コラム 2016.09.30

今のコンチャ・イ・トロは、今までとは違う

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※サンティアゴの町はずれにあるコンチャ・イ・トロは大観光地でもある。十数年前は観光客の姿はなかった。チリのワインツーリズムの発展を目の当たりにすることができた。

 10800ヘクタールの自社畑。1100億円を超える売上高。3300万ケースの生産量。3450人の従業員(2014年度のプレス・リリースから)。この世界第二位の畑面積と世界第四位の生産量を誇る巨大企業については、いまさら私が何か言うことがあるとは思えないほど書かれているので、むしろ私よりも読者の方々のほうが詳しいだろう。CVSが常備しているようなワインだ、見かけない日すらない。

とはいえふと思う、皆さん、つまり、ワイン・メディアの記事を読むような、ないしワインテイスティングセミナーに参加するような意識の高いワインファンの方々はコンチャ・イ・トロを飲んでいるのか。話題のワイン、超高級ワイン、通なワインを買ってもコンチャ・イ・トロは買わないのではないかと思い、最近チリワインのセミナーを開催した時に参加者に聞いた、「コンチャ・イ・トロを飲んだことがあるか」。答えはもちろんYESだ。「ここ1年以内に、コンチャ・イ・トロを飲んだことがあるか」。答えはNOだ。「コンチャ・イ・トロはどんな味のワインか」。この答えは、「昔のことで覚えていない」。「そこにあったから飲んだだけで味を気にしていない」。「おいしくない」。「素人受けする樽が強くて濃い感じの、いかにもチリカベなワイン」。うーむ。どこで聞いてもきっとそんな答えだろう。

 傍観者ぶるな、お前はどうなんだ、と言われるだろうから、私個人のことを書くなら、もうすでにお分かりのように私はチリワインが好きなので、ワインを飲まないわりにはコンチャ・イ・トロを買ったことは何度もある。それはドン・メルチョーだ。あれは、どんな角度から見ても、世界の傑作カベルネ・ソーヴィニヨンのひとつであって、岩手短角牛のステーキには、バロッサの古木のシラーズと並んで最高のワインだ(そのようななんの新味もない常識を書いていては申し訳ない)。しかしそれ以外のコンチャ・イ・トロは買ったことがないのは事実だし、カルミン・デ・ペウモの試飲セミナーに潜り込んでテイスティングした一回を除いて、十数年飲む機会がなかった。

 だから今回サンティアゴのコンチャ・イ・トロを訪れた時にも、特別な期待はなかった。十数年前の味の記憶がそのまま残っていたからだ。ところが出されたワインをいくつか飲んでショックを受けた。かつての鈍重なイメージ、ディティール感に不足する樽が目立つ味はどこにもなかった。全部がいいとは言わないが(それにしても彼らはどれほど多くの種類のワインを造っているのか)、いくつかのワインは信じがたく繊細で、すっきりとした、これで一般に理解されるのかと危惧してしまうほど知的に洗練され、趣味のよい、通な味になっていた。
※ワインのテイスティングは、ワイナリーの敷地内にある、かつてのオーナーの邸宅だったこのゲストハウスで。

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 たとえばマルケス・デ・カーサ・コンチャのカベルネ・ソーヴィニヨン2014年。「この年から収穫を2週間も早めて、フレッシュさを出し、アルコールを低めて、飲みやすい味にした」という。熟成はバリック10か月のあと、トーストしていないフレンチオークで作られた5000リットル容量のイタリアのガンバとガンベロット製大樽(バローロやアマローネ等でおなじみだろう)でさらに10か月。コンチャ・イ・トロのカベルネがガンバやガンベロットの大樽で熟成されるなど、実際に見聞きするまで想像さえできなかった!ワインの色は赤系で薄く、今までのチリカベのイメージからすれば、まるで別もの。味わいは肩の力が抜けて適度な熟成感があり、古典的なブルネッロやリオハさえ思い起こさせる。有名なカッシェロ・デル・ディアブロのシリーズにおける新たなフラッグシップ、Leyendaも同じ熟成方法だ。
※こちらはカッシェロ・デル・ディアブロが熟成される有名な「悪魔がワインを守った」セラー。観光客向けのアトラクションめいた仕掛けがあって楽しい。それは昔と変わらないもので、懐かしかった。輸入元のホームページにカッシェロ・デル・ディアブロに関する動画があるので是非見てもらいたい。よくここまできちんとハリウッド映画のように作るものだと感心する。

