コラム 2018.01.20

アルザス Domaine Dischler

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▲ドメーヌ・ディシュレールの外観。いたって普通の農家。  アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムの生産者である。所有畑面積は11・5ヘクタールと、ある程度大きなドメーヌだが、別に有名でもなんでもない。特別なこともしていない。栽培も普通のリュット・レゾネだし、収量は50hl/haと多くもなく少なくもなくだし、収穫も全体の4割は機械で行う(さすがにグラン・クリュは手摘み)。ウリになるものがないから、日本には輸入されないだろう。そもそも輸出が極めて少なく、生産量の7,8%のみ。「リヨン、パリ、メッツが大きな市場」と、オーナーのナタリー・ディシュレールさんは言う。

国内市場向けワインの味である。それがいいのだ。海外メディアに頻繁に登場するようなワインは素晴らしいものの、高級感がありすぎて恐れ多さが先に立つし、そもそも高い。ないし、風変りな味のワインで、話としては興味深くとも実際に買いたいとは思えない。野心的なビオディナミ系若手ワイナリーの作品は、最近では揃ってSO2無添加傾向で、その多くはバランスを崩しているか気持ちが空回りしているか。ヴィニュロン・アンデパンダンでも、昔はビオディナミのマークは信頼の証であり、そういったワインだけを試飲していたら打率が高かったのに、アルザスに関しては最近では逆に要注意の印になってしまっている。昔からビオディナミのワインが好きだった私としては極めて憂慮すべき事態である。その点、ディシュレールのような、ある意味なにも考えていないワインは、逆に余計な雑念が入り込まず、素直にテロワールの味がする。自然自然と理屈をこねるワインより、自然への直結感のある味だと思う。自然への直結感こそワインの大目的である。
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▲生産量の半分はネゴスに売られ、それはコンクリートタンクで発酵熟成。ドメーヌワインはステンレスタンクで発酵熟成。2015年ヴィンテージは2016年3月末に瓶詰めされた。
譬えて言うなら、山の手のミシュラン星付きそば店でカルト日本酒大吟醸もしくは流行りの自然派ワインと共に味わうそば懐石と、地元住民が通う旧江戸八百八町内の老舗そば店で灘の純米酒を飲みながら味わう普通の天ぷらそばと、どちらが江戸情緒に直結するかといえば、私にとっては後者なのであり、味の方向性、たたずまい、温度感、距離感はむろん、値段を思えばなおさら、実際に消費するのは後者である。しかし後者はメディアは取り上げず、食べログで高い点数は取らず、インスタ映えもしない。これから滅ぶ一方であろう。それでいいのか。
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▲アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイム リースリング 2015年。ラベルのあか抜けない地酒っぽさがいい。ジャケ買いでおいしいワインに出会えると思っているような人は、これを買わないだろう。

ディシュレールのアルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムは素晴らしいワインだ。しかし無条件的に素晴らしいものなどない。たわごとと思われるそばの話をしているのは、どのような立ち位置からものを言っているのかを明確にしないまま、いい悪い、好き嫌いの話をしても本当の意味は伝わらないからだ。前者のそばを期待してディシュレールに接すれば(ラベルが死ぬほどダサく、飲まずとも見ればノリが違うとわかる)、たぶんあか抜けない地酒だとネガティブに思うだろう。対して後者のそばを期待して接すれば、まさに期待通りの、普通の、ゆえに安心できて飲み飽きないアルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムであるとして好意的にとらえるだろう。語る対象、見せびらかす対象と実際に日常で消費する対象は異なる。むしろ重要なのは、そして読者の方々を含めて経験豊かなワインファンが自己の責務として意識すべきは、インスタ映えしないがよいワイン、普通に“らしい”ワインである。
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▲アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムの畑。樹齢30年。(ドメーヌのホームページから借用)

アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムは不思議なグラン・クリュである。なぜならジュラ紀石灰岩地質にもかかわらず、31・2ヘクタールのうち18ヘクタールをリースリングが占め、リースリングの畑として名高いからである。それは正しい。常識的にはゲヴュルツトラミネールの畑かと思うが、自分の限られた経験では、アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムのゲヴュルツや他の品種は悪くはないとはいえ、リースリングほどの表現力、スケール感、存在感、個性はない。アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムといえばリースリングに限る。石灰の味がするが、粘土の味がしない、というのがポイントである。ジュラ紀ならではの開放性と豊かな果実味がリースリング品種のタイトなミネラル感と酸とあいまって、コントラストの大きな、かつ抜けのよい(粘土が多くてはそうはならない)1プラス1が3になるような見事な結果をもたらす。実際、まずいアルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムのリースリングを飲んだことがない。ジュラ紀グラン・クリュの中で好きなリースリングはどこかと聞かれたら、私はこれを選ぶ。 Dischler6
▲アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムの中のディシュレールの区画を指で示すナタリー・ディシュレールさん。 ディシュレールはこのグラン・クリュからリースリングのみを生産する。このグラン・クリュ自体が無名で、かつ生産者も無名で、いかなるブランド力もないため、値段は恐ろしく安い。有名生産者のベーシックなワインよりも安い。ブルゴーニュの有名生産者の村名と無名生産者のグラン・クリュは同じ値段だが、私なら絶対に後者を買う。アルザスでも同じことである。アルザス・グラン・クリュは、その個性とそこにふさわしい品種を分かった上で買うなら(この前提条件ゆえにブルゴーニュよりハードルが高い)、すべてのフランスワインの中で、いやすべてのワインの中でも、最高のお買い得である。ある他の生産者にディシュレールの値付けを伝えたら「グラン・クリュに対する侮辱だ。グラン・クリュの価値を下げ、ひいてはアルザス全体の価値を棄損する」と怒っていた。その理屈は理解するが、消費者としては安くておいしいワインに文句はつけられない。
普通、普通と先ほど言っていたが、それは凡庸とも常識的とも異なる。2015年のアルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイムは、このグラン・クリュの魅力が一回り大きなスケールで表現された傑作なのだが、数値が尋常ではない。アルコール度数14%!残糖16g!pH2.93!しかし、ここまでアルコールが高くとも凝縮度が高いためにバランスがとれ、残糖が多くとも酸も多いためこれまたバランスがとれている。聞けば収穫日は9月29日。2015年のグラン・クリュの公式収穫開始日は9月7日だから、相当遅い。早摘み指向の最近のワインとは異なり、完熟したブドウならではの湧き上がる自然な力と安定感と包み込むような広がりがある。アルコールと残糖の数値に過剰にとらわれるべきではない。地球温暖化の中では、こういったワインが現実の条件下での“普通”であり、アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイム“らしい”のだ、と私は言いたい。タンクから試飲した2017年もまた大いに興味を惹かれる。公式収穫開始日が8月30日(ああ、地球温暖化!)なのに対して、ここでは10月20日。ものすごいパワーと酸。若干甘さが強めだが、前に出てくる表現力は気持ちがよいものだ。
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▲アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイム リースリング 2017年。実質的にこれはVTというべき味だが、未熟で辛口より完熟で中甘口のほうがずっとテロワールの個性が分かると思う。

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