産地であり、またフェニキア人がヨーロッパ各地にワインを運んでいった港であり、紀元前3000年に遡る考古学的な発見もこの地でなされているのだが、ベカーと異なり、産地として復活し認知されるようになったのは最近のことだ。イクシールの創立も2008年と新しい。

 ハディさんによれば、「出資者は全員で12人だが、主なメンバーは自分とワインメーカーのガブリエルと輸出担当のエチエンヌの3人。自分たちが好きなワイン、つまり、パワーに対してフィネスが、ジャミーさに対してフレッシュさが優り、果実味の鮮度があるようなワインを造りたいと思って設立したワイナリーだ。この目的のためにはシラーがいいと思った」。だからイクシールの赤ワインには多くシラーが含まれる。それと「1970年代に植えられた樹齢が高いカベルネ・ソーヴィニヨン」のふたつの品種が基本だ。サンソーの畑も樹齢が高いではないかと尋ねると、「pHが3・7から3・75になってしまうからダメ。それに比べてムールヴェードルやシラーはpH3・2から3・3」と、ガブリエル・リヴェロさん。今まで見てきたベカーのワイナリーではベーシックなワインにはサンソーが含まれるが、というわけで彼らのアルティテュード・ルージュは、カベルネ・ソーヴィニヨン、シラー、テンプラニーリョ、カラドックから成る。

※右が支配人のハディ・カハレさん、左がテクニカル・ディレクターのガブリエル・リヴェロさん。

ixsir2

 ガブリエル・リヴェロさんはシャトー・ソシアンド・マレのワインメーカーだった人だし、コンサルタントはシャトー・アンジェリュスのユベール・ド・ブアールだし、イクシールの赤ワインには現代ボルドー的な特徴を色濃く感じる。つまり、みっちりとした高密度感と柔らかい毛羽立ちのある果実味と強靭にして微細なタンニン。石灰岩土壌ゆえのくっきりとした構造と華やかな香りはサンテミリオン的だが、品種はメルロではなく硬質な個性のカベルネとシラーだから味わいの芯はサンテミリオンよりさらに引き締まっており、そこに日照の多さがもたらす豊満な果実味がぴったりと貼りつく。鍛えられた細身の肉体がテイラーメイドのカシミアのジャケットを着るジェームス・ボンド的なワインである。

 その個性が最上の形で表現されるのが、エル・イクシール。シラー55%、カベルネ・ソーヴィニヨン35%、メルロ10%のプレステージ・ワインだ。これがすごい。かっこいい。よくぞここまでやった。ここまでやれば違う世界が見えてくる。今回のツアーをオーガナイズしたレバノン人のワインジャーナリスト、マイケル・カラムさんは「君がエル・イクシールを評価するとは思わなかった」と驚いていたが、そしてその理由はよく分かるが、客観的な質に関して、そして唯一無二と言えるような個性に関して、否定するものは何もない。

※イクシールのプレステージ・キュヴェ、エル・イクシール。これが北半球最高標高の畑のワインだ。極めて高密度かつ堅牢でいながら、流麗でしなやかな味わい。

ixsir5

この個性の基軸となるのが、標高。エル・イクシールの原料ブドウの大半は、北半球最高標高1800メートルの畑から生まれる。当然気温は低く、それがこのワインのビビッドな酸をもたらし、また長いハングタイムが豊かなディティールを生み出している。それ以上に感じるのは高山の澄み切った空気だ。ワインの風味に淀みがなく、濃密でいながら遠くまで見渡せるかのような爽快感がある。土壌を聞くと、「表土は数センチ、その下には60から80センチの石灰岩の礫、その下は石灰岩」だという。このような限界的な条件ゆえに収量はヘクタールあたり12から13ヘクトリットルと極めて低い。エル・イクシールの次元の異なる高密度は、決してスタイルとしてのパワフルさ、人工的な濃厚さではない。

彼らは既にオベイデへの取り組みを始めている。マルワは石灰質土壌と合わないが、やはりオベイデのポテンシャルは彼らも認めているようだ。オベイデは、イクシールの白ワインに見られるフレッシュ&クリーンな方向性の造りでは必ずしも優れたワインになるとは思えない。あの曖昧な個性を彼らはどう生かすのか。それが今まで知らなかったオベイデの魅力を伝えるワインになることを切に期待したい。<田中克幸>

※ワイナリーにはワインショップやレストランが併設され、多くの人が訪れる。駐車場にはフェラーリが何台もとまっていた。

ixsir4

  • このエントリーをはてなブックマークに追加