コラム 2016.08.30

チリ・プレミアムワインのシンボル エラスリス

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※左に見える昔ふうの建物がもともとの醸造所。いまは直販所になっている。
 90年代に訪問した時はけっこう地味なワイナリーだった。しかしエラスリスの世界的な成功を物語るように、それから増築を重ね、今で超現代的なアイコン・ワイナリーが威容を誇り、最先端の設備でセーニャ、ラ・クンブレ、カイ、ヴィニエド・チャドウィックといったエラスリスの超高価なアイコン・ワインが造られる。ガラス張りの開放的な建築は当然室温が高くなるが、地下7メートルの自然の冷気を200メートルのトンネルを通して送り込むという贅沢な方法で冷やされる。なんとも贅沢だ。

 日本で高級チリワインといえばエラスリスだ。著名な方々が既に多くを書かれているので、エラスリスのワインに関していまさら私が付け加えることがあるはずもないが、十数年ぶりにいろいろとテイスティングすることができたので、つたない雑感を述べさせていただきたく思う。

※そして右の宇宙船のような建物が現在のアイコン・ワイナリーとなっている。

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 まずアイコン・ワインから。

1、ドン・マキシミアーノ・ファウンダーズ・リザーヴ 2013年

 他のアイコンが出現するまではエラスリスを代表してきたカベルネ・ブレンド。最後に飲んだのは1998年ヴィンテージだが、久しぶりに飲むと、スタイルがずいぶんと変わり、重心が高く、ダイナミズムが減り、淡々として小さい味になっている。

マーケティング担当マネージャーによれば、早く収穫してフレッシュさとエレガンスを求めるようになったという。早く収穫すれば、しかし、副作用も出るではないか。そもそも現時点で、アコンカグア・エントレ・コルディヘラスは、フレッシュでエレガントなワインを造るのに最適な場所なのかどうか。もともとゴツイ味がする産地のような気がするのだ。昔はそのゴツさを前のめりのパワー感に変えて成功していたという記憶がある。

新樽は以前は100%だったが今では65%になっている。ちなみにこのワインはエラスリスにしては珍しく自根。

2、ラ・クンブレ・シラー 2013年

 ワイナリーの前にある畑マックスⅠの斜面に植えられたシラー。味の傾向としては、畑が同じである以上はドン・マキシミアーノにそっくりだ。やはりタンニンが粗い。余韻はさらに短い。斜面のシラーなのに味が水平的なのが不思議。マックスⅠはこの程度のテロワールなのか。花崗岩土壌とエシャラ仕立てを見るに、おいしいワインが出来て当然に思えるが。今回のテイスティングで一番理解できないワインだった。

3、カイ 2013年

 2005年がファースト・ヴィンテージのカルメネール品種を使用したアイコン。日本で2万円もする。こういうワインがあるとは初めて知ったが、エラスリスもこの品種に注目しているのはいいことだ。スケールが大きくてパワフル。カベルネよりも包容力がある。とはいえミッドが弱く、腰が据わらず、重心は上。このワインも自根だと聞いた。それならもう少し下方垂直性と構造が欲しい。

畑は礫が5割を占める砂質ロームのマックスⅤ。カルメネールと砂礫質土壌の組み合わせは本当に正しいのだろうか。カルメネールにはもう少し粘土があったほうが、厚み、しなやかさ、とろみ、安定感が出ていいのではないのか。しかしカイは日本のワイン評論家の方々のあいだでは絶賛されていると聞いたから、私の理解が浅いのだろう。

4、ヴィエネド・チャドウィック 2013年

 飲んだ瞬間に分かる、圧巻のグラン・クリュ味。1、2、3と飲んできて自分の舌の調子が悪いのか不安になったが、そうではなくてよかった。垂直的で、大きく、きめ細かく、芯があり、強く、しかしふわふわと軽やかで、伸びと気品がある。余韻も桁違いだ。

チャドウィック家の趣味のポロ競技場を1992年にブドウ畑に変え、99年を初ヴィンテージとして登場したのが、ヴィニエド・チャドウィック。ドン・メルチョーやアルマヴィーヴァと似ていて驚いた。いや、似ていないほうがおかしい。畑は隣同士。コンチャ・イ・トロのプエンテ・アルト畑はもともとはチャドウィックの畑だったが社会主義政権によって没収されてコンチャ・イ・トロの手に渡ったのだ。

