コラム 2016.09.15

日本での展開が待たれる天才醸造家 ガンドリーニ

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※マイポ・アンデス、ブインにある自社畑はアンデス山脈にほど近い
 ステファノ・ガンドリーニは天才だ。彼がコンサルティングするワインの輸入元が主催したディナーの席で初めて会った時からそう思っている。フーデックスで会った時もそう思った。今回ガンドリーニ自身のワイナリーで再会してますますそう思うようになった。優秀な人なら大勢いるし努力家も多い。しかし天才は凡人が苦労してもクリアできないバーを楽々と超える。「Genius is one per cent inspiration and ninety-nine per cent perspiration」。だがその1%があるかないかが、バーのこちら側かあちら側かを決める。天才が造るワインと優秀な努力家が造るワインと何が具体的に違うのか先ほどから考えているのだが、そこは自分の凡才ぶりをいかんなく発揮し、いい言葉が思いつかない。ただ、天空へと突き抜ける鮮やかな軽さや、ほれぼれするような高みでの疾走感や、間然するところなき完全性が論理の積み重ねではなく直観的に一気に与えられる感覚(といった正鵠を得ない言葉を羅列していてもページの無駄になる)をイメージできるワインが存在しているということであり、私はそのようなワインを造ることができる人を天才と呼ぶ以外に適当な形容を知らないということである。
※見るからにイタリアンな、ステファノ・ガンドリーニ。チリの人口の4%はイタリア系らしい。それにしても、国籍は問わずイタリア人の造るワインは概して肩の力が抜けてあか抜けていてかっこいい。不思議なものだが、それは今までの経験的事実だ。

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 天才について、また天才のワインについて考える時、禅を学ぶ者なら知らぬ者はいない次の言葉が思い浮かぶ。「世尊在霊山会上。拈華示衆。衆皆黙然。唯迦葉破顔微笑。世尊云。吾有正法眼蔵、涅槃妙心、実相無相、微妙法門、不立文字、教外別伝。付属摩訶迦葉」。なぜ迦葉は笑ったのか知る由もないが、ここで釈迦は笑いを悟りと同定している。

笑いと悟りといえば、唐代の僧、文殊普賢の化身と言われた寒山・拾得に触れないわけにはいくまい。森鴎外が小説『寒山拾得』を書いているのでご存知の方も多いだろう。その結びを引用しよう。

「道翹が呼びかけたとき、頭を剥き出した方は振り向いてにやりと笑ったが、返事はしなかった。これが拾得だと見える。帽をかぶった方は身動きもしない。これが寒山なのであろう。

  閭はこう見当をつけて二人のそばへ進み寄った。そして袖を掻かき合わせてうやうやしく礼をして、「朝儀大夫、使持節、台州の主簿、上柱国、賜緋魚袋、閭丘胤と申すものでございます」と名のった。

  二人は同時に閭を一目見た。それから二人で顏を見合わせて腹の底からこみ上げて来るような笑い声を出したかと思うと、一しょに立ち上がって、厨を駆け出して逃げた。逃げしなに寒山が「豊干がしゃべったな」と言ったのが聞えた。

  驚いてあとを見送っている閭が周囲には、飯や菜や汁を盛っていた僧らが、ぞろぞろと来てたかった。道翹は真蒼な顏をして立ちすくんでいた」。

 周文、顔輝、松谿らの『寒山拾得図』(前二者は東京国立博物館、後者は徳川美術館所蔵)を見ても、彼らは笑っている。何に対して笑っているのかわからないが笑っている。そういえば映画『アマデウス』中のモーツァルトもそうだった。そして今回の取材中、いや今まで出会ったすべてのワインメーカーの中で、最も笑う人物。それがステファノ・ガンドリーニである。

