コラム 2016.03.01

【レバノンのワイナリー】固有品種のひとつの未来 ドメーヌ・ワルディ

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※ジェネラル・マネジャーのアジズ・ワルディさん(右)と、ワインメーカーのディアナ・サラメさん(左)。

ドメーヌ・ワルディ Domaine Wardy

 おお、こんなところに『ニコラ』が。ベカー高原に行く前、レバノンの首都ベイルートの裏通りを散策していた時、見慣れた看板が目に入った。フランス各地にあるワインショップチェーンのフランチャイズだ。オーナーにお勧めのレバノンワインを尋ねると、ドメーヌ・ワルディがいいと言う。聞いたことがない名前だ。

ワルディ家は1891年からアラックとワイン販売をしていたが、生産は家内消費にとどまっていたらしい。アラックの商業生産を始めたのは1968年、ワイナリー建築は1992年、初ヴィンテージは1996年と比較的新しい。

ニコラのオーナーは正しかった。確かに素晴らしかった。センスがある。あるべき要素があるべきところにおさまっているので、一体性があり、過剰も不足もなく、飲んでいて抵抗成分を感じない。そして華がある。香りがふわっと広がり、質感が優美で、抜けがよく、残り香もピュア。多くのレバノンワインが本来の姿と現在の市場性のあいだで苦悩する内向性を引きずるのに対して、ワルディのワインはその先の開かれた地平まで到達しようとする明確で前進的な意志力を感じさせるのがいい。

特にオベイデ。2011年が初ヴィンテージとなる、オベイデ・ルネッサンスの旗手と呼ぶべき作品だ。野性酵母を使用して高温で短時間ステンレス発酵、半年樽熟成という造りがいい。クリアさの中にふつふつと湧き上がるエネルギー感と厚みがあり、オベイデの地味さを深いディティール感へと導き、余韻が長い。樽熟成ならではのほのかな苦味もオベイデの味を大地へと着地させる働きをしている。ワインメーカー、ディアナ・サラメさんも「もっとオベイデを植えたい」と表明しており、ワルディが新生オベイデの発展にとって重要な地位を将来も占めることを期待したい。

そもそもレバノンでは「普通のワイナリーは生産量の90%が赤」だが、ワルディは「35%が白」。オベイデ、シャルドネ、ヴィオニエ、ミュスカ、ソーヴィニヨンのブレンドであるクロ・ブランも、ミュスカ、ヴィオニエ、シャルドネのブレンドであるプライベート・セレクション・ホワイトも素晴らしい。単にフレッシュ&フルーティなだけではなく、シリアスなミネラル感と奥行き感がある。これらの品種名を見ても、ワルディではフランス北系品種だけではなく南系品種に対して気配りをしているのが分かる。繰り返し主張しているように、また常識的に考えて、レバノンは気候的に北系品種の産地であるはずがなく、そして実際、北系品種シャルドネが占める比率は5%でしかない後者の出来のほうがよい。

※レバノン伝統品種の魅力を正しく伝える、ドメーヌ・ワルディのオベイデ2013年。

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赤に関しては、もう皆さんも想像がつくように、南系品種の代表たるサンソーを40%含む最も安価なワイン、レ・テロワールが最も優れている。カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シラーのブレンドであるレ・セードルやプライベート・セレクション・レッドは、才能あふれるサラメさんの力をもってしても、国籍不明新世界ワイン的な傾向から完全には逃れられない。安いほうがおいしいのはけっこうなことだが、土地と才能を無駄に使ってはいけない。

ところでレバノン全体の話だが、ボルドー品種やシャルドネやシラーがなぜいまひとつの出来なのかといえば、気候的不一致だけが理由なのではない。それらは比較的渇水に弱いため、保水性に優れた平地の沖積土・粘土の畑に植えられることが多いからだ。だから石灰岩のもたらすミネラル感が弱く、垢抜けない平板な味のワインに出会うことが多くなる。渇水に強いサンソー等の南仏品種やオベイデは斜面に多く植えられる。どちらがよいテロワールなのか、いや、少なくとも、私がおいしいと思う味が生まれるテロワールなのか。レバノン以外の多くの国では普通、斜面の畑のワインが高価で、平地の畑のワインは安価だ。しかしレバノンでは往々にして逆だ。レバノンだけに特殊な論理が働くわけではない。テロワールのワインではなく、品種のワインを造ろうとしているから、こういう事態に陥る。

石灰岩のワインなのか、それとも沖積土のワインなのか、と問えば、多くの人は前者が高品質で高価だと思うだろう。サンソーのワインなのか、それともカベルネ・ソーヴィニヨンのワインなのか、と問えば、後者が高品質で高価だと思うだろう。その内在化された認識方法が問題なのだ。外国の消費者だけではなく、レバノンの生産者さえもがそう思っているのが問題なのだ。なぜ、ある種の洗脳に気付かないのか。北の南に対する潜在的な抑圧に気付かないのか。私はまるでサイードの『オリエンタリズム』のようなことを言おうとしていると思われたとしても間違いではない。レバノンいやオリエントを永遠に固定化された劣位に置こうとする認識論的な体系に、我々アジア人が疑問を呈さずしていいのかと言いたい。ボルドー品種を筆頭とする国際ブランド品種に依存する以上は、レバノンは永遠に劣位であり、「正当なるオクシデンタルワイン」に対する箸休め的なエキゾティックな代替案であり続ける。それは正義か。<田中克幸>

※いろいろなレバノン料理に対しても、よく合うのはカベルネや樽の効いたパワフルな赤ワインではなく、オベイデやプライベート・セレクションといった白ワインだ。

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430ha擁する大生産者 シャトー・ケフラヤへ続く

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