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 今回最も感銘を受けたワインは、マルケス・デ・カーサ・コンチャ・シリーズの中のリミテッド・エディション・パイス・サンソー。ワイン名から分かるとおり、スペイン宣教師が持ち込んだパイス品種(85%、マウレ産)に、南仏のサンソー品種(15%、イタタ産)をブレンドしたもので、色は大変に薄く、アルコール度数は12度台と低く、酸がビビッドで、抜けがよい。これほど空気感のある、透明な味わいのワインはめったにない。ましてチリでは経験したことがない。

近年パイス再評価がチリでも日本でも進んでいるのは皆さんも知っていると思う。私は90年代末に初めてチリに行った時にこのチャーミングで素直で軽やかな味の品種に出会い、以来パイスのファンとなったが、以前は「あんなタンニンも酸もない昔の品種なんて」と蔑視されていた。だが世の中は変わった。固有品種の個性が積極的に捉えられるようになり、色が濃くてタンニンも酸もアルコールも強いようなワインだけがよいわけではないと誰もが思うようになった。だから今ではメインストリームの中のメインストリームたるコンチャ・イ・トロでさえきちんとパイスのワインを造る。
※左が、マルケス・デ・カーサ・コンチャ、リミテッド・エディション、パイス・サンソー。今まで飲んだことのあるコンチャ・イ・トロのワインの中でパーソナル・ベストを挙げよ、と言われれば、躊躇することなくこのワインを選ぶ。無灌漑、とラベルに誇らしく書いてあるが、自根・無灌漑のワインはやはり素晴らしい。右はテルーニョ、カルメネールのロット1。

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センスがいいと思うのは、パイスだけだと確かにフルーティだがぼんやりしがちなところを、サンソーの明確な酸と軽やかだが案外と芯のあるタンニンで補っているところだ。酸とタンニンを追加したいなら、それこそカベルネでもシラーでもよいかもしれない。だがそれでは性格も方向性も風味も接点がなく、木に竹を接いだようなバラバラな味のワインになるのは明らかだ。しかしサンソーはパイスと同じく軽やかで赤系の果実味があり、違和感がまったくない。あまりに素晴らしいので、ワイナリーを訪問したあとサンティアゴのワインショップで一本買った。いまサンティアゴに行く機会があれば、迷うことなくこのワインをもう一回、今度は一本とはいわず、買うだろう。しかし日本の輸入元や日本におけるコンチャ・イ・トロ社の関係者でさえこのワインの存在を知らなかった。現在のコンチャ・イ・トロを代表する傑作中の傑作が知る人ぞ知るワインで終わってしまうなら、コンチャ・イ・トロのイメージは、多くの人にとって、私にとってつい最近までそうだったように、昔のまま変わることがない。それはよくない。

マウレの古木のカリニャンから造られるヴィグノも素晴らしい。現代のチリのひとつの流れである地中海品種再発見ムーヴメントにきちんと対応する商品だ。泥臭くなったり粗くなったりすることも多いカリニャンだが、技術力のあるワイナリーだとネガティブな要素がうまく抑えられ、ミネラルや酸といったカリニャンの美点がすっきりと前に出てくるのだと感心した。しかしこのワインは彼らのホームページを探しても見つからない。そもそもヴィグノを造る必要があるのかという議論は必要だろう。小規模生産者にとってはマウレの古木カリニャンでワインを造る生産者団体の商標ヴィグノの名でワインを売ることは有効なマーケティング手段になるのは分かる。そしてこうしたワインが適切にマーケティングされることにより、古木の保護、南北の経済格差解消、ネイティヴのサポート、小規模農家の支援等につながるという意義は声を大にして主張したいところでもある。だがコンチャ・イ・トロのような超大規模ワイナリーなら、ヴィグノをこうした目立たない、誰も知らないような形で造るのではなく、新たに地中海系スペイン系品種のブランドを立ち上げ、カリニャンのみならず、ガルナッチャ、マタロ、テンプラニーリョといった品種のワインを群として生産し、チリの新たな可能性を示す先駆的にして主導的な立場をとるべきだと思う。数百ケースのカリニャンをチリ国内で細々と売る個人ワイナリーではできないこと、チリ全体のため、その将来のために大企業でしかできないことを、コンチャ・イ・トロにはしてほしい。今のままでは、ブームに乗り遅れないように、そして社会的体面にもいいから、ちょこっとツバつけときましょうか、といった感じに見えてしまう。やるならきちんとやる、やらないならやるべき時が来るまできちんと準備する、というのが正しい姿勢だろう。
※ドン・メルチョー・チームのワインメーカー、イザベル・ミタラキス・グイリサスティさん。名前から分かるとおり、コンチャ・イ・トロのオーナー一族。彼女の造ったグラヴァス・ロハスは、個人的にはドン・メルチョーさえも超える魅力を持っていると思う、世界のカベルネ・フランのベスト・ワインの中に数えられるべき傑作だ。

