コラム 2016.08.18

創業からいまだ20年 チリの巨人コノ・スル

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新しいアイコン・ワイン、シレンシオ。静寂という意味の名前をつけるあたり、コノ・スルも良い意味で変化していると感じるのは私だけだろうか。

 なんだかんだ言っても自分にとって基本のチリワインといえば、サンタ・リタのカサ・レアル、カルメンのゴールド・リザーヴ、コウシノ・マクールのアンティグアス・レゼルヴァスといった古典だ。しかしこの十年のあいだにチリワインを飲み始めた人ならば、コノ・スルは確実に欠かせない存在であり、評価軸のひとつとなっているだろう。創業は1993年と新しいワイナリーなのに、よくぞこれほどの発展を遂げたと思う。

 コノ・スルは新しいだけに、その新しさをプラスに転化すべく、うまいキャッチフレーズを考えついた。彼らのホームページに大きく書いてある、“No family trees, no dusty bottles, just quality wine”がそれだ。自分が冒頭に挙げたようなワインの真逆。ワインに諸行無常とか切なさとかミステリーを求める人には、最も向かない類のワイン。しかしこのフレーズに共感がもてる人なら、コノ・スルのワインがぴったりだ。裏表のない、健康・健全な、LEDライトで照らされたような、直線的で明瞭でロジカルでスピード感のある、欠点がないことが欠点だと言いたくなるほどの客観的完成度の高さ。換言するなら、ブライトな香りにビビッドな味。数年前にコノ・スルを訪問して以来、今回久しぶりにテイスティングしたが、印象は変わらない。企業全体のイメージにぴったりと該当するキャラクターの味を全ワイン一貫して造り続ける技術力たるや、ただひとこと、おそろしい。
※チーフ・ワインメーカーのアドルフォ・フルタード氏。お目にかかったのは今回初めてだが、ものすごい才能のある醸造家だと即座に分かった。聞いて分からないことがなく、細かいデータもみな記憶して、あらゆることに明確な意見をもち、すべての質問には0・5秒で理路整然と答える。まるで事前に質問を渡して、答えを読んでいるかのようによどみない。こういう人でなければ、これほど莫大な量の多岐にわたるワインを一糸乱れぬ統制をもって作り上げることができるはずがない。ハンニバルもかくや。いやどことなく顔が似ているという点で、ローマの名将マルクス・ウィプサニウス・アグリッパに比するべきか。
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 新しいワイナリーならではの戦略は、ピノ・ノワールの大々的な訴求だった。90年代には誰もチリのピノ・ノワールに注目していなかった。しかしピノがカベルネに続く世界的な一大ムーヴメントになることは予見できた。カベルネ・ソーヴィニヨンばかりのチリで、これは彼らのアイデンティティー確立と差別化に大いに寄与し、以降の発展の支えとなった。だから彼らのいままでのアイコン・ワインは、ピノ・ノワールのオシオだった。

 とはいえ私はコノ・スルのピノ・ノワールにそれほどの熱狂を覚えない少数派に含まれると自覚している。私にとってその理由は明確で、オシオと20バレルという上位ふたつのワインがカサブランカ産だからだ。確かにふわんとしてクリーミーな果実と芯のつぶつぶ感はカサブランカの味なのだから、間違ったワインであるばかりか、素晴らしいカサブランカの表現であることは論を待たない。しかし90年代ではともかく、今ではカサブランカは暑い味がする。もうひとつ人気の高いオーガニックのピノは、チンバロンゴのコノ・スルのワイナリーの前にある畑だからアンデスに含まれるとしても、やはり暑い味がする。その点、シングル・ヴィンヤードはサン・アントニオ産であり、前二者と比較すると酸のキレ味やミネラルのエッジのシャープさがあっていいと思う。