コンチャ・イ・トロやアルマヴィーヴァがプエンテ・アルト畑の偉大さを語れば語るほど、彼らの元チャドウィック畑ワインが高評価を得れば得るほど、「それは誰のものだったのか。返せ」と言いたくなってもおかしくない。皆さんがそんな立場なら、僅かに手元に残された土地で意地でも最高のワインを造ろうと決意するのではないか。ヴィニエド・チャドウィックの極めて強気の値付けに、私はエラスリスのオーナー、エドゥワルド・チャドウィックのプライドと決意を感じるし、頑張れと言いたくなる。まだわずかに若木の味がするが、あと十年経てばこの線の細さと青さはなくなる。すべて接ぎ木なので、最終的な腰の据わりはやはり期待できないとしても。

私はずっと言っているではないか。コウシノ・マクール、アルマヴィーヴァ、ヴィニエド・チャドウィック、コンチャ・イ・トロ、サンタ・リタと続くこのエリアがカベルネ・ソーヴィニヨンにとって最高の畑なのだ、と。これらが格付けポイヤックだとするなら、1、2、3のワインの畑は残念ながらクリュ・ブルジョワ・オー・メドックどまりだ。とはいえインターネットでいろいろなワインショップのページを読んでいると、アコンカグアがチリで最も優れたテロワール、世界で最も優れたカベルネを生み出す、と書いてある。それはアコンカグアではなくマイポ・アンデスではないのかと考える人はどうも日本では圧倒的少数派のようだ。さらには、アコンカグアが主要産地で唯一海岸山脈がないから涼しい、とも書いてあった。そうなのか?
※アイコン・ワイナリーの内部。ステンレス、オーク、コンクリートの三種類の素材のタンクが並ぶ。

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※バレルルームにはエラスリスのアイコン・ワインのひとつ、セーニャも熟成されていた。初ヴィンテージ95年を飲んだことがあるが、まぎれもなくチリの新しい時代の幕開けを飾る素晴らしいワインだった。

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そして、アコンカグア・コスタ。

1、シャルドネ・アコンカグア・コスタ 2014

 コスタは原理的にはどのサブ・リージョンにもあるが、そこにブドウ畑があるかどうかは別。エラスリスの偉大な功績は、アコンカグア・コスタを開墾し、2005年に植栽したことだ。彼らは2010年からアコンカグア・コスタという商品ラインを作る。これこそ、エラスリスで最も注目すべきワインである。

そのシャルドネは、よくあるカサブランカのシャルドネと比べてずっとシリアスで引き締まっている。酸のビビッドさや風味の抜けのよさはコスタならではの特質だが、花崗岩ではないところがポイントだ。「花崗岩のカサブランカはトロピカルだが、アコンカグア・コスタはスレート土壌で、よりミネラリー」と聞いた。チリには珍しい内向的な性格で、通好みのシャルドネだ。

2、ソーヴィニヨン・ブラン・アコンカグア・コスタ 2015

 ステンレス発酵、No MLF、そしてスレート土壌だから、まるでリースリングのようにシリアスで硬質。チリによくある明朗快活なソーヴィニヨン・ブランとは異なり、陰影が濃い。新世界でこのシリアスさは貴重で、ワインと対話するかのよう。アコンカグア・コスタの個性が品種の個性を上回っており、ソーヴィニヨン・ブランが世界でも最も自己主張が強い品種のひとつであることを考えれば、逆にアコンカグア・コスタがどれほど強力な支配力をもつかが分かる。

 しかし、私はこう問いかけた。「スレート土壌の冷涼産地に植えるべき品種はシャルドネとソーヴィニヨンでいいのだろうか。リースリングではないのだろうか。既にスレート土壌とリースリングの組み合わせの素晴らしさは、もちろんドイツで、そしてチリにおいてはビオ・ビオで証明されているではないか」。醸造長のヴラディミール・メデル・ピノさんは、マーケティング・マネージャーと顔を見合わせ、「我々生産側の人間は会議でそう主張した。しかしセールス側の人間が、シャルドネとソーヴィニヨン・ブランは売れるがリースリングは売れない、と言うから」。「おかしい話じゃないか。優れた土地にふさわしい品種を植えるから偉大なワインになる。まず偉大なワインを造って、それを売るのがセールスの仕事だろうに。植える品種を間違えたら取返しがつかないし、自然に対して不誠実ではないか。そもそもそんな状況では、仮に私がワインメーカーだったら、やる気も起きない」。「それはそうなんだが、、、、」。

