コラム 2016.09.01

エラスリスの兄弟 アルボレダ

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※アコンカグア・コスタのチルフエ畑。アルボレダの畑から、エラスリスのアコンカグア・コスタ・シラーの畑を臨む。

 エラスリス当主エドゥワルド・チャドウィックがアコンカグア・コスタに個人的に所有するワイナリーが、1999年に創立されたアルボレダだ。今回の取材ではじめてその名前を知ったが、エラスリスでアコンカグア・コスタのポテンシャルを発見したあとなので、同じエリアの同じオーナーの別ワインに期待が高まらないはずがない。

 アルボレダのワイナリーじたいはコスタにある。畑は二か所。ワイナリーの周囲に広がるチルフエ畑110ヘクタールと、もうひとつ、エントレ・コルディヘラスのラス・ヴェルティエンテス畑120ヘクタール。前者にはソーヴィニヨン・ブラン、シャルドネ、ピノ・ノワール、後者にはカベルネ・ソーヴィニヨン、カルメネール、カベルネ・フラン、シラーが植えられている。そしてチルフエ畑の総面積230ヘクタールのうち120ヘクタールはエラスリスのアコンカグア・コスタの原料畑だ。

 ややこしい。「アルボレダ=チャドウィックがコスタの可能性を見出して創業したワイナリー」というポジションだったら、アルボレダはコスタ産のブドウのみからワインを造ったほうが、マーケティング的に見て正しくないだろうか。どうしてチリのワイナリーは、住所がどこにあろうと総花的フルライン生産に走り、テロワールの個別性を軸にした狭く深い商品群を構築する方向に行かないのだろう。
※左がワインメーカーのエミリー・ファウルコネルさん、右がブランド・マネージャーのマリア・エルヘニア・チャドウィックさん。

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 チルフエ畑は海から十キロしか離れていないので涼しい。畑に立っていると頬に当たる風が冷たくて驚く。エントレ・コルディヘラスとはまったく違う。涼しいだけではなく「海とのあいだには山がひとつあり、霧が遮られるのがいい。最初は風が強すぎることを懸念していたが、最大風速10から20キロの風は問題がなかった」と、栽培マネージャーのカルロス・カラスコは言う。

 土壌はシスト主体に火山岩が少し。土壌pHは6. 2から6. 5。表土は4~5メートル。土の特徴はマグネシウムが多く、ポタシウムが少ないこと。「ブドウの根からポタシウムが入るとブドウからは水素イオンが外に放出され、酸が低くなる。しかしマグネシウムはカルシウムと同じくポタシウムの吸収を阻害する」。涼しい気候とあいまって、ソーヴィニヨンもシャルドネも酸がカリッと鮮やかで、古典的なフランスワインファンに好まれるタイプの味になっている。つまり酒石酸比率の多い味。ワインメーカーのエミリー・ファウコネルによれば、実際、リンゴ酸/酒石酸比率は2対8だという。

 しかしポタシウムがもともと少ないのにマグネシウムで阻害されてしまっては結実不良になる。だから「ポタシウムを吸収しやすい台木である5BBと101-14を使用する。一部には自根があるが、接ぎ木したほうが初期の生育は早い。収穫時期に関しては、101-14が一番早く、自根が次で、5BBが最後」。ヨーロッパでは5BBはあまりいい話を聞かないが、それは樹勢が強いから。しかしチリでは「キャノピーが大きいからブドウがカバーされ、アロマがよくなり、pHもよい。矮性台木である101-14は赤にはよいが白には不適。赤は自根のほうが樹勢が弱く、白は自根のほうが樹勢が強い」。ピノ・ノワールに関しては、「5BBはチェリーやストロベリーのアロマ、101-14はアーシーで、ジューシーではない。自根は中間」。なかなか聞けない話でおもしろい。
※土壌ピットで解説する栽培マネージャーのカルロス・カラスコさん

