今や輸入量第一位とまでなったチリワイン。その魅力を改めて見直そうという座談会が、先日東京・人形町のモリモトハウスで開催されました。チリワインはコンビニを始め津々浦々に手頃な価格で行き渡っていますが、安さと親しみやすさ以外の魅力はどこにあるのか。昨年までスマイル(株)で約12年にわたってチリワインの輸入に携わり、3ヵ月ほどチリに住んでいた経験もある佐藤正樹さん(現ベリー・ブラザーズ&ラッド勤務)と、3年間サンチャゴに暮らした経験を持つワイン愛好家の一月さんが語りました。
・北の砂漠、南の氷河
南米大陸の西海岸に沿って南北約4300km、東西約170~180kmに渡って縦に細長く伸びているチリは、周囲を極端ともいえる自然環境に囲まれている。北はアタカマ砂漠で世界一乾燥している(要注釈?)のに対して、南は氷河の広がるパタゴニア。西は真夏でも海水浴が出来ないほど冷たいフンボルト海流が南から北へ流れ、東はアンデス山脈が聳えている。そしてワイン生産地域は国土のほぼ中央の約1200kmの範囲に位置しているが、葡萄畑は首都サンチャゴの周囲の南北約200kmに集中している。
・水の重要性
チリの葡萄栽培で最も重要なのは水だ。砂漠のある北は乾燥して暑く、年間50~100mmしか雨が降らない。サンチャゴのあたりの年間降水量は約4~500mmだが、南へ行くと森林が広がる湿潤な気候に恵まれている。2015年に噴火したカルブコ山や温泉-といってもあるのは温水プールのようなスパリゾート-、それにチリ富士と呼ばれるオソルノ山もあり、現地駐在員の憩いの場となっている。
ワイン造りに水は欠かせない。醸造にも機材の洗浄に大量の水を必要とする。だからかつては葡萄栽培は川沿いで、用水路から水を引いて冠水させるフラット(もしくはナチュラル)・イリゲーションが可能な平野に限られていた。例えばマイポ・ヴァレーがそうだった。しかし近年はドリップ・イリゲーションが普及し、斜面でも葡萄栽培が可能になった。これが「チリでは葡萄畑が丘を登るようになった」と言われる所以で、ワインの品質向上をもたらしている。またアンデス山脈の雪解け水は、葡萄栽培だけではなく人々の生活にも欠かすことが出来ない。冬に雪が少ないと夏の給水事情が逼迫し、電力供給にも影響が出る。すると、節電のためにサマータイムを延長しようということもあったそうだ。時間だけでなくワイン法などでもおおらかなのがチリの人々だ。
・東西の差異※写真オレンジ色の線参照
北は暑く乾燥して南は冷涼で湿潤という南北で極端に違う気候条件に加えて、東西でも大きな差がある。太平洋から東へ行くと、まず海岸山脈がある。標高500m未満と全体になだらかだが、これがフンボルト海流の冷気や霧を一旦遮る。この海岸山脈とアンデス山脈の間には温暖で乾燥した平野が広がり、葡萄栽培とともにレモンなど様々な果実が栽培されている。アンデス山脈の麓は高地から冷たい風が吹き下ろすので冷涼で、首都サンチャゴはこのアンデス山脈の山麓の標高5~600mのあたりにある。スキー場へも車で1時間ほどと近い。
このため、葡萄栽培地域は東西に縦に細長く三つに分けることが出来る。つまり海岸沿いのコスタ、山脈に挟まれた平野のエントレ・コルディリェラス、そしてアンデスである。○○ヴァレーと名が付くそれぞれの生産地域の中でも、例えばコルチャグア・ヴァレーのように東西に幅のある生産地域では、冷涼なコスタ、温暖なエントレ・コルディリェラス、冷涼なアンデスとそれぞれ栽培条件に違いがあり、品種も温暖で乾燥した地域にはもっぱら赤ワイン用品種が、冷涼で昼夜の寒暖差がある地区にはシャルドネやピノ・ノワールといった冷涼な気候に適した品種が栽培されている。
・国際品種と地場品種とピスコサワー
チリではカベルネ・ソーヴィニヨンやソーヴィニヨンなどボルドー系品種が多いが、これは1850年代に持ち込まれたものだ。フィロキセラもこれまで発生していない。今でも外部から害虫を入れないように、空港では二重に検疫を行っているという。一方で地場品種の代表的なものはパイスだ。もともと宣教師が16世紀にミサ用に持ち込んだ品種で、カリフォルニアではミッションと呼ばれている。頑丈な品種で収量も高く、もっぱら日常消費されるワイン用に大量生産され、地元のスーパーでは品種名の記載のない安ワインコーナーに並んでいることが多く、輸出用バック・イン・ボックスの原料にもなる。
