コラム 2017.01.06

Chateau Ferriere & Chateau Durfort-Vivens

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※こじんまりしたシャトー・フェリエールの建物。オーナー、クレール・ヴィラール・リュルトンは、ソノマに最近創立した(2012年初ヴィンテージ)ワイナリー、Acaiboに滞在していて不在だった。カリフォルニアは気候もいいし楽しいだろうが、マルゴーが不在地主化しないことを願う。フェリエールには彼女の特別なパワーが必要だ。というか、それがフェリエールの魅力の大きなひとつだ。

 シャトー・フェリエールは2018年、シャトー・デュルフォール・ヴィヴァンは2016年にビオディナミ認証を取得予定。前者のオーナー、クレール・ヴィラール・リュルトンと後者のオーナー、ゴンザーグ・リュルトンは、揃って本格的にビオディナミに取り組む夫婦である。

 彼らが工業的・商業的なワインに対して距離を置き、できる限り誠実に自然をリスペクトしたワインを造ろうとしてきたことは相当以前から知っている。彼らと会って会話を交わすのは楽しい。お行儀のよいまっとうな発言・行動が似合うメドックにあって、名家の生まれながら彼らは他の人とは違う。いや、名家だからこその一休宗純・平清盛的ハジケ方なのか。彼らの造るワインからは、彼ら自身と重複する独自の個性、明快な表現、強い牽引力といったポジティブな性質を感じることができる。

 タイトに引き締まりつつ気合の入った味わいはかねてより両者に共通するところだった。ソフトにフルーティでそつなくよい子なワインには惹かれない私は、もちろん彼らのワインが好きだった。とはいえフェリエールの場合はそれが粗さに、デュルフォール・ヴィヴァンの場合はそれが神経質さに傾くことがあったように、ないし、内側ではダイナミックな力がわきあがっているのを感じても、それが外側まで放射されないもどかしさがあったように、記憶する。

 彼らはボルドーの格付けシャトーらしく急激な変化こそしなかったが、それでも徐々にオーガニック化を進めてきた。今回訪問したのはフェリエールなので、このシャトーを例にとるなら、2007年に除草剤を廃止し、2011年には5ヘクタールの畑でオーガニック栽培を開始、以降全面的に拡張して2015年にはオーガニック認証を取得した。この変化がワインに反映されないわけがない。

 除草剤以前の2005年と、オーガニック開始以降の2011、12、13年ヴィンテージの比較は衝撃的だった。2005年をリリース当初にテイスティングした時は感銘を受けたものだし、今でもじゅうぶんにおいしいが、比較してしまうと、抜けが悪く、雑然として、平坦で、タンニンが粗く、ダイナミズムがないと感じられてしまう。言うまでもなく2005年は空前のグレート・ヴィンテージと見なされているし、最近の3年間はその反対だ。とりわけ難しかった2013年の垂直性とフォーカスと密度感は印象的だ。つまり、この差はヴィンテージの優劣の問題ではなく、化学薬品の有無の問題である。もはや過去のヴィンテージ評価や、往年の点数は意味をもたない。2005年時点での95点はいまや90点なのだ。これは市場価格の構造を根幹から揺すぶる事項であり、大声で主張されはしないだろうが、事実は事実である。しかし今のワインは昔のワインよりおいしいということは、我々にとって幸せではないか。
※シャトーを案内してくださった、PR担当のカロリーヌ・ヴィラサックさん。後ろに見える不思議な物体は実験用の発酵タンクで内部が卵型になっているらしい。
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 ではなぜビオディナミにするのかと、案内してくださった広報の方に聞くと、「主たる目的はワインの品質向上。もっとよくしたい。品質の要はミネラリティであり、ビオディナミはそれをもたらす。また子供によい遺産を伝えるため」。ポンテ・カネではタンニンのソフトさが語られた。こちらではミネラリティである。何が気になるか、何を重視するかは人によって異なる。変化の方向性に差があるとは思わない。その変化は全面的であり、どの要素も向上すると私には思える。ただ、そうは思わない人がいるのは事実で、それはマッシブな塊感とアタックのキツさをよいワインのサインだと捉える人のようである。

