コラム 2016.03.01

【レバノンのワイナリー】美しいワイン ドメーヌ・デ・トゥーレル

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※歴史の古い高名なワイナリーだが、建物は昔のままで質素。外から見たら普通の家のようだ。

ドメーヌ・デ・トゥーレル Domaine de Tourelles 

 1964年、オスマン帝国がベイルート・ダマスカス間の道路を建設する際にエンジニアとしてマルセイユから招聘された、フランソワ=ウジェーヌ・ブリュン。彼はレバノンに魅せられ、1968年にベカー高原にドメーヌ・デ・トゥーレルを設立。レバノンで初めての商業ワイナリーとして、瓶詰めワインを最初に発売することとなった。ブリュン家による所有は三代目のピエール=ルイが2000年に死去したことで終わりを告げ、今は彼のレバノン人伴侶の血を引く家族が所有している。

※ワイナリーがアイサ家の所有になってから二代目となる、オーナーにしてワインメーカーのファウジ・アイサさん。

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 オーナー兼ワインメーカーのファウジ・アイサさんの雰囲気そのままに、彼の造るワインは淀みのないエネルギーに溢れ、躍動感・リズム感に優れている。「昔のワインは何も操作していないのに今飲んでもおいしい。優れたワインはそれ自身で出来上がるものだ。だからうちでは昔ながらのコンクリートタンクを用いて野性酵母で発酵するし、温度調整もしない。ワインはあれこれいじればいじるほどダメになる」。その意見には完全に同意する。もちろん栽培は実質的にオーガニックだ。

2009年が彼にとっての初ヴィンテージだが、さすがにシャトー・マルゴーやルネ・ロスタンでワインメーカーを務めただけあり、その2009年のMarquis des Beys Redの味に不安定感や稚拙さなど皆無で、極めて流麗で上品だが堂々としている。これはシラーとカベルネのブレンドで、他ワイナリーでの今までの経験では成功する機会が少ないタイプのワイン(つまりごつごつ、ざらざら)だというのに、この豊かさ、柔らかさ、ジューシーさはいったいどこから来るのか。シラー、カベルネ・ソーヴィニヨン、サンソー(20%)、カリニャン(5から10%程度)の基幹ワイン、Domaine des Tourelles Red 2012ものびのび、イキイキとして、垂直性があり、スケールも大きく、文句のつけようがない。カリニャンを含んでいるのがポイントで、だから背骨がしっかりと縦に通るのだと思う。これぞ現在のレバノンを代表する赤ワインだろう。シャルドネ単一のMarquis des Beys White 2014も、飲む前の予想を心地よく裏切り、純粋さと複雑さが両立し、垂直的で、極めてミネラリーで、酸も心地よく、余韻は大変に長い。ロゼだろうが白だろうが、シラー(Syrah di Liban)だろうがカベルネ・ブレンドだろうが、そしてどんなヴィンテージだろうが、すべてのワインが客観的に完成されているだけでなく、ハートに訴えかけてくる。これほどヒットを多産するワイナリーは世界広しと言えどもそうは多くない。

※ドメーヌ・デ・トゥーレルはレバノンの国民酒アラックの生産でも名高い。オベイデ、マルワ、サンソーのワインを造り、蒸留して72度のアルコールを造り、それと同量のアニスシードと水を加えて、小さな甕で熟成させる。アニスはシリア名産なのだが、最近の戦争で入手が困難になっている。

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とはいえこのワイナリーはもともと素晴らしいのだ。それを物語るのは彼の父親の代に造られた2006年。涼しい年だったこともあり、現在のスタイルより楚々として、フローラル感が強く、細身の美しさに心奪われる。オーク樽を使用しないがゆえに、シラーの最上の美点である香りののびやかさとキメの細かさとビビッドな酸が何ものにも邪魔されることなく素直に表現される。他のワイナリーに見習ってほしい味だ。

さらにはブリュン家時代に造られた1976年。物質性が抜け落ちているがゆえに、スピリチュアルな美しさが際立ち、純化されたエネルギーのみが長く続く、理想的な熟成感。これこそレバノンに求めたいワインのありかただ。聞けばこの時代はサンソー単一ワイン。ああ、やはりそうなのだ。サンソーはレバノンという土地を得て、またレバノンはサンソーという品種を得て、かくも美しい光景を表出する。その思いがこうして確かになればなるほど、同時に憤りが湧き上がる。この美しさを過去のものにしていいのか、と。自己主張の強い国際品種の戦車に、再びレバノンが蹂躙されていていいのか、と。そしてまた無念がつのる。この状況を変革することができない私の無力さに。<田中克幸>

※1976年ヴィンテージの瓶。サンソーがこれだけ美しく熟成するとは知らなかった。当時のラベルはとてもオリエンタルな感じがして、正直、現行品より好きだ。ワインはもともとオリエンタルのものなのだから、これでいいのだ。

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最高の標高から産まれるワイン イクシールへ続く

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