コラム 2018.01.20

アルザス2017年冬の取材

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2017年の冬、アルザス・グラン・クリュに対する理解を深め、最新の状況を知り、また偉大な2015年ヴィンテージのワインをテイスティングするべく、アルザスでいくつかのワイナリーを訪ねてきた。   よく言われるように、アルザスは複雑な産地である。品種とテロワールとスタイルが多岐にわたるからである。しかし同時に、アルザスは簡単な産地である。解釈の方法が比較的確立しているからであり、物理的事実と感覚的結果のあいだに明確な関係性が見て取れるからであり、ゆえにワインの味が飲む前から予測可能だからである。その解釈の方法を提示したという点で、私は過去に相当な貢献をしたと自負している。   アルザスワインを解釈するための、既に一般的と言ってよい前提的理解は以下の通りであろう。   1、アルザスワインの味わいは、主として地質と品種の相関関係から規定される。 2、アルザス・グラン・クリュは、確かに“グラン・クリュ”であり、すなわちそうではないものと比較した時に確実に品質的優位に立つ。 3、アルザス・グラン・クリュは基本的精神として、単一の地質的特徴から成り立つ。 4、アルザス・グラン・クリュは、石灰系地質と非石灰系地質のふたつに大別される。 5、石灰系にはピノ系品種、ゲヴュルツトラミネール、ミュスカが向き、非石灰系にはリースリングが向く。 6、土壌には軽重があり、重い土壌すなわち粘土含有の多い土壌にはピノ系品種とゲヴュルツトラミネールが向く。 7、石灰系アルザス・グラン・クリュには、三畳紀、ジュラ紀、第三紀のみっつの地質年代が存在し、それぞれ特徴的な個性をもつため、地質年代でワインを選ぶことが重要である。   石灰系地質のリースリング    この中で、最近不確かになっていることがある。それは、「非石灰=リースリング」の妥当性である。ドイツでは基本、ラインヘッセン、フランケン、ファルツ等で例外があるとしても、リースリングは多く非石灰地質である粘板岩や砂岩に植えられる。オーストリアのリースリング産地であるヴァッハウも非石灰であり、またオーストラリアのイーデン・ヴァレーもそうだ。石灰にリースリングを植えると、青く、ゴツく、酸がきつく固い味になるのが普通である。いや、普通であった。    ところがここ数年、アルザスの伝統的なリースリング向き非石灰グラン・クリュのワインを飲んでも、20年前のような感動がない。すべてとは言わないが、概して以前よりどこか緩く、力がない。最も気になる点は、酸のボケだ。リースリング品種のもつ高い酸が和らぐような土壌がよいとされていた常識を疑わねばならない。その理由は明らかだろう。地球温暖化である。アルザスでは、平均気温10度以上の日が年1.1日づつ増え、最高気温は年0・06度づつ(ブドウ成熟期に限ればその倍)上昇している(出典:Eric Duchêne, Christophe Schneider. Grapevine and climatic changes: a glance at the situation in Alsace. Agronomy for Sustainable Development, Springer Verlag/EDP Sciences/INRA, 2005, 25 (1), pp.93-99. )。すさまじい変化である。ドイツと比較するなら、1970年代のアルザスは現在のザクセンであり、現在のアルザスはバーデンである。この状況では年ごとに0・08度づつ上昇するアルコールに対して逆に酸は低下し、味がボケないわけがない。4月から8月の最高気温が0・1度上がれば収穫日は一日早まる(出典:Température et dates de vendanges en France, Valérie DAUX, Pascal YIOU, Emmanuel LE ROY LADURIE, Olivier MESTRE, Jean-Michel CHEVET et l’équipe d’OPHELIE )。以前なら涼しい秋に収穫していたものが、今ならまだ暑い夏の終わりに収穫するようなものだ。アルコールをおさえて酸を保とうとすれば早摘みせざるを得ない。しかし往々にしてそのようなワインの味は単純になる。 alsacedata (出典:Réchauffement climatique : évolution du climat mondial et en France - Météo-France)    気候は人間の手ですぐには変えられないのだから、できる方法は限られている。