 ボルドーはある見方をするなら過激な競争社会だ。停滞していては品質的に取り残され、批判に晒され、価格が低迷する。それがスタイルの横並び的画一性に結びつくこともあり得るだろうが、少なくともオーガニックやビオディナミに関しては、それがポンテ・カネで証明されたような品質向上とビジネス的な成功を導くことが明らかとなれば、加速度的に進展していくというよい側面をもつ。まだまだこの動きは初期的段階ゆえ、本当の変化が見られるようになるのは10年後だろう。

 フェリエールとデュルフォール・ヴィヴァンの比較もまたおもしろい。前者は砂利層の下に石灰岩があり、後者にはない。後者のほうが1855年の格付けが上だというのはいかにも理解できることで、石灰岩のカベルネ独特の剛直さや硬質な酸より、砂利のカベルネの細やかさやしなやかさを評価していたということだろう。現在の視点からしても、確かにボルドーらしさという点では、明らかに後者のほうが上である。ただ今や価値基準はひとつではない。我々はクナワラ、サッシカイア、モンテ・ベッロ等の素晴らしさを知っているので、石灰岩とカベルネの組み合わせの味は、個性であって欠点ではないという客観的な視点が獲得できているはずだ。譬えて言うなら、ハラミにはフェリエールであり、ヒレにはデュルフォール・ヴィヴァンである。
※右側が1993年に設置された、内部エポキシ塗装のコンクリートタンク。左側は2013年に設置された、無塗装のコンクリートタンク。無塗装のほうがワインの質がよいとされるが、「昔はお金がなかったから、コンクリートタンクからワインが漏れてしまう危険性をおそれ、塗布した」。
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※新しいコンクリートタンクの表面は黒っぽい塗料がムラ塗りされ、ラベルのマークが大きく彫り込まれている。かっこいい。
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 しかしながら、古典的価値観で判断するなら、デュルフォール・ヴィヴァンのほうが上質なワインである。単純な話、余韻が長い。さらに、取り澄ました、と言えば聞こえが悪いが、世俗的な騒音とは無縁です、と無言で主張しているような距離感のある気高さ、緻密なシルキーさ、フローラルな香り、つま先でジャンプするような軽快感は、いかにもマルゴー2級に相応しい。ヴィンテージの性格上カジュアルでむっちりとした味になりがちな2012年でさえ、フェリエールにおいてはヴィンテージの個性のほうが優勢だったものの、デュルフォール・ヴィヴァンにおいてはテロワールの個性に目がいく。ただ、両者を同ヴィンテージで比較する際は、デュルフォール・ヴィヴァンはフェリエールより2年早くビオディナミへの転換を始めたというアドヴァンテージを考慮すべきだ。

 消費者の立場からすれば、フェリエールとデュルフォール・ヴィヴァンの好ましい点は価格だ。特に後者は現在、2級というステイタスを鑑みて、ブラーヌ・カントナックと並んで全ボルドー中最もお買い得なワインのひとつである。10年前はブルゴーニュと比較してボルドーは割高だと皆が思っただろうが、ブルゴーニュが高騰する現在、そしてブルゴーニュのオーガニック化先行のアドヴァンテージが失われつつある現在では事情は変わった。今、メドックの格付けボルドーは見直され、飲み直され、評価され直されるべきワインなのである。
※シャトー入り口にあるワインショップの中に置かれた土壌サンプル。左はポイヤックのオー・バージュ・リベラル、中央がデュルフォール・ヴィヴァン、右がフェリエール。それぞれ、粘土、砂利、石灰石が特徴。実際のワインもまさにそういう味だと思う。
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※シャトー・デュルフォール・ヴィヴァンとシャトー・フェリエールの2011年と2012年。10年前とは比較にならないレベルの品質だと思う。
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