 大企業ならではの問題だ。そもそもシャルドネとソーヴィニヨン・ブランしか売れない状況というのが悲しい。チリ最強のブランド力をもつエラスリスでそうなら、他社ならもっとそうだろう。「安いワインならそういう発想は間違いではない。だがアコンカグア・コスタは安いワインではない。それなりにワインが分かっている人が買う商品だろうに」。あちこちの顔を立てての落としどころは、全体の1、2割にリースリングを植える、といったところだったか。少なくともエラスリスは、リースリング最上の産地になる可能性があったアコンカグア・コスタを自ら開墾しておきながら、チリのリースリングのリーダーとして歴史に名を残す機会を失ったことは確かだ。もったいないことを。

3、ピノ・ノワール・アコンカグア・コスタ 2015

 素晴らしいピノ・ノワールだ。品格がある。フローラルな香りと引き締まった果実味と精緻なミネラルとピュアな酸と、チリのピノ・ノワールでは滅多に得られない陰影感。タンニンは大変にきめ細かくも強く、なおかつ質感はしっとり。スレート土壌なのだから当然かもしれないが、アスマンスハウザー・ヘレンベルク的。分析的に見れば大変に複雑で密度の高いワインなのに、飲むとスッと向こう岸まで見通せるような透明感がある。これは偉大なテロワールと正しい品種と優れた造りがぴったりと合致した時だけに生まれる特徴だ。

 聞けばこのワインは、ラ・ロマネの所有者であるルイ・ミシェル・リジェ=ベレールをコンサルタントに招いてヴラディミールと一緒に造ったものだという。そう言われると、このクールな精密感や濡れた赤い花びらのような香りは、確かにリジェ=ベレール的な造りだという気もする。

4、アコンカグア・コスタ・シラー 2014

 ピノ・ノワールも素晴らしかったが、シラーは驚異的だ。優れたシラーに期待したい特質が、つまりユリ、黒系果実、スパイス、ベーコンファットの香り、微細にして浸透力のある優美なタンニン、軽やかで伸びのある酸、抜けのよさと厚みの両立、等々が、なんのストレスもなく、悠々と表現されている。余韻は極めて長い。これは世界のどんなシラーにも伍する品質なのに、値段は比較にならないほど安い。

 冗談で「ピノがリジェ=ベレールなら、これはエチエンヌ・ギガルに造ってもらったのか」と言うと、醸造長は「これは自分でちゃんと考えてすべてやった」。いろいろな議論(ここで記事にしている何倍もの話をしている)を通して感じたことは、ヴラディミールはすごい才能の持ち主だということ。ここでふと思った。「エラスリスは、アイコン・ワインだけがまるで別のワイナリーのような味がする。正直、アイコン・ワインよりアコンカグア・コスタやマックス・レゼルヴァのほうが素直でいい造りだ」。するとヴラディミールは、「アイコン・ワインはチャドウィック氏が造る。他は醸造チームが造る」。
※醸造長のヴラディミール・メデル・ピノさん。

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アイコン・ワインは十分すぎるほどに気合い十分であり、そこからエドゥワルド・チャドウィック自身とコミュニケーションすることを可能とするという意味では、魂の発露たる芸術作品、すなわちゴッホ的なワインなのだと思う。だが、私がしばしば引用する藤原定家『近代秀歌』の有名な分析、「むかし貫之、哥心たくみに、たけをよびがたく、詞つよく、姿おもしろきさまを好て、餘情妖艷の躰をよまず」を再び思い出してしまう。“われ”の意識が描写対象のおおいなる力の前で無心になる、ポジティブな諦念がない。だがアイコン・ワインの想定消費者に諦念など似合わないのだから、それでいいのだ。彼はボルドー1級シャトーとヴィニエド・チャドウィック等の自分のワインをブラインドで比較するイベント(もちろん結果は彼のワインがボルドー1級並みに、往々にしてそれ以上に、すごいということになる)をベルリンをはじめ東京等世界の大都市で開催してきたようだが、そのような発想じたいが餘情妖艷の躰ではない。それに対してヴラディミールのワインは藤原定家が絶賛する例、たとえば源俊頼の「とへかしな玉串の葉にみがくれて鵙の草ぐき目路ならずとも」と同じく、清明なたたずまいの中に餘情妖艷がある。私個人がチリの自然、人々、文物、食品すべてから感じるものは、金閣寺よりも銀閣寺である。
※これがアコンカグア・コスタのシラーとピノ・ノワール。エラスリスに行ったら買うのはまずこれだ。私も何本か買いたかったが、いかんせん飛行機の荷物の重量制限が、、、、。

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