コラム 2018.01.26

アルザス Domaine Heywang

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▲ハイリゲンシュタイン村の中にあるドメーヌ・ヘイワングの外観。
 他の村のある生産者が、「おいしくもないのに誰もが最近欲しがるから商売のためにしかたなく買いブドウで作っている」と苦々しく語っていた、クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタイン。おいしくないばかりか、個人的には昔からおいしいと思っているし、人気があるのはいいことだ。サヴァニャン・ロゼ(ドイツやオーストリアではそこそこ見かける、ゲヴュルツトラミネールではないトラミネール)のような、フランスではここにしかない(ジュラにあるのはサヴァニャン・ブラン)マイナーなブドウ品種に世間の関心がしっかりと向いているということ。世界じゅうで見られる地場品種尊重トレンドのアルザス版だ。

その本拠地ハイリゲンシュタイン村の9軒のワイナリーのうち、オーガニックは2軒(もう1軒は家庭の事情でやめてしまったそうだ)。ドメーヌ・ヘイワングはそのひとつで、2008年からオーガニックを始め、2011年に認証を取得している。現在は7ヘクタールのブドウ畑を所有するが、100年前はたった0・5ヘクタール。当主ユベール・ヘイワングは「祖父の代まではブドウよりリンゴのほうが儲かった」と言う。「祖父は牛や鶏も飼っていた複合農家。父が9歳の時になくなった。現在のドメーヌを作り上げたのは父のジャンだ」。

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▲ユベール・ヘイワングさん。

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▲セラーには伝統的な大樽が並ぶ。ワインは大樽発酵・熟成ならではの厚みのある質感を備える。

ユベールさんは歴史に詳しい。彼によれば、「ハイリゲンシュタインは17世紀から18世紀にはストラスブール大司教の所有地で、もともとは牧草地だった。そこに大司教は高品質のブドウを植えることを薦め、それがサヴァニャン・ロゼだった」。500年以上歴史をさかのぼることができるこの品種は、当時はアルザス全域で植えられていたようだ。
「ハイリゲンシュタインに初めて植えられたのは1742年。そのあとドイツ領になってサヴャニャン・ロゼは引き抜かれてしまった。これは南チロルのトラミンの原産だと長年言われていたが、最近ではアルプスの北から運ばれてきたという説が有力だ(いずれにせよオーストリアだろうが)。しかし昔のことはフランス革命のあいだに記録が失われてしまったため、はっきりとは分からない。ゲヴュルツトラミネールの歴史は新しく、1920年頃にクレヴネルの中から香りが強いものが選抜されて流通することとなった」。アルザス委員会によればそれは1850年頃だと言う。いずれにせよゲヴュルツはそれほど古い品種ではない。
「サヴァニャン・ロゼとゲヴュルツトラミネールの外観は同じで、見ただけでは区別できない。栽培上の違いは、開花時の悪天候に対してゲヴュルツよりサヴァニャン・ロゼのほうが強く、また良年における潜在アルコール度数はゲヴュルツのほうが少し高い、ということだ。AOCアルザスが発足した1962年には、認可品種の中にサヴァニャン・ロゼが含まれていなかった。制度設計したコルマールの人たちに忘れられていたからだ。それからハイリゲンシュタインの農家による持続的な運動が功をなして、1971年にはグラン・クリュに先がけ、ヴァン・ダルザス・クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインというデノミナシオンが誕生した。この地ではリースリングは一般的ではない。母はずっとリースリングを口にしなかった。最近はずいぶんと年をとったからか、リースリングを飲んで、これもおいしいじゃないの、と言うが」。
 なぜハイリゲンシュタイン村とその周辺(AOCによる栽培地はBourgheim, Gertwiller, Goxwiller, Heiligenstein and Obernai。1852年の記録ではHeiligenstein, Gertwiller, Goxwiller and Mittelbergheim.)にだけサヴァニャン・ロゼが残ったのかはよく分からない。しかしこの品種のしなやかでソフトな質感やふわっとした上品な香りを、ハイリゲンシュタイン村の土壌がよく生かすのは事実だ。ここには岩がなく、氷河期に堆積した砂岩由来の礫や砂や粘土の土壌。絶対にグラン・クリュにはならない。堅牢なミネラル感や透徹した酸は得られるはずもない。しかしそれらの特性だけがアルザスワインの魅力ではないはずだ。最近では消費者もそのことを理解するようになってきたから、クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインの個性を、グラン・クリュ的な価値基準から自由に、評価することができるのだと思う。実際、ガストロノミー的観点からしても、クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインは貴重な存在だ。上品で、ソフトで、酸がやさしく、香りが華やかでいてゲヴュルツほど強烈でも支配的でもなく、またゲヴュルツのように苦みがないからだ。高級レストランの繊細な料理にぴったりだろうし、例えば秋田比内地鶏のきりたんぽにもよさそうだ。以前、ある生産者が「リースリングとゲヴュルツの中間」と称していたが、初心者にはわかりやすい表現だろう。リースリングの繊細さは欲しいが強い酸や硬質さは不要で、ゲヴュルツの華やかさは欲しいがケバさやクドさは不要だと思ったら、まずはクレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインを思い出して欲しい。ただし酸が低いクレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインは、自分の経験では、旅疲れしやすいし、瓶熟成も他品種ほどはしないように思える。

