コラム 2017.05.08

知られざる伝統的ワイン生産国 アルメニアのワイン

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 アルメニアのワインを輸入するエインシャントワールドの田村公祐(こうすけ)さんを囲んで、アルメニアワインと中近東の料理を楽しむ会があった。2011年に約6100年前に遡る、世界最古の醸造所と思われる遺跡が見つかったアルメニア。ジョージアとならび古くからのワイン造りの伝統を持ち、紀元301年以来のキリスト教国ではあるが、ペルシアやトルコ、そしてソヴィエト連邦の支配を経る中で、ワイン造りの伝統は幾度も途絶えかけた。現在アルメニアの人口は約310万人あまり。国土のほとんどが標高900m以上の高地にあり、昼夜・夏冬の寒暖差が非常に大きく、ステップ気候と高地地中海性気候に属し年間降水量は約300mmしかない。そのため葡萄栽培の適地は限られ、灌漑設備も不可欠である。そんな環境でも近年、ワイン造りが復興しつつある。

 

現代の秘境・アルメニア 

 そもそも、アルメニアに到達すること自体が容易ではない。日本からの飛行機はドーハ経由かモスクワ経由が代表的だが、ジョージアのトビリシから陸路到達するルートもある。バスの場合はアルメニアの首都エレヴァンまで約6時間。鉄道だと約16時間もかかる。全人口の約三分の一が集中するエレヴァンには近代的な町並みもあり、近年はワインバーの開店が相次ぎ今では10数軒もあるという。だが、そこを訪れるのは富裕層に限られる。一人当たりの平均年間所得は約30008000US$(約3388万円)なので、ワインバーにある輸入ワインや近代的醸造設備で製造されたアルメニア産ワインは、一般庶民には高嶺の花だからだ。そしてワイン産地へと向かう幹線道路は細く、地元の人の運転は荒く、交通事故が絶えないという。

 

 そんなアルメニアからワインを輸入しているのが田村さん(37歳)だ。もともと世界の民族に興味があり、7年前ほどにシリアで飲んだレバノンのワインに感動して中近東の文化とワインに惹かれ、昨年秋と今年の春に現地を訪れて選んだワインを仕入れている。輸送ルートは陸路ジョージアを経由してポチ港で船に積み替え、海路日本へと送られる。田村さんと取引のある生産者は小さいところで年間年産量約6万本、大きいところでは約400haの葡萄畑と大規模な設備を誇る。いずれも2000年代後半以降に設立された新しい生産者だ。

 

忘れられた伝統の復興 

 約6100年前の醸造所の遺跡があるアレニの洞窟やエレヴァンの郊外で見つかった古代遺跡では、ジョージアと同様にワイン造りに使われていた素焼きの甕(ジョージアでクヴェヴリQvevri、アルメニアではカラスKarasと呼ぶ)が見つかっている。現在も一部の生産者(例えばヴァヨッツ・ゾールVayotz Dzor地域のゾラーZorah。ただし発酵はコンクリートタンクで、熟成のみカラスで行っている)が採用しているが、この伝統的なワイン醸造手法はジョージアほど支持されていないようだ。

 

 理由の一つは気候条件に恵まれたジョージアではほぼ全国で葡萄栽培が行われているのに対して、アルメニアでは葡萄栽培は一部の地域に限られていることだ。国土の90%が標高10003000mの高地にあって寒暖の差が大きく、夏は40℃以上に達するが冬は氷点下20℃以下と自然環境はとても厳しい。降雨量も約300mm以下なので、基本的に灌漑設備がなければ葡萄栽培は難しい。

 

 農業人口も約8%と少なく、葡萄栽培が行われている地域にある村の裏庭でも、ジョージア式に素焼きの甕で自家用ワインが造られてはいないようだ。というのも、1920年代から約70年間にわたり続いたソヴィエト連邦の支配下で、アルメニアはブランデーの主要産地として位置づけられ収穫量を優先したワイン造りが行われてきたので、高品質な葡萄栽培も忘れ去られていた。ソヴィエト連邦から独立後は葡萄畑は私有化されて農民に細分化して分け与えられたものの、機械化した効率的な農作業は却って困難となった。

 