 果実の厚み、タンニンの粉っぽさ、酸のやわらかさ、黒系果実風味、相対的な水平性といった、コノ・スルのピノ・ノワールの特徴を列挙すれば、読者の方々は「そりゃ、マルタン・プリウールがコンサルタントだから当然だな」と言われるかも知れない。確かにドメーヌ・ジャック・プリウールのワインはそういう味がする。好きな人はそれを享楽性、開放性、積極性、食卓への親和性と考える。私はけっこう好きだ。クロ・ド・ベーズ、シャンベルタン、ミュジニー、クロ・ヴージョ、エシェゾー・シャン・トラヴェルサンといった、極めて厳格でシリアスで拒絶的な個性をもっているジャック・プリウールの代表的な畑と飲み手との距離を、享楽性や開放性というスタイルが縮めてくれるからだ。難しい問題をそのまま難しいとして取り組まないより、池上彰氏の解説を聞いて少しでも理解したほうがいい。
※バレル・ルームを埋め尽くす新樽。20バレル・シャルドネの四分の三はフランソワ・フレールのMLトーストの新樽で発酵されるが(残りはコンクリート・エッグ)、樽臭さなど皆無。フルタードさんに、どうしてこんなに樽がワインになじんでいるのか聞くと、最初に1%の塩水で洗浄することがポイントだという。「新樽の酸素透過性とタンニンはよいが、風味は必ずしもよくない。どうすれば解決できるかを考え、10年前に自分で考えだしたのが塩水洗浄」。なるほど、茄子の灰汁も塩水で抜く、と思った。
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しかしカサブランカもチンバロンゴも花崗岩土壌だ。陰陽バランスからするなら、陽プラス陽になる。それが分かって買うなら、つまり夏の屋外のパーティ等、陽性が大切になる状況での使用を想定するなら、ゆえにコノ・スルのピノ・ノワールは正しい選択となる。ところがワインそのものを鑑賞しようとするなら、自分にとって陰性のないピノ・ノワールは、ヤバさ、危なさのないロック音楽と同じだ。このようなことをああでもないこうでもないと考え、議論するのもワイン趣味のひとつなのだから、その意味ではコノ・スルのピノ・ノワールは素晴らしい議題を提供してくれる、大変にありがたい存在だ。ブルゴーニュのグラン・クリュについては多くの人が熱い議論を交わすだろうが、いまのブルゴーニュの値段を考えればその議論のために数十万円、数百万円が必要になる。コノ・スルの全ピノ・ノワールといくつかのチリのピノ・ノワールを買い集めても1万円台でおさまる。ワイン趣味にとって大事なのは、このことに関しては世の中の大多数が私の意見に反対のようだからあえて言うが、飲むだけではなく、飲んで考えることである。商品と貨幣の交換は単にプロセスなのであって、売れば終わり、買えば終わり、ではない。コノ・スルのキャッチフレーズが危険なのは、とらえようによっては、おいしければそれでいい、という意味に聞こえることだ。クオリティは前提であって、その周縁のあれやこれや(それこそfamily treesやdusty bottlesが象徴するような)も、ワイン趣味としての考察を深め、楽しい議論をするためには大切なことだ。
※コルチャグアのチンバロンゴにあるコノ・スルのワイナリー外観。
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 私にとってコノ・スル最高のワインは、常に、ビオビオのシングル・ヴィンヤード・リースリング、ペウモのシングル・ヴィンヤード・カルメネール、マイポのシングル・ヴィンヤード・カベルネ・ソーヴィニヨンだ。これらは自根のワインだし、リースリングに関しては無灌漑だし、品種と土地が適合したマジカルな味がする。これらのワインの品質を思えば、その値付けは冗談としか思えないぐらいに低い。これらのワインにはもともと、品種の個性という観点からしても自根という点においても、適度なシリアスさとダークさが備わっている。それがコノ・スルのスタイルであるブライトさと合わさり、好ましくコンプリートな陰陽バランスを作り出すと同時に、シングル・ヴィンヤードならではの明快さ、直截さがよりよく表現されたワインとなる。畑の個性を楽しむという現代的な方向性を考えても、鮮度のよい魚をよく研がれた包丁でよどみなくすっと切ったかのようなそれらのワインは、チリワインのいまの姿を理解するための最上の教材となる。
※従業員の背中にはお馴染みの自転車のマーク。そして収穫かごはこのようにブドウを押しつぶさないように大変に小さく、まるでボルドーの超高級ワイナリーのようだ。これほどの巨大企業なのに、おおざっぱな仕事をしない。
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 今回の取材で、新たなアイコン・ワインであるシレンシオが登場したことを知った。日本ではほぼ2年前に発表されたようだが、私はその存在を知らなかったので、読者のみなさんとは時間差ができてしまって申し訳ないが、このワインは素晴らしいと思った。値段の差は理解を超えるにせよ、それはシングル・ヴィンヤード・カベルネ・ソーヴィニヨンの延長線上にあるワインだからだ。畑は、マイポ・アンデスのプエンテ・アルト。飲んだ瞬間に分かる、グラン・クリュの味。力強さと繊細さ、濃密さと軽やかさが奇跡的に同居し、空気感を大きく広げる、チリのカベルネ・ソーヴィニヨンの名声を築いてきたマイポ・アンデスの個性が、コノ・スルの卓越した技術力により、若々しい積極性をもって、すくっと立ち上がる。

今回はじめて飲んだシレンシオは、衝撃的であると同時に懐かしいものだった。私が最初に挙げた往年のチリの代表的ワインと、ほぼ同じテロワールである以上、基本のところでは同じ味がする。ああ、やはりプエンテ・アルトに戻ってきたのか、創業から20年以上が経ち、やはりこの伝統の味をアイコン・ワインとするのか、、、、、。
<田中克幸>

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