現地ではピスコと呼ばれる蒸留酒の人気があり、モスカテルが原料である。これをライム果汁とシロップ、卵白と混ぜてシェイクしたピスコサワーは口当たりもよく、ビールとならび現地でよく飲まれている。一方、スパークリングワインの需要は低い。チリの平均月収はポーランドやチェコとほぼ同等で、シャンパーニュなどスパークリングワインは贅沢品だからだ。最近は高品質なスパークリングワインも生産されているが、そのほとんどは輸出向けで、日本が主要なマーケットの一つである。北欧はバッグ・イン・ボックスの廉価な日常ワインの主要市場だが、日本は高品質なワインの有力な輸出先だ。
・チリワイン業界の展開
チリワインの輸出が伸びたのは1990年代からと新しい。ひとつの契機は1970年代のカリフォルニアのフィロキセラ禍で、北米向けワインの供給源としてチリ産ワインの輸出が始まった。次の契機は1990年代の世界的な赤ワインブームである。この頃は生産が追いつかず、早く醸造して瓶詰めして次の醸造に使うタンクをあけるのに必死になっていたという。
1989年までアメリカが支援するピノチェト軍事政権が続いたチリでは民主化が遅れ、1990年代に入ってからワイン産業が本格的に興隆する。それまではヴァラエタルワインしかなかったのが、アルマヴィーヴァなどのアイコンワインが出始めたのも1990年代後半のことだ。
1990年代の赤ワインブームは日本にも飛び火して、チリワインの需要が大きく伸びた。同時に2000年代前半に日本の酒税法が改正され、免許制度がゆるめられたことでスーパーやコンビニでもワインが置けるようになった。さらに2000年代後半には立ち飲みワインバーが流行し、これもまた追い風となった。そして2007年の二国間経済連携協定に基づく関税の段階的削減も、一本当たりの減額は60円前後だが、とりわけ低価格帯のワインでは競争を有利にしている。
・課題
確かに日本ではチリワインの輸入量は、フランスを抜いて一位になった。だが、これから先どこに向かうのか。一つの問題は1000円台以下の手頃な価格のワインと、8000円台以上のアイコンワインとの間の、3000~5000円前後の品揃えが手薄なことではないか。これは日本だけでなく現地も同様だそうだ。産地のテロワールを反映した中価格帯のワインの価値を認めさせて浸透していくことが、チリワインの今年・来年あたりの課題となりそうだ。
試飲ワイン
1st. Flight
1. Cono Sur, Centinela Brut Blanc de Blanc 2013 (Casablanca Valley,Centinela)
2. Cono Sur, Riesling Reserva2016 (Bio Bio Valley)
北でも海岸山脈にあるので冷涼なカサブランカ・ヴァレーのシャルドネと、冷涼で湿潤なビオビオ・ヴァレーのリースリング。1.は繊細で上品。とても肌理細かい泡、キレのある明るい果実味。2.のリースリングはしっかりした骨格と硬質なボディ。
2nd. Flight
3. Vina Matia, Aupa Piepéño (Maule Valley)
Pais 70%, Carignan 30%
素朴で自然な口当たり。シンプル。最初はやや物足りないが、時間とともに深みを増す。
3rd. Flight
4. Monsecano Pinot Noir 2013 (Casablanca Valley)
5. Cono Sur, Pinot Noir Ocio 2013(Casablanca Valley)
北の海岸山脈にあるカサブランカ・ヴァレー。冷涼な産地としてのポテンシャル。4.は濃厚な果実味に妖艶な雰囲気。5.はこなれて濃厚なタンニンが力強い。要熟成。
4th Flight
6. Emiliana Coyam 2012 (Colchagua Valley,Los Robles)
Syrah 38%, Carmenere 31%, Merlot 19%, CS 10%, Murvedre, Malbec, Petit Verdot
7. Cono Sur, Cabernet Sauvignon 20 Barrels 2014 (Maipo Valley)
8. Casa Lapostolle Alexandre Cabernet Sauvignon 2013 (Colchagua Valley, Apalta)
6.はコルチャグア・ヴァレーの世界最大のビオディナミ農園ロス・ロブレスのブドウ。多品種による安定感とバランス。7.は充実感と適度な濃度。ややコンパクト。8.はしなやかでエレガント。卵型コンクリートタンクなど新しい手法に積極的な生産者。
文・写真 北嶋裕