鴎外が描く閭も道翹も「ぞろぞろと来てたかった」僧らもみな普通の人である。外的な権威に囚われており(鴎外はここで『裸の王様』のような訓話を書いたのだろう)、寒山拾得のような精神の自由がなく、仕事はしっかりしているが笑わない。ある一線を超えた人物だけが笑うことができる。そしてガンドリーニのワインには笑いがある。笑いは我々に伝わり、我々は「おいしいね」、「楽しいね」というポジティブな感覚を、身体の内側から、直接的に、瞬時に、全面的に、得ることができる。天才の仕事とは、赤塚不二夫の作品の如く、かようなものである。
※チリは太陽の光が強く、ボルドー式の仕立てでエフォイヤージュをすればブドウが焦げてしまう。だからキャノピーを厚くするが、それではピーマン香が残ってしまうし、収穫前に雨が降ればカビも生える。この問題を解決したのがガンドリーニ。基本はボルドー式を採用するが、強い西日が当たる側のブドウにネットを張って太陽光線を和らげる。雨が降ればネットをすぐにはずして風通しをよくする。また晴れればネットを張る。ブドウに当たる光量を葉で調整するから、焦げをとるのかピーマン香をとるのかという困った選択肢になるのであり、ガンドリーニ法では雹除けネットのわずかな費用と少しの手間で問題が解決できる。彼が考えた方法らしいが、さすがに天才だ。

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※灌漑パイプが二本通っているのが分かると思うが、一本は通常のもので、二本目は若木のところだけにドリップの孔が開いている。病気にかかったりしたブドウを引き抜いた場合、その場所に新しく植える。当然もとからある樹齢の高いブドウは根が深くまで届いており、灌漑量は少なくてよい。しかしその灌漑量では根が張っていない新しいブドウは死んでしまう。かといって新しいブドウに灌漑量を合わせれば樹齢の高いブドウは収量が増えてしまう。二本パイプはこの問題を解決する。

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しかしいかなる天才でも、二流のテロワールの土地からは、二流のテロワールの味がするワインしかできない。常識のように思えるが、こう考える人は日本では少ない。書かれたものを読むと、素晴らしい生産者はどんな土地からも魔法のように天国的なワインを造ることができると信じられているかのようだ。確かに一流の生産者は二流の土地からおいしいワインを造ることができ、二流の生産者は一流の土地からもあまりおいしくないワインしか造ることができないかも知れない。しかし、一流のテロワールの味=おいしい、二流のテロワールの味=おいしくない、という話をしているわけではないのだ。一流のテロワールからのワインは、一流のテロワールの味である、と私は言っている。一流のテロワールの味とは何かを知らない人はいない。なぜなら世界最高のワイン教育がなされ、皆が勉強熱心で、皆が最高のワイン経験を豊富に積んでいる日本においては、一流のテロワールのワインの味に触れることなど日常茶飯事だからである。それでも一流のテロワールの味など存在しない、ワインの品質はすべて生産者で決まると主張するなら、考えられる理由は、そう言ったほうが商売に好都合なのか、そう言わざるを得ない政治的・経済的・社会的圧力が存在しているか、だと思っている。

ガンドリーニの畑はカベルネ・ソーヴィニヨンに関してチリ最高のテロワールたる(少なくとも私はそう思う)マイポ・アンデスにある。しかしマイポ・アンデスならなんでもいいわけではない。もともとカルメンのチーフ・ワインメーカーを9年間務めた醸造家であり、最高のブドウがどこで得られるかを熟知しているステファノ・ガンドリーニはこう言う、「マイポ・アンデスには3つの優れたエリアがある。それはプエンテ・アルト、マクール、ブインだ」。つまり、アルマヴィーヴァやヴィニエド・チャドウィックのエリア、コウシノ・マクールのエリア、そしてサンタ・リタやカルメンのエリアだ。実際にこう聞いたのは今回が初めてだったが、そんな簡単なことは飲めば誰でも分かる。私のような無知無学の者でさえ、昔最初にチリワインを飲んだ時にすぐにプエンテ・アルト、マクール、ブインの3つはグラン・クリュだと直観的に理解できたぐらいで、明らかに一流のテロワールの味がする地区なのだ。