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 ポジショニングがよくわからないワインといえば、テルーニョのカルメネール、ロット1だ。カルメネール最上のグラン・クリュ、ペウモ産のワインであり、ノーマルのカルメネールは、いかにもペウモらしい厚み、粘りがあり、おおらかで、腰が据わっている。コンチャ・イ・トロはさすがに素晴らしい畑を所有しているのだと分かる、特級テロワールの味がする。スペシャル・キュヴェ、ロット1はミネラル感や酸のキレ味はあるものの、香りに青さがあり、密度が薄い。どうしてこちらのほうが高価なのだろう。ペウモのペウモ・ヴィンヤードのブロック27の中のさらに比較的砂質の区画のところを独立させたのがロット1で、「我々はカルメネールの個性がこの区画でよりよく表現されていると思う」と、ワインメーカーが言っていた。そうなのだろうか。カルメネールはチリにおいてはカベルネ・ソーヴィニヨンやフランより、メルロやマルベックに近い質感を持っている品種だと思うし、ゆえにそのキャラクターが強まる温暖でおだやかな気候と比較的肥沃な土壌をもつペウモが素晴らしいクリュとして認められているのではないのだろうか。ロット1は、4%のカベルネ・フランと2%のカベルネ・フランを含むが、その数字以上にカベルネ的な方向に行き過ぎていると思う。

いや、それ以上に、砂の多い区画と粘土の多い区画を分けるべきなのか。それらを合わせてペウモ畑ブロック27はひとつのテロワールであり、だからより複雑性が生まれるのではないか。世界じゅうで流行っているミクロ・テロワール・ワインは往々にして危険な方向性にある。それは造り手の趣味としては楽しいかもしれないが、一面的な味のワインが増殖しても消費者には迷惑であって、それより幅・奥行きのある好ましく複雑な味のワインが、畑を代表する決定打としてひとつだけあったほうがいい。ラ・ターシュ・ロット1、ロット2、などというワインがあったらおかしいのと同じだ。それに、ペウモの畑がモノクロで描かれた繊細な絵の上に、赤面するほどでかでかと青色で「生産本数2400本」と書いて希少性をアピールするラベルは趣味が悪い。ペウモのテロワールより希少性のほうが大事に見える。

カルメネールといえば、カルミン・デ・ペウモの存在をどう解釈するべきか。私はカルミン・デ・ペウモは極めて重要な作品だと思う。今回の訪問時にはテイスティングしなかったが、カルメネールのポテンシャルを最大限引き出し、かつ、このチリ独特の品種(原産地ボルドーではほぼ絶滅に近いから)をチリの将来の牽引車として行こうという意思に溢れている。とはいえペウモという名前をつけていながら、ピルケとプエンテ・アルトのブドウを含んでいるところはひっかかる。ここはペウモ産ブドウのみからワインを造らねば筋が通らないだろう。また、異なったアペラシオンのワインをブレンドすると、今までの経験ではフォーカスが甘くなったりユルくなったりしがちだ。高級ワインになればなるほど限定的な土地のワインになるというフランスのシステムは完全無欠とは言わないまでも基本は間違っていないと思う。カルミン・デ・ペウモのブレンド前のカルメネール(=ピュア・ペウモ)をテイスティングしてみたいものだ。