 近年アルメニアのワインの質を向上させて国際競争力を備えるようにしたのは、19世紀末から20世紀初頭にかけて起きたオスマントルコによるアルメニア人に対する弾圧・虐殺から逃れ、世界各地へと散らばった難民達の子孫である。彼らは新天地で経済的に成功し、1991年のソヴィエト連邦からの独立後、ふるさとのアルメニアに帰国した。国際的な視野を持つ彼らは多大な設備投資を行って広大な荒れ地を葡萄畑に変え、カリフォルニアやチリにあるような最新設備を備えたワイナリーを設立した。そうした醸造所は現在は全国で約2530軒を数え、互いに助け合いながらワイン造りに取り組んでいる。

 

アルメニアのワイン生産地域と品種 

 ワインの生産地域は国土の南西部に集中し、全部で6つの地域に分かれている。首都エレヴァンの南のアララトArarat地域はノアの箱舟が漂着したとされる標高5137mのアララト山の東山麓だ。約5000ha以上の葡萄畑が広がり、主にブランデーにされる白ワイン用品種が栽培されている。その南東にあるヴァヨッツ・ゾールVayots Dzor地区には、上記の約6100年前の醸造所の遺跡を含むアレニ1Areni 1)の洞窟遺跡があり、アルメニアの中でも重要なワイン生産地域である。白のヴォスケハットVoskehat、赤のアレニAreniという地場品種が盛んに栽培されており、特にアレニは高品質なアルメニア産赤ワイン用葡萄として注目されている。

 

 エレヴァンから西に向かうとワイン生産地域アルマヴィルArmavirで、海抜1000mの高原に火山性土壌が広がり、カングンKangun、ヴォスケハットといった地場品種の他にシャルドネ、ヴィオニエ、マルベック、タナ、メルロなどの国際品種も栽培されている。アルマヴィルの北隣はアラガツォトゥンAragatsotnで、海抜4000mを超えるアラガツAragats山麓の海抜約1000mの葡萄畑で、赤のカヘットKakhet、アルメニア産の交配品種でバラの香りが特徴的なカルムラヒュットKharmrahyut、白のカングン、ヴォスケハットといった品種を主に栽培している。アゼルバイジャンとジョージアに接した生産地域タヴシュTavoushは、他の地域と異なり亜熱帯性気候で十分な降水量に恵まれ、サペラヴィSaperavi、ルカツィテリRkatsiteliといったジョージア原産の品種が多い。そしてアゼルバイジャンにあるがアルメニア系住民が多く、現在も帰属を巡って紛争の続くナゴルノ・カラバフ地区でも葡萄が栽培されている。

 

 アルメニアには全部で約400種類の地場品種があると言われているが、商用に栽培されているのは赤が3品種、白が12品種あまり。生産されるワインは複数の品種のブレンドが多いが栽培面積の約8割がアルメニア独特の地場品種で、アルメニアのアイデンティティを意識している。醸造はステンレスタンク、コンクリートタンク、バリック樽が多いが、希に素焼きの甕や、アルメニア産(厳密にはアゼルバイジャン領ナゴルノ・カラバフ産らしい)の樫の木を用いた樽を利用する生産者もいる。

 

近代的醸造技術による地場品種のワイン
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 今回試飲したのは以下のワインだった。

 

    KARAS Extra Brut NV カラス・エクストラ・ブリュット 2014

産地 : アルメニア(アルマヴィル) 生産者 : カラス・ワインズ

品種 : コロンバール 35%, フォル・ブランシュ 35%, シャルドネ 20%, カングン 10%

直線的で太い果実味、引き締まった酸味、きめ細かな泡立ち。高品質なスパークリング。カリフォルニアのレストラン経営とワインの輸入で成功し、イタリアのキャンティとプーリアでワイン造りをしていた、シリア生まれでレバノン育ちのオーナーが2009年にアルメニアで設立した醸造所。ワインメーカーはアルゼンチン出身、コンサルタントはミシェル・ロラン。

    ARMAS KANGUN Semi-Sweet White Wine アルマス・カングン・セミスイート

産地:アルメニア(アラガツォトゥン) 生産者 : ゴールデン・グレープ・アルマス 品種:カングン

マスカット系の親しみ易くアロマティックな香味。1920年代にソヴィエト連邦に没収された設立したばかりのワイナリーを、創業者の子孫が2007年に復興。180haあまりの荒れ地を葡萄畑に変えて、最新の設備を備えた醸造所を建設、2013年に落成。ワインメーカーはイタリア人。 