品種を変えるべきだろうが、アルザスがリースリング等北方系品種の産地として訴求している以上、シラーの産地になっても市場があるかどうか。いまアルザスではピノ・ノワールを将来的な主軸のひとつにしようという議論が、動きが遅すぎる。ピノ・ノワールの産地になる頃にはアルザスの気候はカベルネ向きになっているだろう。    そしてもうひとつの簡単な(しかし短期的な)方法は、リースリングを酸が強くなる土壌に植えることである。アルザスでは、しかし、これから植える必要はない。かつてピノ・ブランやシルヴァネルが多く植えられ、数十年前はリースリングがマイナーな存在だったアルザスでは、いまやリースリングの栽培比率が21.8%(2014年度)とトップ。伝統的にはリースリングを植えるべきではないような粘土質の畑や石灰岩・泥灰岩の畑(アルザスはそれらが多い)にリースリングが進出している。今ではむしろそれがよかったと言えるぐらいだ。以前は「石灰質土壌にリースリングを植えてはいけない」と強く主張していたオリヴィエ・ウンブレヒトが、リースリングに最もふさわしくないグラン・クリュのひとつに思えたヘングストにリースリングを植える時代なのである。    これはリースリングの本質論になるので、少々追記したい。ヘングストのリースリングといえば、そのワインをフラッグシップとするジョスメイヤーの名が挙がる。リースリングの本質が酸だとみなしていた人にとって、往年の(つまり先代の)ジョスメイヤーは、トリンバックと並んで、理想的なスタイルであったろう。しかし私は「辛口で酸がなければ料理に合わない。アルザスはガストロノミックなワインだ」と言っていたジョスメイヤー氏の意見にも完全に同意したわけではなかった。あの、ヘングストの赤く鉄分の多い粘土石灰質土壌がもたらすゴリゴリ感、酸のごつさ、暴力性を、単純に「ミネラルが強い」、「酸がいい」と呼ぶことはできなかった。私にとってよいリースリングは、しなやかさや細やかさの“中に”、堅牢な芯があるワイン(ゴルトトロプシェンやドクトールやシュロスベルグやカステルベルグはまさにそうだろう)であって、暴力的な酸や表面の強引さとは直接的な関係がないものだ。しかし今のヘングストのリースリングに、あの90年代の暴力性はない。適度なメリハリがある重厚なワイン、としてポジティブにとらえられるべきだろう。 ジュラ紀のグラン・クリュ  今まで積極的に「石灰のリースリング」を飲んでこなかったならば(私もそのひとりだ)、これからは意識して石灰のグラン・クリュを再検証していく必要がある。といっても石灰のグラン・クリュは多い。全体の約三分の二はそうだ。そこで今回は、まずはジュラ紀の石灰岩・泥灰岩のグラン・クリュを重点的に訪ねてみることとした。    まず、ジュラ紀のグラン・クリュを北から列挙してみよう。エンゲルベルグ、アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイム、ゾッツェンベルグ、アルテンベルグ・ド・ベルグハイム、フルシュテンタム、フローエン、ゴルデール、シュタイネール、フォルブルグである。こうして名前を見るだけでも、いくつかの共通する特性が脳裏に浮かび上がってくるはずだ。それは味わいの開放性、積極性、スケールの大きさであり、腰の強さと太さを細やかさやと両立していることである。    同じ石灰系地質とはいえ、三畳紀は繊細であっても閉鎖的で暗く、第三紀は積極的であっても精緻さはない。果実に譬えるなら、三畳紀はレモンやナシであり、ジュラ紀はオレンジやパイナップルであり、第三紀はマンゴや柿である。こう言っては乱暴かも知れないが、ジュラ紀のアルザス・グラン・クリュの味わいは、品種が違っても、同じジュラ紀の代表的な産地であるブルゴーニュのシャルドネと似ている。スケールが大きなふてぶてしいパワー感と気品の両立である。    アルザス・グラン・クリュは、認可年によって、1983年グラン・クリュと1992年グラン・クリュのふたつに大別できる(1975年のシュロスベルグと2007年のケッフェルコフは例外)。概して1983年グラン・クリュのほうが著名な畑(ランゲンやガイズベルグやアイシュベルグ)が並び、平均をとれば質がよいように思われる。ジュラ紀の1983年グラン・クリュはアルテンベルグ・ド・ベルグハイムとゴルデールである。私個人の極めて限られた経験から言えば、二大ジュラ紀グラン・クリュはゴルデールとフルシュテンタムとなる。フルシュテンタムの所有者は高名な生産者ばかり(ワインバック、マン、ブランク、テンペ)であり、ワインの質が高いからそう思うのかも知れないとすれば、マイナー生産者ばかりでいながら質が極めて高いゴルデールを私はジュラ紀グラン・クリュの代表としたい。    