自分にとっての疑問は、コンチャ・イ・トロのアイコンワインとして長年君臨してきたドン・メルチョーの2倍という値付けだ。そこまで高コストなわけがないから、もちろん意図的な高価格だ。実際、「世の中には値段が高ければおいしいワインだと思う人が多いし、ラグジュアリー市場では高価格そのものが価値がある」というのは、ワインファン的な視点ではなく冷徹なビジネス的視点からは事実だし、かつ競合他社のアイコンワインの値付け(エラスリスが最たるものだ)を考えれば、コンチャ・イ・トロのプライドからして同等の価格のワインを造りたくなるのも分かる。だから高価格であること自体に疑問を投げかけているわけではない。
※ドン・メルチョーが熟成される新樽が並ぶセラー。上から霧が吹きだしており、温度だけでなく湿度も最適に保たれる。

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この値付けでは、コンチャ・イ・トロのアイコンワインはいまやカルミン・デ・ペウモであってドン・メルチョーではないと自ら宣言しているようなものだ。そしてそれは、カベルネ・ソーヴィニヨンを軸として成功してきたチリとコンチャ・イ・トロ全体にとっていいことなのか。他社のマーケティング担当が「カルミン・デ・ペウモの値付けは理論的に間違いで、ドン・メルチョーを筆頭とする旧来の商品体系の価値を棄損する」と言っていたが、その通りだと思う。

カルメネールをカベルネ・ソーヴィニヨンに続く大黒柱のひとつに育てたいという意図があり、その商品群全体の価値を上げるためには高価なアイコンが必要なのだから、本来ならばドン・メルチョーとカルミン・デ・ペウモは同等の価格で発売するべきなのだ。ここまで高価格な理由として「少量生産だから」と言っていたが、それは建前の理屈だろう。カルミン・デ・ペウモが独立した新会社の商品で、それ自体で採算を取らねばならないなら少量生産=高価格は理解できるが、年間3300万ケースの会社にとって年間3000本のワインの価格はシンボリックなもの以外ではありえない。値段を上げたいなら、ドン・メルチョーの品質を上げる努力をした上で、そして生産本数を減らした上で、ドン・メルチョーとカルミン・デ・ペウモ両者を15000円程度にすればいいのではないだろうか。

ではどうすればドン・メルチョーの品質を今より上げることができるのか。ブレンド前のワインを飲んでいないので単なる憶測だが、プエンテ・アルトのテラス2の区画のブドウの比率を下げるとか、カベルネ・ソーヴィニヨンの比率を現在の91%から下げて、カルメネール、マルベック、プティ・ヴェルド(前二者はそもそも植栽から始めねばならないが)を0・5%から3%ほど加えるとか、もし「カベルネ・ソーヴィニヨンのワイン」であることにこだわらないならカベルネ・フランの比率をさらに上げるとか、灌漑量と収量を下げるとか、一部スプリンクラー灌漑を試してみるとか、ビオディナミにするとか、ボルドーと同じように最新のコンクリートタンクを導入するとか、若木のセクションでも接ぎ木をこれ以上増やすのはやめて自根に戻すとか、ソーヴィニヨン・ブランとソーヴィニヨン・グリのブドウを0・1%加えて混醸するとか、やってみることはいろいろあるような気がする。現状のワインも素晴らしいが、欠点をあえて探すとするなら、僅かにタンニンが粗いとか、ミッドの密度と質感の厚みと垂直的な芯と躍動感がもう少しあってほしいとか、凝縮度とスカッとした抜け感を高度に両立してほしいとか、香りに複雑さと清涼感がほしいとか、言えなくもない。正直、90年代においてはドン・メルチョーのほうがアルマヴィーヴァより上だったが、ここ数年はアルマヴィーヴァが追い越してしまっている。ドン・メルチョーのファンとしては、そしてプエンテ・アルトという偉大なテロワールのポテンシャルを信じる者としては、あれやこれやの新商品開発もいいが、この基幹ワインの不断の品質向上に努力を傾けてほしい。