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▲クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインの畑。なだらかな地形。
クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインのひとつの問題は、法規上、甘口であってもヴァンダンジュ・タルディーヴと表記できないことだ。裏ラベルに甘辛表記があれば簡単だが、そうでなければ飲むまでどのぐらいの甘さか分からないかも知れない。このドメーヌでも3種類のクレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインを仕込み、ひとつはノーマルの辛口(2016年は残糖8.6グラム、TA5.5グラム)、ひとつは単一区画の中辛口、そして最後は実質的なVT(2015年はアルコール度数13.9度、残糖20グラム、TA4・9グラム)の、キュヴェ・パルティキュリエールだ。
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▲ドメーヌ・ヘイワングを代表するふたつのワイン。クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインとキリシュベルグ・ド・バール。
クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインがどの程度の残糖であるべきなのか悩む。ユベールさんによれば、「30年前は甘くなかった」という。ソフトなリースリングのような方向性を望むなら辛口がいいだろうし、軽快なゲヴルツのような方向性を望むなら中甘口だろう。どちらも甲乙つけがたい。ただ、現在の気候で暑い年に辛口にすると、例によって早摘み味になりがちだ。それでは魅惑的な香りが出ない。一番印象に残ったのは2015年のキュヴェ・パルティキュリエール。この年は「アルコール発酵とMLFが同時に起こったからどうしようもなく」MLF。クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインのMLFは珍しいと思うし、明らかな乳酸的香りは嫌いな人は嫌いだろうが、コクがあって逞しく、香りの強度があり(それでもケバくならない)、このワインのあまり見ることができない側面を教えてくれる。辛口2016年の収量45hl/haに対してこちらは30hl/haだというのは味わいの上からも明白で、飲みごたえがある。
涼しい年と暖かい年の比較では、後者のほうが成功していると思う。クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインに強い酸や涼しい香りは期待していない。また、言うまでもないことだが、オーガニック以前のヴィンテージは現在のものよりフラットで余韻が短い。

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▲キルシュベルグ・ド・バールの畑。こちらは標高が高く、斜度が急だ。
ヘイワングは最上のグラン・クリュのひとつ、キルシュベルグ・ド・バールも所有する。当然、すごい。リースリングは堅牢で、しっかりと舌の内部へと食い込むパワーがあり、それでいてとろみやコクも備わる。泥灰岩・石灰岩のリースリングでよくぞここまで気品があると思う。ユベールさん自身はリースリングのファンで、このグラン・クリュに1995年という早い時期にリースリングを植えた。そしてこのグラン・クリュの定番、ゲヴュルツトラミネール。クレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインと比べて重心が下で、下半身の安定感に優れることに気づく。そして余韻はより長い。ただし試飲したゲヴュルツは2014年ヴィンテージ。「ゲヴュルツは香りが出てくるまで1,2年かかるからリリースが他より遅い」。2014年はゲヴュルツにとってはいいヴィンテージとは言えないと思うが、それでもこの高品質。きっと2015年は偉大なワインだろう。
グラン・クリュのあとにクレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインを飲みなおしてみる。普通、ヴィラージュをグラン・クリュのあとに飲んだら水みたいに味がない。しかしクレヴネル・ド・ハイリゲンシュタインは確固とした別の個性をさりげなく表現して、一見ふわふわとしているようでいて、グラン・クリュの余韻に打ち消されることがない。やはりこれは特別なワインなのだ。

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