またアルザス・グラン・クリュは畑の方位によって南向き系と東向き系に分けることができる。純粋に東向き系はフロリモン、シュピーゲル、ゴルデール、シュタイネールの4つしかなく、後者ふたつがジュラ紀である。東向きは西日が当たらないために日照時間が短く、午前中の柔らかい日差しを受けるため、ワインはより清涼感があり上品なものとなる。    ジュラ紀石灰岩にもいろいろな種類があり、今回はじめて魚卵状石灰岩の存在を意識させられた。なぜ今まで畑に転がっている石が魚卵状だと気づかなかったのかと恥じる。世のアルザスワインファンからは「常識だろう!」と言われてしまうほど基本的な事実であると後になって知った。ひとつの産地でさえ基本を知るのに何十年もかかってしまうものだ。他にもあるのかも知れないが、エンゲルベルグ、アルテンベルグ・ド・ヴォルクスハイム、ゴルデール、シュタイネール、フォルブルグは確実に魚卵状石灰岩である。ゾッツェンベルグやフローエンと比べると、より芯があって堅牢で、粒々した硬質なミネラル感(まさに石の見た目と同じ)、メリハリ感がある。魚卵状か否か、というのは、ブルゴーニュワインを選ぶ時と同じく、アルザスのジュラ紀のグラン・クリュを選ぶにあたって重要な指標となる。料理に譬えて言うなら、若鶏胸肉ポシェなら非魚卵状、地鶏もも肉グリルなら魚卵状ということである。   2015年ヴィンテージ   フランスの他産地と同じく2015年ヴィンテージはアルザスでも傑出した品質である。5月の雨が地中に十分な水分を蓄えたあと、暑くて乾燥した(時に乾燥しすぎるほど=ゆえに保水性の高い土壌がよい)夏を経て、好天のもとの収穫を迎えた。熟度は空前のレベルで、そのボリューム感やスケール感は1990年や2000年を思い出せ、小さめの味だった2013年や2014年のあとだけになおさら印象的である。この年にはアルザス委員会は2003年以来となる補酸の許可を下したほどであるが、少なくとも石灰系の畑のワインに関しては、実際にはそれほど酸が低い印象はない。そもそも暑い暑いと言われる2015年は、7月には酷暑となったが8月は2009年より涼しく、そのまま気温は低下し続け、9月と10月の気温に関しては涼しい涼しいと言われる2014年や2013年をも下回った。それが2015年のワインに酸が意外なほど保たれる理由であろう。気温グラフを見ると、2015年はモンブランのような三角形をしている。春から秋までずっと“微高温”が続いてグラフがキリマンジャロのような台形をしている2007年とは好対照で、後者がほんわかの代表なら、前者はメリハリの代表である。   重要なのはカビ・貴腐がつかなかったことであり、ここ何年かのヴィンテージよりクリーンでクリアーな風味を備える。保水性の高い石灰系地質では、特に粘土が多い泥灰岩地質では、アルザスでは往々にして貴腐風味がのる。それはそれで魅力的だとはいえ、2015年のように気温が高い年でいながら直截・清冽な表現力の大きな香りのワインが出来る年はそれほど多くはない。   繊細なタイプのワインを好むなら2015年を評価しないだろうが、もとよりアルザスは逞しさが魅力なのであり、食中酒としてメインディッシュに拮抗しうる構造と密度をもつ点が素晴らしいのだと考えるなら、2015年は空前のヴィンテージである。ただし、完熟させれば必然的にアルコールか残糖が高めになる。   現状の気候ではアルザスワインのスタイルは、VTとSGNを除くなら、原理的に、1、辛口で未熟で高酸・低アルコール。2、辛口で完熟で低酸・高アルコール。3、やや甘口で完熟で低酸・低アルコール。ということにならざるを得ない。SO2添加量の極小化がトレンドであるアルザスでは、それが可能となる1のスタイルが人気である。アルザス=ナチュラル、ナチュラル=アンチSO2、という定式が有効なマーケティング手法として確立している以上、多くの消費者の関心もまたSO2であり、その数値を見て判断するようになっているからである。しかし明らかに2015年は1のスタイルには不向きである以上、消費者としては亜硫酸添加量に対して原理主義的態度をとらないようにしたほうがよい結果が得られるだろう。もちろん私のスタンスは、極めて単純に、おいしいワインがよいワイン、である。SO2は少ないほうがいいのは当然だとしても、SO2が少なければそれでいいわけではない。おいしいと思う人間の直観は、瞬時にしてSO2を含む多岐にわたる要素の総体的バランスを判断しているに違いなく、私はその直観を信じる。そして経験上、完熟でおいしいワインの確率は未熟でおいしいワインの確率より圧倒的に高い。
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