そう思ってしまうひとつ理由は、同じドン・メルチョー畑から生まれるカベルネ・フラン主体のグラヴァス・ロハス2014年が、ドン・メルチョーよりもおいしかったからだ。これもどういうわけだかコンチャ・イ・トロのホームページの商品リストに掲載されていないような隠れワインなのだが、ドン・メルチョーより華やかさ、のびやかさ、キメの細かさがあり、エレガントで高貴な気配がする。このようなワインが出来るなら、ドン・メルチョーももっとおいしくなるということだ。何度も繰り返すが、努力を拡散させていてはいけない。それがアイコンでありチリのシンボルでさえあるドン・メルチョーに関する話なら、なおいけない。ラフィットが、ブレンド違いでもうひとつのグラン・ヴァンを同じ畑から造って、そちらのほうがラフィットよりおいしかったら、何か根本的に間違っていると誰もが指摘するだろう。同じ理屈がコンチャ・イ・トロには該当しないわけがない。

最後に。コンチャ・イ・トロに期待したいのは、アタカマからパタゴニアに至る各産地のテロワールの個性を生かしたワインのシリーズだ。ホームページのワインメーカーズ・ジャーナルを読むと、たとえば今はマウレについての記事が掲載され、カウケネスのカベルネ・ソーヴィニヨンやサン・クレメンテのメルロがよいと書いてある。読んでいるとおいしそうで、わくわくしてくる。しかしワイナリーの仕事はそのような記事を書いて終わりではなく、実際に「カベルネ・ソーヴィニョン、カウケネス、マウレ」や「メルロ、サン・クレメンテ、マウレ」というワインを、テロワール・シリーズのマウレ商品群として生産することだろう。
※イザベルさんによるドン・メルチョーのプレゼンテーションの中で使われていた、ドン・メルチョー畑におけるヴィンテージごとの気温と降水量のグラフ。こうしてみると、私の好きなチリのヴィンテージである2011年や2013年がいかに涼しかったか(特に後者)が分かる。テイスティングには2012年がまず登場したのだが、「まあまあの出来。ドン・メルチョーらしくない」と言ったら2011年が出てきた。「これならどうか、君の考えるドン・メルチョーの味がするか」と聞かれたので、「もちろん!」。チリでもヴィンテージの差は激しい。

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現状の商品構成では理念上はテルーニョがそういった産地別ワインなはずだが、先述したペウモのカルメネールの他には、ピルケのカベルネ・ソーヴィニヨン、カサブランカのメルロとソーヴィニヨン・ブランしかない。いまのテルーニョは、網羅的・俯瞰的なテロワール・シリーズというより、まずペウモのカルメネールのために作られ、そしてワインメーカー、イグナシオ・リカバレンのために作られ、辻褄を合わせるために寄せ集めたシリーズのように見える。ペウモは万人が認める偉大なテロワールだが、カベルネ・ソーヴィニヨンにとってピルケはそこまで偉大なのだろうか。よいテロワールだということに異論はないが、プエンテ・アルトやマクールと比べてどこか腰が軽いというか、構造が緻密とは言えないと、皆さんも思わないだろうか。個人的にはポムロール台地部分とオー・メドックみたいな、格が違う産地が同居しているような気がする。だからテルーニョは、あれほど偉大なカルメネールが出来るのだから、カルミン・デ・ペウモを頂点とするペウモ×カルメネールのシリーズとして再構築するほうが話が分かりやすいと思うのだ。そしてイグナシオ・リカバレンの功績を尊重するなら、彼にはカサブランカというテロワールの追求と、その価値・意味の再構築をしてもらいたいものだ。

望みたいテロワール・シリーズは、アタカマのシャルドネ、リマリのピノ・ノワール、レイダのシラー、カチャポワルのカルメネール、クリコのガルナッチャ、マウレのカリニャン(先述したように、ヴィグノではなく)、ビオビオのリースリング、パタゴニアのソーヴィニヨン・ブランといったワインだ。そして同じ産地の中でも小地区ごとにふさわしい品種のワインが幅を持たせる(サン・クレメンテのメルロのように)商品構成をとってほしい。こうしたシリーズがあれば、我々はチリの広大な産地の多様性を理解できるようになり、ワインを品種と価格だけではなく、もともとワインはそうあるべきだが、土地の表現として選ぶことができるようになる。それがチリが次のステップに進むためには、つまりフランスやイタリアのようにワインをアペラシオンで理解される国になるためには絶対に必要なことなのだ。やろうと思えばすぐにでもこうしたワインを生産しうる会社は、チリ広しといえどもコンチャ・イ・トロだけだ。王者は、その地位にふさわしい行動をとってほしい。

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