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 この地は年間降水量300ミリと少ないので灌漑は必須だが、私はいつもドリップ灌漑の不自然さが気になってしかたない。穴を掘ってみても、株と株のあいだの地中は乾いているからだ。水はブドウだけのためではなく土中生態系のためにも必要なはずで、あんなに乾いていたらどうやって土壌生物が住めるのか。だから冠水灌漑がいいと思うが、「傾斜地では冠水灌漑はできない」。それはそうだ。「ではスプリンクラーがいい」と言うと、「自分もベストな灌漑方法はスプリンクラーだと思う」。この方式ではドリップ灌漑より水を使うから、水が極めて希少な場所で推奨することはできないにせよ、幸いチリにはアンデスの雪解け水が潤沢にある。カルロスほど知識と経験がある人物がスプリンクラー灌漑がいいと思うなら、アルボレダはすぐにそれを実験し、チリワインのレベルをさらに一歩前に進めて欲しい。

 

 ピノ・ノワールは黒系果実とハーブと土とスパイスの香りでドイツ的なのはエラスリスのアコンカグア・コスタと同じだが、こうやって比較するとリジェ=ベレールが関わっているエラスリスのほうが樽の使い方がうまいし、何か特別な品位と華がある。エントレ・コルディヘラスのラス・ヴェルティエンテス畑の赤3種の中ではカルメネールの個性が特徴的だ。「他社は遅く摘むがここでは少し早く摘む」といい、適度なハーブっぽさと繊細さ、そしてしっかりした酸が、古典的カルメネールらしさを好む通にも評価されるだろう。とはいえ昔と違っていやな青臭さやエグいタンニンなど皆無で、余韻には品のよい甘みが広がる。シラーは適度に温かいリッチな果実味と引き締まったミネラル感がよく調和し、酸もすっきりしている。凝縮度も高い。「シラーは収量が多くなりやすく、新梢一本あたり房をひとつに抑えないといけない」。カベルネ・ソーヴィニヨンはあいかわらず、下半身が弱い。毎度同じことばかり言うのも気が引けるが、カベルネはそんなにどこでも最高のワインになるわけではない。
※アコンカグア・コスタ産のソーヴィニヨン・ブランとピノ・ノワール。前者は西向き、後者は北向きの斜面に植えられる。株密度はへクタール当たり4600本。「畝間は2メートルから2・2メートルがベスト」。

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樽の馴染みの悪さはワインメーカーも自覚しているようで、新樽比率は年々減少し、2014年では10%しかないが、15年は新樽をやめ、16年からは大樽になるという。最近の傾向をきちんと反映しており、赤ワインはこれからさらにおいしくなるはずだ。日本で希望小売価格2500円のワインだと思えば、質は素晴らしい。あるプライスポイントを意識したバランス感覚に優れた商品だと思う。

そこが食い足りない点でもある。「エラスリスのアコンカグア・コスタのほうが楽しい味がした」と言うと、カルロスは「エラスリスにはさらに高いアイコン・ワインがあるから、アコンカグア・コスタでは遊べるんだよ」と。それは極めて含蓄に富んだ発言だ。

趣味の対象としてのワインには、どんなに高くても、安くても、遊び(心の余裕と創造性)が大事だ。算盤+常識+努力のよくできたワインは、どんなによくできていても、日用品の延長だ。どこで芸を見せるか、どこで突出した何かを表現するか。ポテンシャル的には、アルボレダは「おまえばっかじゃねえの」という最大の賛辞・敬意・共感・愛情の言葉がふさわしいような芸術的なワインを造ることができると思う。このテロワールとこのスタッフならそれができる。だがチリのワインは概して馬鹿度が足りない。そう言うと真面目な方々から「馬鹿とはなんだ!」と吊し上げられて自己批判を強いられるだろうから今のうちに付け加えておくなら、昔ペトリュスの畑で突然グリーン・ハーヴェストを行ったクリスチャン・ムエックスは「馬鹿」だったのだ。ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティでビオディナミと言い出したラルー・ビーズ=ルロワは「馬鹿」だったのだ。考え抜き、努力を重ね、深い直観に突き動かされ、最後に一線を突き抜けることができる人だけが「馬鹿」になれる。そうなりたくてもなれない我々凡人はせめて、中島敦の『名人』を読み、東京国立博物館に横山大観の『無我』を見に行き、『梁塵秘抄』の「遊びをせんとや生れけむ 戯れせんとや生れけん 遊ぶ子供の声きけば 我が身さえこそ動がるれ」を筆写してオフィスの壁に貼っておこう。

 

 

 

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