コラム 2016.02.29

【レバノンのワイナリー】品種とテロワールとは? シャトー・クサラ

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※ベカー高原観光には欠かせないシャトー・クサラ。観光の受け入れ態勢は万全で、ガイド付きツアー、ワインショップ、レストランもある。

シャトー・クサラ Chateau Ksara

 我々にはお馴染みのフランシスコ・ザビエルらが1534年にパリで設立した、カトリック教会最大の男子修道会、イエスズ会。1640年代にレバノンで活動を始めた彼らが1857年に創立したワイナリーを起源とするのが、シャトー・クサラだ。イエスズ会が伝統的に造ってきたのは、宗教活動用としてイスラム教のオスマン帝国下においても認可されてきた甘口ワインだったが、彼らは1880年代、アルジェリアから南仏品種を運びこみ、辛口赤ワインを造り始めた。アラブ系品種からフランス系品種への転換、そして近代フランス的ワイン造りは、ピコ・サイクス協定によるレバノンのフランス領化以前に、このシャトー・クサラから始まったのである。

 しかし1972年、ヴァティカンは世界じゅうの修道院に、修道院が所有する商業資産の売却を指示。当時レバノンのワイン生産の85%を担っていたシャトー・クサラは翌年から民間企業となって今に続くが、いまでもレバノン最大のワイナリーであり、管理するブドウ畑は440ヘクタール、うち三分の一が自社畑である。

 代表的ワインは、カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、プティ・ヴェルドから成るボルドー・ブレンド、ワイナリーと同名のシャトー・クサラであり、トップ・キュヴェはシラーとボルドー品種のブレンドであるキュヴェ・デュ・トロワジエーム・ミレネール。しかし、個人的にはレバノンがボルドー品種ワインを基軸としている現状には納得できない。シャトー・クサラでもそれは例外ではなく、どこか泥臭く、抜けが悪く、タンニンは粗く、酸が固い。カベルネ・ソーヴィニヨン単一品種のワインでその欠点が最も顕著であり、カベルネ・ソーヴィニヨンを含まない(カベルネ・フランと交配品種アリナノア)ワイン、ル・スーヴレンの出来がよいことから、問題はカベルネ・ソーヴィニヨンと土地との相性の悪さ(石灰質土壌に植えるべき品種ではない)に由来するのだと推測される。

どうしてもボルドー品種が植えたいなら、カベルネ・フランにすべきだろう。この品種と白亜紀石灰岩の最高の相性はシノンで証明されているではないか。赤ワインではむしろ最も安価なプリューレ・ド・クサラが一番よいと思ったが、これはサンソー主体。イエスズ会の判断は正しかったのだ。

悩みが増すこととなった一連のワインのテイスティングのあと畑を歩いていると、幹が太く武骨な姿をしたブドウの樹を見かけた。むむ、これはもしかして南仏品種か、と思いきや、クレーレットだった。クレーレットはどのワインに使うのか、クレーレットが飲みたい、とお願いしたら、ランチの時に出てきた。シャトー・クサラでも一番安い白、ロブゼルヴァトワールの中にブレンドされているのだった。地元消費用の安いワインだから、とテイスティングに供するのをためらっていたが、どうしてそんな偏見を持つのか。高いカベルネ主体のワインよりずっとほぐれて、気品があり、静かな佇まいがよく、余韻も軽やかに長い。現状ではソーヴィニヨン・ブラン、ミュスカ、クレーレットのブレンドだが、クレーレット、テレット、ブールブーラン、グルナッシュ、ミュスカの混醸(それもストッキンガーのフードルで発酵)にしたら、どれほどおいしくなるのだろう。そのあと、1937年にイエスズ会が造った白ワインが出てきた。地に足が付いた、寛大さと威厳のある、生命力にあふれる味わいだった。品種は何かと聞くと、グルナッシュ・ブランとマカブー。目の前にこれほどの傑作がありながら、どうして誰も分からないのか。レバノンは南仏品種に戻るべきなのだ。なぜ誰もそのことを主張しないのか。

※クレーレットの樹。南仏ではこの品種はそれなりに高い酸のワインになるが、レバノンでは酸が低く、だから多くは抜かれてしまったようだ。しかしこの品種はブレンドで生きるはず。シャトーヌフのように、グルナッシュ主体の赤にクレーレットを混醸してもいいではないか

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かつてカベルネ・ソーヴィニヨン全盛のイスラエルで、奇異の目で見られつつも、カベルネと石灰岩は合わない、南仏品種を復権させよ、単一品種は悪だ、複数品種に戻れ、と私が強く主張していた時のことを思い出す。レバノンではありがたいことに単一品種のワインは稀だからまだよい。現在イスラエルではブレンドと南仏品種が大変に多くなっている。こうやって主張していれば、レバノンでも南仏品種が再評価されるようになると期待したい。

※シャトー・クサラの地下には全長2キロに及ぶ、シャンパーニュを思い出させるようなセラーがある。ローマ時代に作られたもので、1898年に発見された。気温13度、湿度75%とワイン熟成には完璧な条件だ。戦争中には避難所として使われていたそうだ。

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 最後に出てきたのは、ヴィエイユ・オー・ド・ヴィー。イエスズ会がクサラから立ち去ったあと、全長2キロに及ぶローマ時代の地下セラーの奥で発見された、400リットル容量の樽に入っている1930年代から40年代のブランデーをブレンドしたものだ。これは次元が違いすぎる。信仰なき現代には造りようもない傑作だ。熟成の年月が信じられないほどフルーティで甘く、ピュアで、誠実で、かつエネルギーに溢れている。香りが頭蓋骨を通過して、気配が天上までのぼる。純化された霊的な喜び。まさに修道院のお酒、最上のブルゴーニュにも似た印象のお酒だった。

 オーナーがレミー・マルタンのルイ13世のテイスティングに招かれたことへの返礼として、このオー・ド・ヴィーをレミー・マルタンに送ったらしい。すると「素晴らしかった。是非何本か売って欲しい」と依頼が。しかし、売るだけの数がない、と断ったそうだ。1998年に商品化され、生産本数は3000本だったという。レミー・マルタンだけではなく私も買いたいが、もう在庫はないだろう。これは今まで飲んだ中で最上の蒸留酒。一生、味を覚えておこう。<田中克幸>

※「クレーレットは使いみちがないから安いワインに入れている」と、生産者からもぞんざいな扱いを受けている、ブラン・ド・ロブゼルヴァトワール。しかし私はこれが好きだ。テロワールの素晴らしさが一番素直に出ているワインだ。

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固有品種のひとつの未来 ドメーヌ・ワルディへ続く

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