    ARMAS KANGUN 2013アルマス・カングン

産地:アルメニア(アラガツォトゥン) 生産者 : ゴールデン・グレープ・アルマス 品種:カングン

輪郭が柔らかくスッキリとした辛口。料理にあわせやすい。

    KOOR VOSKEHAT Dry White Wine 2014 クール・ヴォスケハット ドライ・ホワイト・ワイン

産地 : アルメニア(ヴァヨッツゾール) 生産者 : ハイランド・セラーズ  品種:ヴォスケハット 100% 

ぼんやりと滲む輪郭、味の中心にミネラル感が固まっている。2014年に故郷に戻ったディアスポラ(戦争や迫害により故国を離れ、世界各地に暮らすことを余儀なくされた人々)のアルメニア人の友人達が設立したワイナリー。アルメニアの地場品種を最新の醸造設備で醸造している。 

    ARMAS VOSKEHAT 2012 アルマス・ヴォスケハット

産地:アルメニア(アラガツォトゥン) 生産者 : ゴールデン・グレープ・アルマス

品種:ヴォスケハット 100% 

やわらかくねっとりとしたテクスチャーの白。ジューシーなリンゴの香味。 

    ARMAS ROSE 2013アルマス・ロゼ

産地:アルメニア(アラガツォトゥン) 生産者 : ゴールデン・グレープ・アルマス

品種:カルムラヒュット 100% 

バラの香りが特徴の品種カルムラヒュットの淡い赤。繊細で華やか、軽く鉄に似た風味がストロベリーの香味に混じる。

    KOOR Dry Red Wine 2014 クール・レッド

産地:アルメニア(ヴァヨッツゾール) 生産者 : ハイランド・セラーズ

品種:アレニ 75%, スィレニ 25% 

充実したエレガントな香味、肌理の細かいタンニン。

    ARMAS ARENI 2012 アルマス・アレニ

産地:アルメニア(ヴァヨッツゾール) 生産者 : ゴールデン・グレープ・アルマス

品種:アレニ 100%

酸味に力があり、華やかさと弾力を感じる。凝縮した果実味の余韻。

ARMAS KARMRAHYUT 2013 アルマス・カルムラヒュット

 産地:アルメニア(アラガツォトゥン) 生産者:ゴールデン・グレープ・アルマス

 品種:カルムラヒュット92%, アレニ5%, カヘット2%, メグラブイル1% 

濃厚でスパイシー。華やかでしなやか。わかりやすく目鼻立ちのくっきりとしたワイン。確かに魅力的。

ARMENIA Pomegranate Semi sweet アルメニア・ポメグラネート(ザクロワイン)

産地:アルメニア(シュニク, ヴァヨッツゾール) 生産者 : アルメニア・ワイン・ファクトリー

品種:ザクロ 70%, アレニ 30% 

スッキリとして濃厚な赤いベリーの甘味。長い余韻。他の葡萄100%のワインにひけをとらない品の良い味わい。ザクロはアルメニアの国の象徴でもある。生産者のアルメニア・ワイン・ファクトリーは2006年に植樹、2008年に醸造所が完成。最新の醸造設備を誇る。フランス人とイタリア人のコンサルタントがいる。 

まとめ 

 アルメニアはジョージアとならんで世界最古の伝統を持つ生産国の一つで、多様な地場品種を持ち、独特のテロワールがある。一般に優れたワインは栽培条件の限界領域から生まれるという。その意味ではアルメニアは高品質なワイン生産国になる可能性はある。しかしワインの消費文化が一般民衆に浸透しておらず、多額の設備投資を行って製造されたワインは、国内市場を育成しつつ輸出に活路を見いだすより他ないだろう。本格的なワイン産業が立ち上がってまだ日も浅い。アルメニアのワインはこれからの展開が注目される。

 また、田村さんはアルメニアワインに続いて近々レバノンを始めとした近隣諸国のワインなどの輸入を始めるという。ワインの歴史と文化的な広がりを感じさせてくれる中近東のワインから、ますます目が離せなくなりそうだ。

文・写真 北嶋裕

アルメニアワインの輸入元エインシャントワールドのHPはこちら

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