だからガンドリーニはワイナリーを興す以前の2001年に、ブインに70ヘクタールの土地をまず購入した。そこに植えたブドウは、彼が最高のカベルネ・ソーヴィニヨンの樹だと考えているエラスリスのマックスⅡの改植前の古木やアルマヴィーヴァの古木から作られた苗木。彼は苗木業者も営んでおり、彼らは「友達」だそうで、そのつてで最高のマテリアルが入手できたらしい。しかし若木からのワインは彼の望む品質にはならない。「カベルネ・ソーヴィニヨンは樹齢10年を超えればおいしくなる。だからそれまではブドウを全量他社に売っていた」。そして2011年に、初めてのワインを瓶詰めしたのである。

しかし再び、ブインならばどこでもいいわけではない。全体としてマイポ・アンデスの土壌は氷河期にアンデスから運ばれた砂利、砂、粘土だが、「最高のテロワールとされるのは、更新世に4回あった氷河期のうち最初に形成されたテラス4。ボルドー格付けシャトーの95%も同じくテラス4の畑を所有している」。つまり、ギュンツ、ミンデル、リス、ヴュルムのうちの、ギュンツのことだ。ギュンツの味こそがボルドー格付け上位の味のかなめである。そしてガンドリーニの畑はテラス4とテラス3。「サンタ・リタのカサ・レアルもカルメン・ゴールド・リザーヴもそうだ。だいたい25ヘクタール以上は固まって出現しないテラス4と3の畑を70へクタールも所有しているというのは稀なことだ。テラス4は50%が砂利で、28%が粘土。しかしテラス1とテラス2は粘土が5%しかない砂質で、灌漑量も二倍になる」。よく知られている通り、シャトー・ラトゥールのグラン・ヴァンが造られるランクロとレフォールが造られる飛び地の何が違うかと言えば、粘土があるかないかだ。砂利がパワーやスケール感をもたらし、粘土が厚みや豊かさや滑らかさをもたらす。それがボルドーの格付け上位シャトーの味、一流テロワールの味である。チリにおいても事情はまったく同じなのだ。
※ボルドー格付けシャトーと同じく、畑には大きな砂利が深く堆積している。ボルドーは石英の礫だが、こちらは安山岩の礫。土壌pHは弱アルカリに傾く。

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ステファノが自らのワインを造るのは、70ヘクタールの中から選ばれた25%のブドウからだ。残りはエラスリスやコンチャ・イ・トロに売る。もちろん彼らはブインのテラス4と3のカベルネが最高だということは知っているから、「ここ二年チリのブドウ販売価格は低迷しており、普通のカベルネならキロあたり50セントから1ドルの値しかつかないが、コンチャ・イ・トロは私のブドウに2ドルを払ってくれた。それでも4ドルから16ドルというナパと比べれば安すぎるが」。明言はしないが、常識として最高の区画であるテラス4のブドウは自家用に使うだろう。もちろん栽培、醸造ともに、コンサルタントでもある彼は、自分のワインに最高のノウハウを結集させる。埋設灌漑。自根ブドウ。ボルドー品種のワインとしては極めて珍しくカベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フラン、プティ・ヴェルドの混醸。熟成1年までは亜硫酸無添加。等々。
※醸造所は他社の一部を借りている。奥に小さな垂直プレスが見える。「垂直プレスは澄んだジュースがとれるが、空気圧プレスはエグみや青臭さが出てしまう」という。

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最高のテロワールと高度な科学的技術的裏付けをもつ天才が合体した時にどういう質のワインになるかは、もう読者の方々にはお分かりなはずだ。それはどのような屁理屈をもって否定しようとも否定できない厳然たる事実として目の前にある。ひとことで言って、チリ最高のカベルネ・ソーヴィニヨンの一本である。しかし日本には輸入されない。偉大なものを素直に偉大だと評価できず、誰かに言われなければいいか悪いかも自分で判断できないならば、寒山拾得のように笑うことは永遠にできない。
※ガンドリーニ、ラス・トレス・マリアス。今まで瓶詰めされたのは3ヴィンテージ。今は2012年を売っている。この年から混醸。自分の好みは涼し気で引き締まった味のする2013年。ラス・トレス・マリアス(祖母、母、妻の3人ともがマリアという名前だから)は3つの畑のブレンドだが、単一畑のワインも趣味的というか自家消費用程度に少量生産している。

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